院長の気まぐれ日誌

仕事のこと、私生活のこと、気になることなど不定期に書いて行きたいと思っています^^

普段の光景

2011年06月30日 | 日記
いつも観ている普段の光景でも、時には、これは夢なのだろうかと思う時があるのです。

普通に横断歩道を渡る時、普通ではないような変わった衣装の親子が手をつないで渡っていたら・・・。
その光景を他の人は気が付かないのだろうか。

考えられることとは、いつもそのような衣装で、同じように町中を歩いていることで見飽きた光景だからふり向かないのか。
でも、すべての人たちがそのような光景に出くわす筈もなく、一人くらいは立ち止まってビックリする人はいるだろうに。
もう、数年前のことなのに、それも何故か日曜の午後に、そんな親子を何度か観ていた。
明らかに、違った体格の親子がミドリの衣装を着て手をつないで町中を歩いている。

素直に考えれば、他の人には観えないのかもしれない。
その前に、自分は今夢の中を彷徨しているのだろうかと錯覚してしまう。
何れにしても、心の隅にしまって置こうと思った。

そんな数年前のことを、思いだしてしまうようなことが最近も頻繁にある。
どのように説明すれば理解できるのだろうか。
いろいろな配色の閃光が天候や昼夜にも関らず流れて行く。
自分の中では、もう、何も驚くことは無いと思っていたのだけれども。

まるで、ハリウッドの特撮を観ているかの光景。
それがどのような意味なのかは判らないが、何故今になってふたたびそのような体験をするのか、その真意を待ちたいと思う。

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人間関係で悩んだ時に思いだすこと

2011年06月11日 | 日記
人間関係の悩みでは、今世の宿題として必ず用意されているところで、決して避けては通れず、本人がその人たちを理解し受け入れるまで何度でもそのような嫌な立場に立たされるようです。

その嫌な人たちも、嫌がる本人の心境を克服させる為に、あえて嫌になる役回りになってこの世に生まれて来る使命があるわけです。
嫌な人たち自身も、嫌がられる自分を他人に調和させる宿題が用意されているものです。
人がこの世に生まれて来る最大の目的、徳を身に付ける、学ぶために生まれてくるのが本道と云えるわけです。
この人間関係の悩みも、段階がありまして、ほんの些細な悩みを克服したならば、次にもう少し大きな悩みが用意され、克服される度にだんだん大きな悩みに移行されて行きます。

如何に、嫌な人を理解し受け入れ調和させる心境に育てて行くかの人生の問題集なんですね。

会社では、嫌な上司とか、近所でも気が合わない人の存在がありますが、その嫌な人たちが居て、はじめてご本人が鍛えられるわけです。

嫌な人は、まさしくご本人の先生、師匠なんですね。

その師匠達を排除すれば、今世の人間関係の宿題がおろそかになりますが、嫌な人から去るか克服するかは本人の自由になります。
嫌な人から努力なしに去った場合は、ありがたいことに、行く先々に嫌な役回りの師匠が待ち受けているものです。

克服すると云うことは、幾ら理不尽で嫌な人でも師匠は師匠ですので、変わらないのが当たり前と思った方が無難です。
どうするか・・・、簡単です、自分が変われば良いだけのことですね。

これが自己変革なんですが、スタートはほんの初歩からですね、幼稚園の前からの心境が出発点でよろしいかと思います。
どんなに優れた学歴があっても、素晴らしい才能があったとしても、人間関係で悩まれると云うことは、まだ、謙虚に心の実相を理解できない状態ですので、分け隔てなく他の人を褒めてみましょう~
人を認めて褒めてあげましょう。

私も自分の保身に拘り過ぎて自己中寄りになってしまった時に、必ずここに立ち戻り心の修正に努めます。

ここは大切です。

そのず~~と先の先に感謝の心境がありますが、悩める方は感謝が苦手と云いますか、give-and-takeの感謝が多く、本当の感謝とは程遠いので、先ずは人を褒める、人の良いところを探して褒めてあげるところから始められたらと思います。
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奇想天外なおはなし。

2011年06月08日 | 日記
半年ぶりに来られたⅠさんの為に、ここだけの話しを書いてみましょうか~
芸能人が観たという小さいオジサンとか、そんな話を掻い摘んで書いて見ましょう~

実はですね、この類の話しを書きますと、お客さん減るんですね、信じられない話ってヤツはウケ狙いとかに使われますが、私は別にウケを狙っての話しを書いている積りもなく、普通に観たことを書いてるだけなんですが、イマイチ信じがたい話しになるそうで、いやいや、私も以前はそんな世界がありゃしないと思っていたんですが、実際に体験しますと「間違いなくあります」と高らかに宣言できますが、まあ~、はじめて読んだ方は引かないでください。

小さいおじさんの大きさは2~3㎝でしょうか、小さいのに顔だけがおじさんなんですね。
最初に観た時は夢かと思いましたね。
リアルな夢かと。

寝てる最中に声がしたので、目を覚ますと胸の上に、おじさんが居まして「おーい、起きたぞ逃げろー」ってヤツがはじめての体験です。
仰向けに寝ていて、両側に2~3人づついて、ガリバーみたいに体を縛られた状態で目が覚めたわけですね。

体は縛られているから身動きができない訳で、その内だんだんと動けるようになってきた、それが最初ですね。
これを読んで、夢だったのでしょうと思われるかもしれませんが、私もその時はそうだと思っていました。

しかし、その後に体験する数限りない奇想体験で、それが本当だったと確信することになり、今に至ってます。

だいたい見える人って、その世界をまったく信じていない人か信じてる人の二種類だと思うのですね。
まったく信じていない人って、私もそうでしたが、見せられるわけですよ。
唯物論的存在な人が見ると、人生観がガラリと変わってしまって、ほんとビックリします。
それで人に伝えたくなる訳です。
考え方が真逆になるわけですから、そう云う世界を今度は伝えることが使命になる訳です。

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