【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(78)
麺をすするのがオシャレな時代に?
最近、国内外に於ける石破総理の「お行儀」「所作」「礼儀作法」の酷さが山積する政治課題そっちのけで大炎上している。ハッシュタグ「#日本の恥」とインプットすれば、石破総理の数え切れないほどの恥ずかしい振る舞いに関する映像、画像、記事が表示される。一日かけても総て閲覧することができないほどの量だ。
「#みっともない」も追加したら、ネット界隈は超超大炎上騒ぎになるに違いない。所謂オールドメディアでも、多少は石破総理の「奇行」について報道されてはいる。ヘタなお笑い番組よりも面白いのに、SNSと比較すれば圧倒的に取り扱い量が少ないのはどうしてだろう。
しかし、そんな悠長な軽口を叩いている場合でない。少数与党である石破政権が直面している課題は多岐に亘り、その深刻さは筆舌に尽くし難いものなのだから。とは言え、石破総理の情けなく、みっともない所行の具体的な例を挙げるのは、政治リテラシーの高い本ブログの読者諸兄姉には不要であろうから遠慮させていただく。
▲ああ情けない。子供はマネをしないでね
今日の話題は、石破総理のおにぎりの食べ方から連想してしまった「ズルズル音を立ててラーメンをすする問題」だ。
ヨーロッパの(特に高級)レストランで食事をしていて、思わずのけぞってしまうことがある。その理由の一つは、静かな室内に響き渡る「ズルズル」とスープをすする音だ。お客たちの視線は、一斉にその音源に注がれる。そこにいるのは大抵アジア人で、日本人である確率も非常に高い。
高級レストランに来るような人たちだから、西洋では音を立ててスープを飲んで(食べて)はいけないという基本的な知識は持っているはずだと思うのだが、残念ながら「ズルズル族」は結構多いのである。
ロンドンに駐在していると、日本からの様々な訪問客を接待する機会が非常に多い。会話を通じて相手のマナーレベルを推測し、「この人アブナイな」と思った時には相手を傷つけず、「ズルズル問題」を未然に防止する秘策があった。以下のような会話を参考にしてもらいたい。
「ヨコメシは、いろんなマナーやルールがあって面倒くさいですよね。ああでもない、こうでもないと面倒臭くて肩が凝ってしまう」
ちなみに、ヨコメシとは駐在用語で西洋料理、タテメシは和食を指す。中華はそのままチュウカと言う。
「確かに。それにヨーロッパでも国によって、細かいマナーは違うんですよ。例えば、フランスでは、スープをすくうときに、スプーンを奥から手前に向かって動かすけど、英国では手前から奥に向かってすくう。英国流のこの作法は、揺れる帆船の中で、スープが自分にかからない様にするための工夫から生まれたと言われている」
さらにこう続ける。
「あ、そうそう、スプーンを口に運ぶ角度も国によって違う。多くの国では、スプーンを口に対して平行、或いは45度の角度で口に運ぶ。すするのではなく、ひょいとスプーンの中身を口に放り込むようにする。が、ドイツ人は、スプーンを口に対して垂直に。まぁ、口に突き刺すようにして、スプーン全体をスッポリと口の中に入れてしまう人が多い。そうすると、スープをこぼすこともないし、すすらないので絶対にズルズルと音をたてることもない訳です。こんなスプーンの使い方をするのは、ドイツ人だけなので、第2次大戦中、英国人はドイツ人スパイを見破るために、初対面の人と食事をするときにはスプーンの角度に神経を集中した、という都市伝説のような話もある」
「へー、面白い話ですねぇ」
と、こんな仕込みをしておいて、実際にスープが運ばれてきたら、「ドイツ式ってこんな感じです」と実演すれば、「ズルズル問題」を回避できる確率はかなり高かったのである。
でも、先の話には、二つ嘘があることを断っておこう。一つは、フランス人の一部もスプーンを垂直に口に運ぶ。もう一つは、スプーン全体を口に入れるのは、スプーンに具材が入っているときだけだ。でも、ズルズル問題解決の為の小さなウソだから、ご勘弁を。
ところで、麺類をすすって食べる日本の「ズルズル問題」。これは何年か前から「ヌードルハラスメント=ヌーハラ」と呼ばれている。外国人だけでなく、その尻馬に乗った一部の無教養な日本人からも自虐的な意見が聞こえてきそうだ。
だが、ちょっと待った。蕎麦、うどん、ラーメン等日本が誇る麺類の味は、slurping(すすること)を以て完結することを忘れて貰っては困る。と言いつつ、同じズルズル音でも上品なものと下品なものがあるように私には思えてならない。
この微妙な差を認識できるかどうかが、粋か不粋かの分かれ道ではないだろうか。こういった目に見えない、説明し難い感覚こそが、日本文化の奥深さの一つかも知れない。
▲ラーメンをズルズルすするのは理に叶った食べ方
古来、水が高きより低きに流れる如く、より影響力の強い側の文化が伝播していくものだ。が、最近の世界的な日本ブームのおかげで、日本文化が海外に与える影響力は年々増している。
そして、終にslurpingが美食の為の高等なテクニックとして世界が認める日がやって来たのである。殆どの外国人(主に西洋人)は麺を啜ることができない。パリやロンドン、いや 世界中にラーメン店やうどん店が凄い勢いで増殖しているが、そこで麺を食べている人たちのほとんどは、数本の麺を箸に引っかけてチビチビと口に運び、唇をもぐもぐと動かして麺を口中にたぐり込んでいる。
「あーっ、辛気臭い。そんなことしてたら、麺がのびてしまうやろ!」
と余計な心配をしてしまう。
実際、日本人がラーメン一杯を食べる時間は4~5分。どんなに長くても10分以内だ。しかし、パリのラーメン店で調査したところ、フランス人はラーメン1杯を平らげるのに、平均20分かかることが判明した。
20分も経てば麺は伸びきり、スープは冷め、それは既にラーメンではなく、「ラーメンだったもの」になってしまう。この悲劇は、すする技(slurping technique)を身につけていれば回避できるものなのに…。
しかし今では、YouTubeなどで多くの外国人のラーメン愛好家が、日本人が麺類をすする理由を丁寧に解説し、その上で日本人のように「カッコ良く」ラーメンをすする方法を紹介する動画が沢山出回っている。
中でもとりわけ面白かったのは、Alexというフランス人がフランス語訛りの英語で、ラーメンをすすって食べる理由を科学的に、そしてフランス人らしくワインテイスティングの技法との共通性にも触れながら力説する’The Art of Slurping Ramen ‘ (ラーメンのすすり方の秘技)というヤツだ。以下にリンクを貼っておくので、興味のある方はどうぞ。
The Art of Slurping (been eating Ramen wrong my entire life 🤦♂️)-YouTube
偉そうなことを言ってはいるが、白状すると、30年程前の自分は、ズルズルと麺を啜るのは恥ずかしいと感じていたのである。時代の変化とはなんと面白いことか。
同じ麺類でもスパゲティはすすってはいけない。これは良い悪いの問題ではない。そういう文化だと無条件に受け入れることが大事だ。イタリアでも田舎に行けば、たまにズルズルすすっている人もいるが、やはり周囲からは好奇の目で見られる。
余談だが、日本ではパスタをスプーンとフォークを使って食べる人が多いが、これはイタリアでは御法度である。ちゃんとフォークだけを使ってスパゲティを巻くことができない子供にだけ許される食べ方である。
▲パスタはフォークでクルクル巻いてから口に入れる
▲イタリアでは、スプーンとフォークを使ってスパゲティを食べるのは子供だけ
我が家では二人の娘の物心つく頃から、「ラーメンや蕎麦はすすって食べるのが日本式。だけどスパゲティを食べるときは、絶対に音を立ててすすってはいけないよ」と教育してきた。長女は、使い分けができるが、私の強制的な教育方針がトラウマになったのか、次女は大人になっても麺をすすって食べるのが苦手だ。教育は難しい。
▲人間はきちんと教育しなければ、こんなことに
最近外国人が日本式のズルズル方式を学ぼうと躍起になっているのに、なんと我が国の若い女性たちの中には、ラーメンを西洋人の様にすすらないで不味そうな食べ方をする人が増えているらしい。
国ごと、文化ごとに異なるルールや作法を理解し、時と場合によって適切に使い分けができるのが、おしゃれで洗練された大人だということを是非認識して貰いたいものだ。皆さん、「オシャレ」という言葉に弱いでしょ?
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。