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グルメクラブは呑兵衛ばかり 【連載】呑んで喰って、また呑んで(64)

2020-09-23 15:29:32 | 【連載】呑んで喰って、また呑んで

【連載】呑んで喰って、また呑んで(64

グルメクラブは呑兵衛ばかり

●日本・東京

山本徳造 (本ブログ編集人)  

 

 

 疑惑の「幽霊マンション」から目出度く引っ越しを終えた。自宅での呑み会がクセになってしまったようで、2、3日一人でいると、落ち着かない。そんなわけで、夕方になると近所に住む友人・知人に片っ端から電話した。
「今晩、呑み会するので来てね」そして、最後にこう付け加えた。「1000円忘れないで!」
 主催者の私が赤字にならないように一人1000円の会費を徴収することに決めていたのである。参加人数が分かると、食材とアルコールの買い出しだ。マンションのすぐ目の前にスーパーがあるので、便利なことこの上ない。さあ今宵は何を作ろうか。何種類かメニューが決まると、急いで帰宅して料理に取り掛かった。 

 高価な食材や手のかかる料理は最初から排除した。みんな料理が目的ではない。酒と会話を楽しみにしているからだ。もっとも、料理や酒の持参は大歓迎である。いつしか誰かが、この呑み会を「高円寺グルメクラブ」と命名した。
 当時の常連を紹介しよう。海外青年協力隊のメンバーとしてインドネシアで活動していたМ君なんか、自ら食材を持参してインドネシア料理を作ってくれた。独特の香辛料が鼻腔をくすぐり、部屋中がインドネシアになったものである。そんなときはホストの私も大助かりだ。
このМ君は数年後、現地で知り合ったインドネシア女性と結婚し、今は鹿児島で養鶏場を経営している。暇があると、広大な自宅の庭で焼酎とビールでBBQを楽しんでいるという。
 さて、一滴も呑まない医療ジャーナリストのYさんを除くと、女性たちは酒豪揃いである。日本酒党のHさんは一升瓶を抱えて参上するのが常だった。彼女の自宅で開催される呑み会にも何度か招待されたが、いつも十数人の老若男女が集う。数時間もすると一升瓶がゴロゴロ。で、いったん参加すると、よほどのことがない限り、「解放」されることはない。こうして二泊三日の呑み会が延々と続く。参加するのも、まさに命がけだった。
 ごく近所に住むSさんも日本酒が大好きで、ビールを水代わりにあおってからコップ酒を美味そうに呑む。肴はほとんど口にせず、せいぜいスルメをつまむ程度である。Hさん同様、Sさんも和服の似合う美人で酒豪だった。

 私立大学で政治学を教えていた才女でもあった彼女は、某週刊誌で「時の人」を相手にインタビューするコーナーを持っていた。あるとき「疑惑の銃弾」で一躍有名になった三浦某をインタビューしたことがある。その直後から三浦からデイトの申し込みが執拗にあったらしい。
 Sさんはカラオケで歌うのも好んだ。二次会で新高円寺駅近くのスナックに行くと、必ず『天城越え』を熱唱していた。音程を崩しながら。酒が入ると、毒舌が始まる。放送禁止用語もしきりに連発するので、マスコミ界で彼女は超有名人だった。そんなSさんだったが、独身を守り通して天国へ。まだ40歳になる前だった。「美人薄命」とはよくいったものだ。

 その頃、アシスタントをしてもらっていた作家志願のNさんも酒の強さでは誰にも負けなかった。仕事がひと段落着くと、毎晩のように向かいの焼鳥屋に出向いて呑んだものである。焼鳥の串を次々に頬張りながら、最低でも焼酎のボトルを一人で1本は空にしていた。まさに酒豪だ。それでも、平然として鎌田の自宅まで帰っていくので、恐ろしくなったものである。

 彼女は力持ちでもあった。ある日、生後間もない子猫を2匹も連れてきた。来る途中に拾ったという。間もなく2匹増えた。また拾ってきたのだ。それから猫キャリーバッグを担いでJRと地下鉄を乗り継いだ子猫4匹との同伴出勤が続く。その努力というか、執念には感心した。

 Nさんの東京女子大時代からの友人Mさんにも登場願おう。たまに原稿の締め切りに間に合わないときなんか、彼女にも応援を頼んだが、要領よくまとめてくれた。類は類を呼ぶというが、その彼女もNさん同様に底なしである。彼女の酔っぱらった姿を一度も見なかった。

 英語が好きというか、外国人に憧れていたようで、「明日から私をステファニーと呼んで」とほざいたことを今でもはっきりと覚えている。のちに彼女はニューヨークの大学に留学したが、はたして外国人と結婚したのだろうか。それにしても、変わった女性だった。

  このブログでも何度か登場するIさんも常連である。朝方に寝て、夕方に起きるという「夜型人間」。もっとも、その間に何度も短い眠り入る。いつも夜9時ごろに現れては、ウイスキーをちびちびと舐めながら話を始めるのだが、いつしか目がトローンとして、「あっ、もうダメかも知れない」と口走るやいなや倒れるのが恒例になっていた。
 この人の逸話は、いつ聞いても面白い。ある日、目が覚めると太陽が容赦なく顔に照り付ける。「あれっ、ここは何処?」と周囲を見渡すと、みんな忙しそうに傍を通り過ぎるではないか。バーで呑んでいたが、いつしか酔っぱらって歩道にで寝ていたのだ。それも仰向けになって。

 Iさんが猛反省したのは言うまでもない。ところが、またその夜、同じバーで深酒してしまう。そして、次の朝、強烈な日差しで目覚めた。なんと前日と同じ歩道で。こんなことを書き連ねていると、キリがない。次回は拙宅に泊まった外国人たちのことを書いてみよう。(つづく)


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