【連載エッセー】岩崎邦子の「日々悠々」(90)
「失礼ですが、お幾つですか?」
あるテレビ番組で高齢の女性がインタビューされていた。しかし、女性はその質問に答えず、
「幾つだと思います?」
と、逆に質問した。
「え~っと、72歳」
逆質問に戸惑ったのか、インタビュアーが戸惑いがちに答える。私は思った。
(うふっ、それはないでしょう!)
それはともかく、こうした場面で咄嗟に切り返すのは、男性より女性が多いようだ。人の年齢を考える時、顔の表情や皺、髪のこと、歩く姿勢や話し方の受け答えで考える。「72歳」と言われた女性は、81歳だと告白したが、若く見られたことで、かなり満足げな笑顔を浮かべた。再び私は思う。
(こうした場合、思っている年齢より、若くしか言わないでしょうに!)
テレビのニュース画面では、芸能人も、政治家も、一般人も、犯罪者も、必ずと言っていいほど、年齢が表示される。以前には、事故の報道では年を重ねた女性のことを、「老婆」と出ていたこともあった。私も何かがあれば、「老婆」として一括りにされるのかも。そんな嫌な気持ちもあったが、さすが、最近はそうした表現はされなくなった。知人に言われたことがある。
「どうして、平気で実年齢を公表するのかしらね」
ちなみに、外国、とくに欧米ではあまり人に対して年齢を問うことはない。「何をしているのか」「をしてきたのか」を重要視しているからだろう。ま、必要かどうかは分からないが、聞かれたら言ってしまった方が、相手に気を遣わせることもない。若いと思ってくれるのか、老けていると思われているのか。
確実に年齢を重ね、体にも顔にも姿勢にも、随所にその兆しは如実に表れるのだから、相手の判断に文句も言えないのだが、「若く見える」などと言われたら、誰もが悪い気はしないのも事実だ。若い時の男性なら、青二才と思われるのが悔しく、背伸びしたくなる気持ちもあるだろう。
長年暮らしてくると、元気(若く)に見える人と、枯れて見える人がいる。こうした「主観年齢」「気持ち年齢」の若い人は脳も若い。老化を左右するのは、実年齢よりも主観年齢で、それは健康にも及ぼすという。男女を問わず誰もの思いの中には、「若く見られたい」というのが、本音だろう。
職場の第一線を離れた男性も、趣味などに没頭できれば、老化の速度もゆるくなる。私より年上だったが、とても元気で魅力的な生き方をしていた人のことを思い出した。
もう20年ほど前のことだ。「一人参加の海外旅行」に参加したことがある。つまり、家族や友人と伴うのではなく、旅に出たいという同じ思いの人たちが集い、その中から何組かが出来て成り立つツアーだ。
私の組は、「品の良いおばさま風」のFさんと、かなり豊満な体格のKさんとの3人となった。ここではそのFさんの生き方、過ごし方を少し綴ってみたい。
Fさんは、ご主人を亡くされてから、立派だっただろう持ち家を処分して、行き来も楽な息子や娘の住む沿線の団地で一人住まいをされていた。図書館やプールが近いので、日々そこを利用しているという。
彼女は「思い立ったが吉日」と、すぐ行動に移す。「友人を誘っていては都合がまとまらない」からと、世界の各地に一人参加で旅行をされていた。語学は私と同様で得意だったわけではない。書類に書くキャピタル文字の意味もあやふや、度胸と愛嬌でやり過ごしてこられた。
私達の旅の行先は、時差も少なく治安も良いオーストラリアのブリスベンである。コテージが立ち並ぶ所に各組が分散した。キッチン用品が揃っていたので、青空市場に出かけて食料を調達して自炊も出来た。
まわりには様々な施設があってエステや美容室の利用、プールや体育館で体力づくりに励むことも出来る。夜には南十字星を見るツアー、ゴールドコーストを空から見るコース、船で水路をめぐるツアーなど、過ごし方は盛りだくさんであった。
Fさんと私は食の好みも似ていたし、好奇心も旺盛でフリーマーケットにも出かけたりして、共に行動することが多かった。そんな中で、Fさんは知り合った地元の娘さんと、すっかり意気投合。片言で、折り紙を教える約束もし、後には、親日家の親御さんの家にも出かけて、本領を発揮されていた。
私の「一人参加の旅」は一度だけであったが、Fさんとの親交は電話や手紙でしばらく続く。彼女は年に一度は必ず、豪華船でのクルージングにも参加されていた。そこでのダンスパーティのために、ドレスを何枚か作っては、ご披露するのが何よりも楽しみなのだとか。次から次と、もう、聞く話のすべてがダイナミックな話ばかりだったが、果たしてFさんはこの時、幾つだったのか?
ギリシャ・エーゲ海クルーズでは、船上で80歳の誕生日を迎え、船長さんから特別の祝福を受けたとのか。それを聞いて驚いた。私はFさんに同年齢の人と変わらない接し方をしてきたが、なんと18歳もお姉さんだったとは……。
Fさんは何事にも前向きで、たくましさの中にも品性を備え、魅力的な生き方をされて若かった。日本は世界一の長寿国であるというが、医療技術の進歩でそれを可能にしているという。健康を維持していくには、日々の食事や体調管理、様々な出来事にも好奇心を持って行動するのが、好ましい。別に長生きをしたいわけではないが、先々に年を聞かれたら、こう切り返すことにした。
「幾つだと思います?」