【近代国家体制確立をなすものは
憲法の制定である】
■1883年、ヨーロッパでの立件的諸制度の調査を終えて帰国した伊藤博文は、1886年から井上毅(こわし)・伊東巳代治・金子堅太郎らと、ドイツ人の法律顧問ロエスレルモッセらの助言を得て、憲法の起草にとりかかった
↓
完成した憲法草案は、枢密院にて
明治天皇同席のもと、非公開で審議された。伊藤博文は首相を辞して枢密院議長となり、大日本帝国憲法が発布された
■伊藤博文がヨーロッパでの調査時に困惑したのは、ヨーロッパ諸国の政治家や学者たちが「日本政府の改革は急進的すぎる」と、立憲制採用に否定的な見解を示し、「やむなく議会を開いても、軍事権や財政権に、議会の介入を認めてはならない」とする予想以上に保守的・専制的な考えを説いたことである
↓
「政府提出の予算案が議会で否決された場合でも、天皇の裁断で政府がその予算を施行できるように、憲法で定めておく」ことを主張
↓
伊藤博文はそこにヨーロッパ人の「黄色人種は真の立憲は行えっこない」という蔑視を感じたが、、このことは、立憲政治の運営が必ずしも簡単でないことを理解するうえでは役立った
↓
日本はヨーロッパ側の忠告を鵜呑みにはせず、予算案は議会で審議することとし、予算案不成立の場合は、前年度の予算を施行すると定めた
↓
政府は議会に反対されれば、軍事費の増額や、増税などができないことになった
♦️大日本帝国〈7章76条〉♦️
■天皇が定め、これを国民に下して与える形式で、君権と立憲の理念を融合したもの
■天皇は神聖不可侵
■天皇は国の元首として
★政治権を総攬(握る)する
★陸海軍の総帥
※総帥→軍隊の作戦・用兵の権限。陸軍参謀本部・海軍軍令部の補佐によって発動され、政府や議会が総帥権に介入することは認められない
(軍隊は政府でなく、天皇の軍隊)
★宣戦布告・講話・条約締結
★緊急勅令発布権(緊急時、議会閉会となった場合、法律にかわる勅令を発することができる→次期議会で同意が得られなければ、その時点以降勅令は失効となる)
★官吏の任命
★法律の裁可・公布・施行
★帝国議会の召集・衆議院の解散
★これら天皇の統治権は無制限でらなく、憲法の条文に従って行使されなければならない
■帝国議会
★貴族院・参議院からなり、天皇に協賛して立法権を行使し、予算案の審議・議決にあたる
↓
現在の日本国憲法下の国会に比較すれば、権限は制約されていた
■憲法と同時に衆議院議員選挙法公布
★選挙権は直接税15円以上を納める25歳以上の男子に限る
↓
1890年第一回総選挙では有権者は45万人余、全人口4000万人の1.1%
■憲法と同時に皇室典範が制定
★皇統の男系男子(長子)が皇位を継ぐことが定められ、これまでのように女性が天皇になることは認めなくなった
■国民は臣民と呼ばれた
★兵役・納税の義務を負う
★言論・集会・結社・信教・居住・移転などの自由
★公務につく権利
★請願する権利
♦️