夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

なぜ、「リベラル」は戦争も辞さないのか?

2022-10-30 10:26:00 | 社会


 ロシアの軍事侵攻から8か月が経過したが、メディアは、ウクライナ軍は要衝奪還し、反転攻勢を続けていると伝えている。また、このウクライナ軍の攻勢は、NATO諸国からの軍事支援の賜物であることも、メディアの報道から明らかになっている。つまり、旧ソ連製の兵器を中心とするウクライナ軍は、量的に勝るロシア軍に、NATO諸国軍の所有する最新鋭兵器を使用して反転攻勢に出ているという状況なのである。

極右はロシアに宥和的
 このNATO諸国の軍事支援の中でも、突出した支援を行っているのがバイデン政権のアメリカであるが、この国の中で、軍事支援に関して奇妙なことが起きている。もともと軍事力重視の右派共和党の方が、いわゆる「リベラル」の民主党より、軍事支援に消極的なのである。8月に実施されたロイター/イプソスの米世論調査でも、軍事支援に民主党員66%、共和党員の51%が賛成と、民主党の方が軍事支援には積極的なのである。特に、トランプ支持派の共和党議員は、10月の上院での総額400億ドル対ウクライナ大規模経済・軍事援助法案に、同党議員11人が反対している(ロイター)。その理由は、トランプが5月に「民主党の連中は、わが国の父母たちが自分たちの子供らを何とか食べさせようと四苦八苦しているときに、ウクライナに400億ドルもの追加支援を行った」(Wedge10/6) と批判したことから分かるように、「アメリカファースト」であり、優先されるべきはアメリカ国民の生活だ、ということである。
 ヨーロッパでも、概して極右は、ロシアに対して宥和的である。ハンガリーのオルバン政権は、ウクライナに対する武器供給を拒否している。イタリアでは、右派連合の首相候補であるメローニは、極右イメージを薄めるために親NATOの立場を強調し、ロシアの侵攻を非難しているが、同じ右派連合の元首相のベルルスコーニは、「ゼレンスキーがモスクワ侵攻を引き起こしたと非難し」(ガーディアン10/20)、イタリア政局に混乱を引き起こしている。また、ドイツの極右政党AFDは、「親ロシア、時には親プーチンの姿勢で定評がある」(ガーディアン9/20)と言われ、これもロシアには宥和的である。
 概して右派ないし、極右はロシアの軍事侵攻に、(すべての右派がそうであるわけではないが)相対的に宥和的であるのかと言えば、国家主義、民族主義的右派のプーチンと政治的立場である右派としての親和性があることと、何よりも、自国ファーストの右派として制裁が自国の国民生活を圧迫していると考える。

左派は曖昧
 このように右派がロシアの侵攻にいくらか宥和的であるのに対して、その対極にある左派の主張は、曖昧なものとなっている。アメリカを筆頭に西側政府は強力な軍事支援と制裁で応じているが、それに対する左派の態度は、一定ではない。NATO諸国の軍事支援に明確に反対しているのは、左派の中でも一部なのである。例えば、アメリカ民主党内左派のサンダースの出身母体であるアメリカ民主社会主義者党DSAは、強力な軍事支援よりも早期の停戦を主張している(機関誌Jacobinによる)が、民主党内左派は、煮え切らない態度を見せている。10月24日、民主党のオカシオ・コルテスらの左派14人が、莫大な軍事支援予算には反対しないが、同時に停戦も模索すべきというバイデンへの書簡を発表したが、民主党内主流派からの強い非難を浴び、その直後に撤回している(ロイター)。
 これは、NATOは東方拡大によって、「熊(ロシア)の目をつついたので、熊は怒り、凶暴化した(ミアシャイマー、シカゴ大学教授)」としても、その「怒り」は、狂気であり、軍事侵攻という選択は、筆舌に尽くしがたい残業な行為であるからだ。このことから、左派は、和平が達成されるのが望ましいが、第一にロシア軍は撤退すべきであり、ウクライナの抵抗を支援するために軍事支援はやむを得ない、という立場に至るのである。しかし、西側とロシアの代理戦争と言われるように、実際には、ウクライナ軍はNATO諸国の、特にアメリカ製兵器で戦争をしており、ウクライナ兵の訓練まで実施している。西側は完全に、戦争に参加(commit、加担)しているのである。ロシア兵や親ロシア住民を殺しているのは、西側政府の提供した兵器である。現実には、ウクライナへの軍事支援では、ロシア軍を撃退できず、それどころか、戦争の拡大を生む。したがって、アメリカ民主党左派は、党内亀裂を避けるために、上記の書簡を撤回せざるを得なくなったが、これ以上の惨禍を避けるために、外交による和平の達成をも模索すべき、というのが、多くの左派の共通した立場であるのは間違いない。

強硬な「リベラル」
 これら左右両派に対してその間にある、中道右派左派の立場は明白である。ロシア軍のウクライナからの排撃のために、強力な軍事支援と徹底した制裁を緩めるな、というものである。それは、ロシア軍がウクライナから排除されない限り、現段階での停戦に向けた協議など、ロシアに対して安易な妥協はしてはならない。ウクライナ全土からロシア軍を排撃するまで、徹底してウクライナは戦うべきだ。そのためのあらゆる支援をする、というものである。そしてこの中道右派左派とは、言葉を替えれば、政策の違いの幅はいくらかあるものの、いわゆる「リベラル」を最も重要な価値としている勢力のことである。ではなぜ、「リベラル」が、最も先鋭的にロシア軍の排撃を主張するのだろうか?

「リベラル」が意味するもの
 「リベラル」は、アメリカメディアが使用した言葉であり、厳格な定義があるわけではないが、概ね、最大限重視するのが「人権」と「自由民主主義」という立ち位置にあると言って間違いない。それは、オバマに代表されるアメリカ民主党主流派の立ち位置であり、主要メディアでは、それに近いニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストが代表していると言えば、異論はないだろう。そして日本で言えば、朝日新聞がそれに最も近いと思われる。
 アメリカ民主党主流派のオバマの後を継ぐバイデンが、世界を「民主主義」対「専制主義」で分けたのも、「人権」と「自由民主主義」を重要で基本的な価値だとする判断基準を持っているからである。
 もとより「人権」と「自由民主主義」は、「リベラル」だけでなく、左派にも共通する極めて重要な価値である。しかし、左派と「リベラル」では、「人権」と「自由民主主義」が実質的に意味するものが異なるのである。

 「リベラル」が意味する「人権」と「自由民主主義」とは何かを考える上で分かりやすい例がある。それは、独裁者フセインを打倒したアメリカが、「自由民主主義」の名においてイラクで何をやったのか、である。
 2003年、イラクの統治機構を支配したアメリカ政府は、連立暫定当局(CPA)の長にポール・ブレマーを任命したが、彼は「ブレマー令」として知られる100ケ条を公表した。その中身は、国営企業の売却、外国企業によるビジネスの完全な所有権と利益の確保、イラクの銀行の外国法人所有と管理、関税の撤廃等である。さらに、労働者を規制し、ストライキを非合法化、労組結成を制限し、逆進的所得税を導入し、企業税を引き下げた。これは、何のことはない、イラクの西側資本に開かれた新自由主義化である。これが、アメリカが「自由民主主義」の名において実行したことなのである。(デヴィッド・ハーヴェイ「新自由主義」、カルフォルニア大学バークレー校教授ウェンディ・ブラウン「いかにして民主主義は失われていくか」参照。)
 イラクへの軍事侵攻は共和党のジョージ・Wブッシュによって行われたのだが、民主党も同意していたし、大量破壊兵器の所有という誤情報に関しても、後に、英国労働党の元首相トニー・ブレアが「(誤情報があったとしても)フセイン打倒は正しかった」と言ったように、中道両派の合意事項である。
 全土の統治機構をアメリカによって破壊されたイラクは、その後、イスラム過激派によって、内戦状態に陥るのだが、ここで問題にするのは、そのことではない。アメリカは、内戦状態を歓迎したわけではないからだ。問題は、独裁体制を打倒し、「自由民主主義」の統治として、アメリカが実行しようとしたことにある。それはまさに新自由主義そのものであり、アメリカが言う「自由民主主義」が、実際の政策の中では新自由主義であることを意味していることにほかならない。
 
 上記のイラクの例は極端で例外的なものだとする見方もあるかもしれない。しかし、前掲のウェンディ・ブラウンは、2013年1月のバラク・オバマ大統領一般教書演説に、極めて「リベラル」な政策提起とともに、無意識のうちに新自由主義に侵食された「自由民主主義」を見出す。
 「オバマはメディケアの保護、累進課税税制の改革、科学技術研究、クリーンエネルギー、住宅所有、教育への政府投資、移民制度の改革、性差別及び家庭内暴力との戦い、最低賃金引き上げといったことを訴えているが、これらの問題はそれぞれが、経済成長あるいは競争力に貢献するという観点から論じられている。」
 「『よい中流階級的な職を創出できる成長経済ーーーこれが私たちの努力を導いてくれる北極星に違いない』と大統領は演説した。」
 「投資を誘致し、適切な報酬を得るスキルを身につけた労働力を育成することーーーこんなものが、21世紀の正義感ある大統領が率いる、世界でもっとも古い民主主義の国の目標なのである。」
         (前掲「いかにして民主主義は失われていくか」)
 このように、アメリカ歴代大統領の中でも最も「リベラル」なオバマでも、経済成長や競争力を前提に政策を立てなければならないのである。新自由主義は、本質的には経済政策の全体を自由市場の肯定という根本原理に合致させるが、この演説は、まさにこの根本原理から逃れられないことを表わしている。
 
民主主義国対権威主義・専制主義」
 共和党のトランプから政権を奪還した民主党のバイデンは、基本的にはオバマを継承している。国内政策では、オバマケアの拡充や1.9兆ドルの追加経済政策を成立させ、そこには、家庭への直接給付、失業給付の拡充、税額控除・児童税額控除の引き上げなど、中道左派的政策が並ぶ。そして外交では、権威主義・専制主義との対立を鮮明にし、「自由民主主義」国の同盟強化を推進している。
 これも、中道左派的政策を実行したとしても、「リベラル」が、経済を自由市場の肯定という根本原理から逃れられことを表わしていることの現れである。アメリカ経済を成長させるために、それを可能にする西側経済システムを防衛するため(極右派は概して、自国ファーストであるので、西側経済システム全体を顧みない点で、「リベラル」とは異なる。)、経済システムさえ変更させかねない、立ちはだかるライバルを蹴落とさなけれならないのである。勿論、立ちはだかるライバルとは、「特色のある社会主義」という矛盾を憚ることなく言い募る資本主義強国となった中国である。10月12日に発表したバイデンの「国家安全保障戦略」 では、中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」 と明確に述べている。
 
 対ロシア制裁によって原油価格が値上げりし、エクソンモービルが最大利益を上げているように、アメリカ石油産業や穀物、そして何より、ウクライナへの兵器供給によって軍事産業は空前の利益を上げている。こういった戦争による経済上の「恩恵」が、バイデンが停戦より、徹底したロシア軍への攻撃を主張する圧力になっているのは、否定しようがない。
 そして対ロシアの次には、対中国が準備される。それが、権威主義・専制主義との対立の鮮明化、「自由民主主義」国の同盟強化である。この対中政策で典型的なのは、「自由で開かれたインド・太平洋」構想だろう。アメリカが世界最大の「民主主義国」と持ち上げるインドのモディ政権は、ヒンズー至上主義を掲げ、モスクを破壊するなどイスラム教徒の弾圧を強めている。しかし、対中政策のためには、そのことを問題にできない。また、インドはヨーロッパの国際NGOが毎年発表している2021年の世界飢餓指数(GHI)報告書は、インドが116カ国中101位だと指摘している。 それ以下のアジアの国は、アフガニスタンだけである。また、BBCによれば、インドでは5億9000万人が、自宅にトイレがなく、野外排泄を余儀なくされているという(BBC2015/8/31)。それは、たぶんに居住と排泄は別な場所ですべき、というヒンズー教の教義によるものだとしても、野外排泄のため、衛生状態は最悪であり、女性は猥褻行為の危険を免れないなど、人権上とてつもない大きな問題である。そして、飢餓も野外排泄も状況はまったく改善されていない。それでも、中国の人権問題を最大限非難するアメリカ政府が、インドの人権を問題にすることはない。
 それは、敵対する中国との関係上、同盟を強化するため、インドを味方に引き入れざるを得ないからである。これが、バイデンの「民主主義国対権威主義・専制主義」で世界を二分する実質的基準なのである。そこには、アメリカ経済の成長と西側経済システムの防衛を、何よりも優先せざるを得ない「リベラル」の姿が如実に現れている。
 
 アメリカは、自国の政治経済とそれを支える西側の国際的システムを防衛するために、世界一の軍事大国として第二次大戦後君臨し続けている。そのシステムとはまさに、アントニオ・ネグリとマイケル・ハートが言った「グローバルな世界秩序としての帝国」である。そのアメリカの軍事予算は、世界全体の半分近くに及び、軍事産業は「軍事ケインズ主義」と呼ばれるように、この国最大の産業と言っても過言ではない。軍隊が経済を支え、雇用を支えているのである。例え、軍事力を外交の最大の武器とするネオコンでなくとも、市場経済を基本となる「リベラル」も、これを軽視することはできないのである。
 このような文脈から、「リベラル」は、両者の破滅に繋がる直接的戦争は避けたいと願っても、西側の利益を守る「グローバルな世界秩序」に亀裂をもたらす「権威主義・専制主義」との闘いが何よりの優先事項となり、その手段に聖域を設けることはできず、軍事力の行使をも排除することはできないのである。それが、「リベラル」が、戦争を辞さない理由である。
 
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