アメリカのジョー・バイデン大統領は、12月9日から10日、民主主義サミット(The Summit for Democracy 民主主義のためのサミット)を開催した。「民主主義」の108の国と地域が招待されているが、政権に問題のあるフィリピンやパキスタンが招待され、シンガポール、スリランカがされていないなど、部分的には基準が不明という批判もあり、その目的が世界を「民主主義」と「専制・権威主義」に分け、後者の代表と見做す中国・ロシアに対抗する勢力を強固にすることにあるのは、誰も否定しないだろう。そして、その対立はつまるところ、軍事力の対峙にまで至ることも誰も否定派できないことだ。
西側対中国
2021年3月、米軍アジア太平洋地域の司令官フィリップ・デビッドソンが、中国が今後6年以内に台湾に侵攻すると警告した。実際に中国は、台湾側が設定した「防空識別圏」に、何度も軍用機を侵入させている。日本でも安倍晋三元首相が「中国が台湾に武力攻撃すれば日米同盟の有事(日本も参戦するということ)になる 」と発言するなど、「台湾有事」が差し迫ったものとして議論されている。
しかしアメリカ政府や米軍は、11月に、米軍トップのマーク・ミリー 統合参謀本部議長が、中国の軍が台湾に侵攻する可能性は当面は低いと発言したように、中国がすぐにでも台湾に軍事進攻するとの認識はない。もともと、習近平が「台湾の軍事力による解放」と言っているのは、中国共産党の降ろすことができない「建て前」である。現実に軍事進攻すれば、強力な軍事的抵抗と西側だけでなくアジア・アフリカも含めた世界全体との経済の遮断によって(例えば、欧米国際金融機関が中国以外の人民元流通を停止させる可能性がある)、多大な人的・経済的犠牲を負い、延いては中国共産党の一党支配すら危うくする。習近平がそのことを理解できないとは考えられない。
それでも中国の経済的・軍事的台頭を、西側は看過できず、アメリカだけでなく、その同盟国は軍事力の向上と軍事プレゼンスを強化している。オーストラリアは原潜配備を決定したし、英、仏、独のNATO加盟国は、アジア地域にも海軍を展開し始めた。このことが、西側同様にこの海域に陸海空軍を展開しつつある中国との軍事的摩擦をひき起こし、一触即発への危険性が増大するのは言うまでもない。
西側対ロシア
ロシア軍は、今年になって度々、ウクライナ国境沿いに大部隊(ウクライナ国防省によれば11月には9万人)を集結させている。ロシア側はこれを「通常の演習であり」、「他国に脅威を与えるものではない(ラブロフ外相)」としているが、「ロシアは安全保障上の目的で、自国領土のどこにでも軍を移動させる権利がある(プーチン大統領)」とも言っており、ウクライナ政府に対する牽制であるのは間違いない。
西側によれば、2014年、ロシアはクリミア半島を「軍事制圧」し、ウクライナ東部の「分離派」に対する軍事支援によって、その地域を支配化に置いた、という。そしてウクライナのキエフの政権は、ロシアからの侵略の危機にあるとして、速やかなNATO加盟を目指している。さらに、米軍の情報機関は、ロシア軍にウクライナ進攻計画があると発表し、バイデンは「攻撃を行えば制裁など深刻な結果を招く 」とロシア政府に警告した。
この危機的な状況に陥ったのには、ロシア側から見ればNATOの東方拡大という脅威がある。ソ連崩壊後、それまでソ連領やワルシャワ条約機構加盟国だった東欧の14ヶ国がNATOに加盟している。さらにウクライナがNATOに加盟すれば、ロシア国境の外側に米軍が駐留することになる。それは、アメリカに置き換えれば、隣接するメキシコが中国やロシアと軍事同盟を結び、そこに中国軍やロシア軍が展開することと同じで、到底容認できるものではない。ロシアの狙いは、軍事的圧力によって「ウクライナ政府に自らの立場を見直させる 」(ジョナサン・マーカス、英エクセター大学戦略・安全保障研究所長)ことにあり、NATO加盟によって西側と軍事同盟を結ぶことが、かえって危険性が増すことを理解させるというものだろう。
バイデンは12月8日「ロシアが侵攻した場合に、米軍をウクライナに派遣することは検討していない」と述べたが、 ウクライナをめぐる軍事的緊張は日に日に高まっている。
中・ロは1から100まですべて悪い?
西側主要メディアで、中・ロ二か国に対する批判記事が報道されない日はないと言っていい。ロシアの野党指導者の逮捕、中国ウイグル自治区住民への抑圧、ごく最近では、中国はテニス選手の人権問題で、ロシアは「独裁国家」ベラルーシが中東移民を西側にけしかけているのを支援していると非難されている。日本は勿論のこと、英国BBC、仏ル・モンド、米CNN、ニューヨークタイムズなど、新聞でも各国公共放送でも、コロナ危機関連記事の次には、中・ロ批判が繰り返されている。
政府と一体化する西側主要メディア
しかし、西側主要メディアの報道が完全に中立的、客観的かと言えば、そうではない。西側政府の意向に沿った報道がなされることが度々ある。例えば、ロシアの「クリミア併合」では、西側主要メディアがまったく触れないことがある。クリミア半島が、1954年以前はロシア共和国に属していたという事実である。クリミア半島は、ロシア帝国に併合される1783年以前は、東ローマ帝国等様々な勢力の支配下に置かれていたが、近代ではロシア領に属していたというのが歴史的事実であ。それが、1954年にウクライナ(ウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国) に移ったのは、ソ連フルシチョフ書記長によってである(ウクライナ共産党幹部の歓心を買うため、という説が有力) 。これは、当時は同じソ連内の出来事だったので、大きな問題にならなかっただけである。「クリミア併合」は、ロシアにとっては、クリミア奪還なのである。さらに、西側主要メディアが決して報じないのは、現在のクリミアの住民の様子である。タリバンの支配下のカブールは、連日報道されるが、現在のクリミア半島住民の様子が西側のテレビに映し出されたことは一度もない。なぜなら、西側に都合が悪いからである。現在のクリミア半島の人口構成は、2001年ウクライナ共和国の統計でも、ロシア人が58%、ウクライナ人は24%で、ロシア語話者は77%にも及ぶ。ミハイル・ゴルバチョフが言うように「住民の大半がロシアへの再統合を希望 」していたというのは、頷けるものだ。ロシア国営テレビは、住民の喜ぶ様子を伝えるが、それが嘘だというのなら、西側メディアは、実際の状況を伝えればいいのだが、そのような報道は皆無である。
そもそも、ウクライナ東部のロシア系住民が、キエフのウクライナ政府に反感を持ったのは、2014年親ロシアと見做されたビクトル・ヤヌコビッチ政権が倒され、ウクライナ民族主義一色に染まった極右勢力が権力を握ったからである。特に「ロシア語公用語廃止」が、ロシア語で教育を受けロシア語しか話さないロシア系住民にとっては、キエフの政権に対し、恐怖を呼び起こしたからである。(ル・モンド ディプロマティーク 2014年3月「ウクライナのナショナリズム過激派」、4月「ウクライナ問題で反ロシアに凝り固まるEU」に詳しい)このようなことが、主要メディアでも報道されれば、一方的にロシア側にだけ問題があるという認識にはならないだろう。
中国の場合にも、公平・中立を疑わせる報道は多々ある。2019年、香港で大規模な抗議行動が起きている同時期に、南米チリでも大規模な反政府抗議行動が起きていた。チリ国立人権研究所(INDH)は、デモ活動が盛んだった2019年10月18日から2020年3月18日までの5カ月間で、デモ隊と治安維持部隊との衝突時に、チリ警察や軍によって引き起こされた人権侵害に相当する被害報告を2,520件受理したと発表した(JETROビジネス短信2020年10月21日)。うち主な苦情は、職権乱用(1,730件)、拷問(460件)、過度な暴力(101件)、殺人未遂(35件) であり、抗議行動側の死者は数十人に及ぶ。このような政府側の弾圧ぶりは、香港の比ではないが、西側主要メディアの報道は、香港の抗議行動と比べ極めて小さな扱いしかしていない。このことが意味するのは、世界中で強権力は反対者を弾圧しているが、中国の弾圧だけがより強調されるということだ。
これらの西側主要メディアの報道は、「中・ロは1から100まですべて悪い」というイメージを作り出す。
冷戦との違い
「中・ロを擁護する者は西側にはいない」
西側と中・ロとの対立は、新冷戦と呼ばれることもある。そして、かつての冷戦とを違いを、「ソ連圏は西側と経済関係が遮断されていたが、中・ロは世界経済に組み込まれている。特に中国は、世界第二位の経済大国になっている」という点が指摘される。確かに、そのとおりである。しかし、もう一つ、異なることがある。「中・ロを擁護する者は西側にはいない」という点である。
かつてのソ連は「社会主義国」であり、ソ連の実態が、崩壊後に多くの秘密文書や証言などで暴かれる以前は、西側の左派の多数派は、その体制を「概ね」擁護していたという事実がある。「概ね」というのは、左派の立場も様々であり、ソ連を「スターリン主義だから打倒せよ」というものから、「共産主義」として否定する社会民主主義の立場もあり、大きく異なるからだ。しかしそれでも、ソ連国内で「反体制派」として弾圧された、科学的社会主義者を自称するロイ・メドヴェージェフが言うように、「ソ連は社会主義者と似非社会主義の混合物」(「ソ連における少数意見」岩波書店)だったのだ。看板に社会主義を掲げている以上、社会主義の要素がなかったわけではない。それは、例えば、最低限の生活保障、男女同権、教育の無償化等であり、スウェーデンなど戦前に社会民主労働党政権が樹立された一部の国を除き、西側諸国より早く、社会保障が制度化されていたのである。それらのことから、西側左派の多数派は、ソ連に対し、少なくともな敵対視はしていなかったのである。
しかし、現在の「新冷戦」では、中・ロに対しては、西側左派に擁護する意見はほとんど見られない。ソ連崩壊後のロシアは、富はソ連崩壊に伴い国家資産の投げ売りによる一部権力者による収奪がそのまま残り、今ではプーチンと者とその取り巻きによる寡頭支配体制が続いている。中国の方は「中国の特色のある社会主義」に、社会主義の要素を見つけるのは困難であり、国家管理の強化された「特色のある資本主義」に過ぎない。確かに、「7億人が貧困層から脱したという成果」はあったが、より根本的な習近平の掲げる「中華民族の偉大なる復興」は、ナショナリズムのかたまりであり、社会主義の重要な要素である国際主義とはまったく相容れない。「万国の労働者、団結せよ」ではなく、「中国資本は団結せよ」である。また、昨今のウイグル自治区人権問題、香港への言論弾圧、台湾の武力「解放」などについて、日本共産党委員長志位和夫が強く非難しているように、西側左派は絶対に容認できないものである。つまり、中・ロは、西側左派の理想とするところとは正反対の方向を向いているのである。
「平和共存」も不可能
1969年、西ドイツでは社会民主党政権が発足し、首相ヴイリー・ブラントは東側とのデタント緊張緩和政策を実行した。そこには、東側との平和共存という考え方があった。それは、互いの軍備増強による核戦争の危機を回避したいという東西両陣営の共通す強い願望があり、1972年の戦略兵器制限交渉(SALT Ⅰ)から始まる軍縮へとつながった。しかし、今ところ中・ロと西側は非難合戦が続き、そのような動きは皆無である。
確かに、全面戦争という最悪な事態を避けるために、アメリかと中国、ロシアとの首脳会談はオンラインで実施された。しかし、首脳会談が終われれば、バイデンは即、北京五輪への外交的ボイコットと民主主義サミットで応酬し、ロシアはウクライナのNATO加盟阻止のための軍事力の誇示をやめようとせず、対立する状況は何ら変化していない。
戦争の正当化の危険性
西側政府も中・ロ首脳も戦争は避けたいという思いは同じだろう。大国間の戦争に勝者はなく、両者ともに甚大な被害を受ける敗者になるなのは明らかだからだ。しかしそれでも、双方の意図を誤解した、偶発的戦争勃発の危険性は否定できない。
「中・ロは1から100まですべて悪い」という西側全体の右派から左派までの一体化した認識は、中・ロの軍事力増強を軍事進攻への準備と見做す傾向を促す。現に、米軍情報機関はロシアがウクライナ侵攻を計画していると発表している。それは、多分に「中・ロは悪なのだから、軍事進攻を企てているだろう」という憶測から、極めて信憑性のあるものとして認識される。
西側には「中・ロは悪」だが、それと同様に、中国にとっては、西側は自分たちの発展を阻止しようと企む「悪」であり、ロシアにとっては、NATOの東方拡大によって自分たちの安全を脅かす「悪」なのである。アメリカは、タリバンの残虐性を強調し、アフガニスタンに軍事介入を行った。そこでは、「悪との戦い」即ち「戦争」は正当化される。同様のことが、西側と中・ロの間でも起こり得る。
現に双方の軍用機と艦船が入り混じって展開しているアジア地域や、目と鼻の先に敵の大規模兵力が対峙している東欧(ウクライナでは、内戦が終わっていない)では、部隊どうしの小さな接触は起こる。その時に、双方が相手を「悪」だと見做す風潮が強過ぎれば、相手の行動をミスだと判断することなく、悪意あるもの、つまり攻撃だと判断することにつながる。攻撃だと判断すれば、反撃する。それによって、後戻りできない戦争へと進むことになる。
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所によると、コロナ危機にもかかわらず、2020年の世界の軍事費は1兆9810億ドル(約218兆円)と過去最高を記録した。戦争には至らないとしても、軍備拡大は止まらない。いつ始まるか分からない「戦争前夜」なのである。
西側と中・ロの対立は、双方とも一歩も退く気配はない。東西冷戦が、東側の崩壊によって終わったように、どちらかが倒れるまで「新冷戦」の「戦争前夜」は続くだろう。