【連載】藤原雄介のちょっと寄り道㊷
自分の身は自分で守る
アムステルダム(オランダ)
▲アムステルダム中央駅
アムステルダムの夏は夜10時過ぎまで明るい。暗い冬の反動で現地の人は、太陽を目一杯楽しもうとはするが、基本的には時計に合わせて生活する。 明るいからといって勤務時間が長くなったりすることはない。しかし、5月からアムステルダム勤務になり、そんな「明るい夜」に慣れていない私たちは陽が出ている間は仕事を続けていた。
毎日、やるべき業務は山積していて、気がつけば夜の11時ということも珍しくはなかった。自覚のないまま寝不足の日々が重なり、ボーッとしていることが多くなった。
そんなある日の深夜――。
アムステルダム中央駅近くの中華のファストフード店に同僚のОさんと入った。それほど混んではいない店の出口に近いボックス席に向かい合って座り、油でギトギトの春巻きやパサパサの焼売などを機械的に口に運んでいた私たちに、若い男がいきなりスペイン語で話しかけてきた。
「アムステルダム中央駅はどこ?」
手短に道順を教えて、食後のたばこを吸おうと、ボックス席の直ぐ横に置いていたアタッシェケースに伸ばした私の手が宙に泳いだ。当時、私はたばこを吸っていた。それにレストランでも自由に喫煙できる時代だった。
「アレッ、ない!」
ボックス席の直ぐ横に置いたはずのアタッシケースが消えていたのだ。
「やられた、今の男だ!」
同僚を残したまま、私は慌てて店の外に駆け出し、左右を見渡した。まだ薄明るい通りには、誰もいない。道を訊いた男には仲間がいて、そいつが私たちの注意を惹きつけている間に、あのスペイン語野郎が鞄を持ち去ったのだろう。
鞄には、パスポート、現金(5万円ほどの日本円。10万円相当のドル紙幣と当時のオランダの通貨ダッチギルダー)、数枚のクレジットカード、1000ドルほどのトラベラーズチェック、手帳、仕事の書類、大量の顧客名刺、20万円ほどの交際費の領収書等、総ての貴重品が詰まっていた。
ありふれた手口に引っ掛かってしまった悔しさに茫然自失しながらも、直ぐに善後策を講ずるため、目まぐるしく考えを巡らせ始めた。警察への届け出、本社への報告、パスポートの再発行手続き、クレジットカードとトラベラーズチェックの使用停止手続きもある。それに交際費の領収書も再発行してもらわねばならない。そんなケチな了見も頭をよぎる。まだパソコンが普及する前のことだったので、情報流出の心配がなかったのがせめてもの救いだったかも知れない。
数日後、空っぽの鞄がアムステルダム中央駅前の運河の側で見つかった。結局、総ての事後処理1週間ほどを費やすことになる。海外で盗難に遭うと、時間の浪費以上に精神的ショックが大きい。この盗難事件は1987年のことだった。
▲盗まれたアタッシケースは運河の側で見つかったが、中は空っぽ
時は移ろい、2010年から2014年にかけてのロンドン駐在時代のことだ。当時、ドイツで大規模な火力発電プラントプロジェクトが進行中で、多くの出張者が往来していた。ドイツの治安は極めて悪く、ロンドン事務所は、盗難や詐欺に遭った出張者の駆け込み寺の様相を呈していた。オランダやフランスでも被害が続発した。
コロナ禍も過ぎ去り、これから海外旅行に出かける方が少なくないだろう。そんな方のために、ロンドン事務所が扱った事例を挙げながら、海外での安全対策について記してみたい。
【ドイツ編】
■デュッセルドルフ
・デュッセルドルフ中央駅の列車内。網棚にスーツケースを置き、同行者との話に夢中になっていたらスーツケーが消えていた。
・同じくデュッセルドルフ中央駅の停車中の列車内で居眠りをしていたら、網棚のブリーフケースが消えていた。
・市内のラーメン屋から出て、鞄を地面に置きコートを着ようとした時、道を尋ねられた。わずか10数秒の内に鞄が消えていた。
▲デュッセルドルフ中央駅
■ケルン
・ケルン大聖堂のステンドグラスに見とれていたら、バックパックから財布を盗まれた。
・ケルン大聖堂で背中側に回していたウエストポーチから財布を抜き取られた。
・ケルン市内。鞄の外側ポケットに入れていた財布をすられた。
・ケルン中央駅でドルトムント行列車に乗り込んだ直後、外から窓を叩き、切符のようなものを見せて何か叫ぶものがいた。 気を取られている間に座席横に置いていた鞄とスーツケースが消えていた。
■ドルトムント
・ホテルの部屋に置いてあったスーツケースと鞄から現金を抜き取られた。
・ドルトムントの列車内で出入り口付近に置いていたスーツケースを盗まれた。
【英国編】
■ロンドン
・ビッグベン(時計塔)観光中、ウェストポーチが開いているのに気付いた。
iPADが消えていた。
・警察官を装った2人組に職務質問され、財布を見せるよう要求された。50ポンド札(当時のレートで約 8500円)が消えていた。
▲ロンドンの地下鉄ハムステッド駅
▲ロンドンの地下鉄内でも油断大敵
【オランダ編】
■アムステルダム
・ファストフード店で食事中、道を尋ねる者あり。気が付けば、床に置いた鞄が消えていた。(冒頭のストーリー)
・夜遅く繁華街の路地を歩いていたところ、ナイフを持った3人組強盗に襲われ、現金を奪われた。(当ブログ#4 飾り窓強盗事件)
【フランス編】
■パリ
・地下鉄から降りようとしたところ、いきなり数人の若者に取り囲まれ、スーツの総てのポ ケットに手を突っ込まれた。財布を抜き取られ、小銭が床に散らばる。その間、ずっと無言。一瞬の出来事だった。
・地下鉄が次の駅で停まろうとする直前、ロマ(ジプシー)の少女が突然キャンディーを差し出す。 反射的に手を伸ばしたその瞬間、周りから沢山の手が伸びてきた。財布の入ったウエスエトポーチのジッパーを開け、ポケットの中にも手を突っ込まれる。片手でウエストポーチを押さえ、片手で少女たちを追い払った。幸い被害なし。(筆者の体験)
▲パリのメトロはスリの巣窟だ
実際に私の身の回りで起こった事例について書いてみたが、世界で最も安全な国の一つである日本にいるつもりでウカウカしていると、海外では身ぐるみ剥がれないとも限らない。以下に、海外旅行の際、自分の身は自分で守るための心構えと具体的な方法を記そう。
①周囲の異常に注意:突然口論が始まる。小銭をばらまく。落としたハンドバッグの中身が散乱。肩を叩かれる。親しそうに(日本語で)話しかけてくる。不自然に体を接触させる。私服警官と称し話しかけてくる。…これらは、総て犯罪者のチームプレーの基本技。周りの人が自分を見つめている時も注意。犯罪者チームの不審な動きに気づいているからかもしれない。
②ホテルの部屋に貴重品を置かない。
③道を歩くとき、鞄は必ず車道の反対側に持つ。
④胸ポケットに財布を入れたままの上着を椅子の背にかけない。
⑤ヒップポケットに財布を入れない。ウエストポーチは持たない。
⑥人ごみを歩くときには、バックパックを身体の前に持つ。
⑦鞄はいつも手から離さない。止むを得ず手を離しても、足で挟む、壁に足で押し付けるなど必ず体の一部を接触させておく。
⑧鞄や上着を椅子、テーブル、電車の網棚にたとえ10秒でも放置しない。
2023年の訪日外国人数は、2500万人でコロナ以前の2019年比で8割程度まで回復した。一方、2023年の日本人の出国者数は962万人で、2019年比5割まで戻ったという。
とは言え、私などはこの円安のせいで、海外に出かけるのは躊躇してしまう。もし、海外に出かけになるようなことがあれば、どうかこの駄文を参考に。
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。