【連載】頑張れ!ニッポン⑪
日本半導体が復興へ
釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)
ラピダスが復興の先陣を切った
日本半導体復興に向けた動きのひとつに最先端技術を開発するラピタスの設立がある。この動きをめぐって早くも批判的な意見がネット上で見られる。想定していた事だが、やはり巨額の投資額について疑問を持たれているようだ。税金を投入しているから監視の目を厳しくするのは当然だと思うが、数千億円とかさらには数兆円という金額だけでびっくりして、最初から疑念を抱くのは如何なものか。
現役時代にも経験した事だが、他の事業分野と比較して高すぎると批判するのはナンセンスだ。比較するのなら同じ半導体分野の他国の例と比較をして欲しい。既に述べたように、米国や中国は数兆円規模の国家予算を動員している。しかし、日本政府は過去20年間、半導体に対してそのような資金を殆ど投入しなかったのだ。
ラピダスについてのもう一つの批判は、2ナノメータという微細化技術に挑む事が無謀だというもの。確かに日本にある製造ラインは40ナノメータが最も微細なラインであり、現在熊本に建設中のTSMCの工場でも20~30ナノメータのラインである。
とは言え、ラピダスの目標が無謀だというのならどうしろと言うのか。10ナノとか5ナノ位の微細化を確立してから2ナノに挑戦しろとでも言うのだろうか。その方が成功の確率が高いのだろうか。
▲建設中のラピダスの工場(2023年12月 北海道新聞より)
▲完成したTSMC熊本工場(熊本日日新聞より)
その根拠は何だろうかと思いめぐらしていると、「2位ではダメですか?」という蓮舫氏のセリフがどこからか聞こえてくるようだ。この様な批判する人は、大体が技術ジャーナリストと呼ばれる人のようだが、彼らは製造現場の経験はどのくらいあるのだろうか。机上の空論と言いたくなるが、それは言い過ぎだろうか。
私はパワーの経験しかないが、それでも現場で生みの苦しみを散々味わってきた。当時は製造技術も未熟で、未知の現象がしばしば起こり、なかなか製品が出来なくなるトラブルに見舞われる事があった。毎日深夜まであれこれ試行錯誤して苦しんだことは何回もある。
ある時などは納期が迫るギリギリのタイミングでやっと出来た製品を、工場から自分の車で夕方の伊丹空港まで運びこみ、それをどこに渡したものやら分らず、飛行場の貨物扱い場で職員に聞いて回りやっと出荷したこともあった。あんな思いは2度としたくないものだ!
安定市場のパワー半導体
話を戻そう。
ある大学の教授が「ラピタスは必ず失敗する」という意見をいくつかの要因を挙げて滔々と述べる記事を目にした。要約すると、「2ナノという目標が高すぎるし、仮に2ナノの製品ができたとしても、それを買ってくれるところはどこにあるのか」と言うわけだ。
そういう疑問は分からないでもない。しかし、半導体OBのひとりとして、読んで気持ちの良い記事ではないだろう。どんなものにでもプラスとマイナスの面があるが、マイナスの面だけをあげつらって得意げに書いているように見える。
2日ほど前に半導体のOBたち(日立、三菱、ルネサス)と飲んだ時、この記事の事が話題になり、異口同音に不快感を露わにしていた。もっとも、「ラピダスの顧客はどこにいるか?」という点は私も不安に思っていることを以前のブログでも少し触れた。
カナダの会社がラピダスとの提携を申し出たという報道はあったが、それだけでは心もとない。その点、TSMCが熊本に建設中の工場は20〜30ナノのラインだ。ここで作られる製品は、自動車向けを始め、多くの需要先が見込まれだろう。さすがに台湾はしたたかである。
半導体は、その製品が大量に消費されて初めて採算がとれる装置産業なのだ。インテルはパソコン市場にプロセッサを、サムスンはパソコンや携帯電話向けにメモリを夫々高いマーケットシェアを基に大量に売っている。
最近の調査会社のデータによると、世界のパソコンの出荷台数は約2億台前後、スマホの出荷台数は約13億台だという。この様にコンシューマ向けの製品は、半導体需要を牽引するのだ。
パワー半導体は自動車向けが数としては大きいが、世界の自動車の生産台数は約8500万台とのことであり、パソコンやスマホに比べれば数は相当見劣りする。そもそもパワー半導体はインフラ向けが多いので、そんなに数が出るものではない。
だから、成長率もメモリやマイコンの様に毎年何十パーセントも伸びるものではなく、せいぜい5%前後の成長である。その代わり大きく落ち込むことも無い。つまり安定した市場である。これは私の現役時代も今も変わりがない。
パワー半導体の強化に乗り出した経産省
ところで最近、そのパワー半導体でも動きが出てきた。パワー半導体では、日本はまだ世界で善戦していると言われてはいるが、実はそんなに安泰という訳ではないのだ。
ドイツのジーメンスから独立したインフィニオンという会社がある。パワー半導体の売り上げが世界ナンバーワンの会社だ。ここが積極的な投資を継続し生産能力を増強してマーケットシェアを伸ばしている。更に積極的なM&A戦略により関連分野の会社を買収して事業を拡大しているという。
これに危機感を抱いた経産省は、国内のいくつかのパワー半導体メーカの統合を図っている。ご存じの通り、中国は電動車(EV)市場が急拡大しており、その為中国でもパワー半導体の生産を強化する動きが活発化しているとの報道がある。
今は売れ行きに少しブレーキがかかっているようだ。しかし、長期的には電気自動車が市場の大部分を占める事は確実視されている。日本もパワー半導体の強化を怠ってはいられないのだ。
【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】
昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省・長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市で終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市の半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。本ブログには、平成6年5月23日~8月31日まで「【連載】半導体一筋60年」(平成6年5月23日~8月31日)を15回にわたって執筆し好評を博す。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)