孔明のことばに、家臣たちが、また大きくざわめいた。
「大それたやつだ、論戦に勝てる気でいるらしいぞ」
「大言壮語も甚《はなは》だしい。だれか、こいつを打ちのめしてやれ」
一触即発の空気のなか、それまでなり行きを見ていた張昭が口を開いた。
「臥龍先生……孔明どのとおっしゃったか。それでは、わたしから質問をさせていただこう。
わが名は張昭、あざなを子布《しふ》という」
「ご高名はかねがね耳にしております」
孔明は軽く礼を取る。
張昭はすこし気分を良くしたようで、うむ、と応じてから。語りだした。
「遠路はるばるいらした劉豫洲《りゅうよしゅう》(劉備)の使者に向けていうことばではないかもしれぬが、あえて問わせてもらおう。
貴殿らの狙いは、われらが孫将軍との同盟であろうか?」
「いかにも」
孔明が答えると、張昭は、小ばかにしたように鼻を鳴らした。
「呆れたものだ。それはつまり、われらと同盟を組み、手を組んで曹操軍と戦おうということであろう?
いままで一寸の土地も持たず、劉表の死後、荊州《けいしゅう》を取ることもできず、拠点であった新野《しんや》も追われ、みじめな逃亡を余儀なくされた、それが劉豫洲であろう。
そもそも、劉豫洲には何度となく荊州を取る機会があったはず。
それなのに荊州を獲らなかったのは何ゆえか」
「それは愚問ですな。わが君は、もとの州牧である劉表どのとは同じ宗室ですぞ。
江東では、同族から物を盗むのは当たり前なのですか」
張昭は、顔を赤く染めたが、すぐに、あごをつんと逸らして、その手に乗るまい、という顔をした。
「それは矛盾というものではないのか。
貴殿はかねてより管仲《かんちゅう》や楽毅《がっき》のごとく、覇業を成し遂げたいと思われているとか。
古《いにしえ》の英雄たちは、みな小義や私情にまどわされず、おのれの志をつらぬいたものだ。
ところが、貴殿と貴殿の仕える劉豫洲は逆のことをされている。それはなぜかね?」
「わかりきったこと。それはわれらが劉豫洲に、あきらかに高祖の血が引き継がれているからです。
たしかにわが君は当陽《とうよう》で敗走された。
お忘れではありませぬか、高祖《こうそ》(劉邦)も敗走の連続であったことを。
しかし最後の一戦では項羽に勝ち、天下を治めた。
ざんねんなことですが、天下の対局というものは、きわめて微妙で小人にはわかりづらいものですから、お分かりいただけなくとも仕方ありませぬな」
「なんと、わしを小人と愚弄するか!」
怒気を見せる張昭に、孔明はにっこりと笑って見せる。
「おや、お気を悪くなされたならご容赦ください。あくまで一般論として申し上げました。
ただ、もっと申し上げますと、いまの天下は乱れに乱れ、弱り切っております。
そこまではご同意いただけますか」
「もちろんだ」
「天下は、たとえるなら、瀕死の病人のようなもの。
それなのに、この病人を元気づけるために、いきなり肉を食べさせる愚を犯すものがおりますか。おりますまい。
ふつうはまず粥《かゆ》をすすめて、しばらくしてから滋養のある肉を与えるもの。
わが君もまた、天下を力づけるにあたり、いきなり曹操のごとく力で押して天下を圧迫する愚はしないのです」
張昭は、ちいさく、むっ、と言ったきり、黙ってしまった。
つづく
「大それたやつだ、論戦に勝てる気でいるらしいぞ」
「大言壮語も甚《はなは》だしい。だれか、こいつを打ちのめしてやれ」
一触即発の空気のなか、それまでなり行きを見ていた張昭が口を開いた。
「臥龍先生……孔明どのとおっしゃったか。それでは、わたしから質問をさせていただこう。
わが名は張昭、あざなを子布《しふ》という」
「ご高名はかねがね耳にしております」
孔明は軽く礼を取る。
張昭はすこし気分を良くしたようで、うむ、と応じてから。語りだした。
「遠路はるばるいらした劉豫洲《りゅうよしゅう》(劉備)の使者に向けていうことばではないかもしれぬが、あえて問わせてもらおう。
貴殿らの狙いは、われらが孫将軍との同盟であろうか?」
「いかにも」
孔明が答えると、張昭は、小ばかにしたように鼻を鳴らした。
「呆れたものだ。それはつまり、われらと同盟を組み、手を組んで曹操軍と戦おうということであろう?
いままで一寸の土地も持たず、劉表の死後、荊州《けいしゅう》を取ることもできず、拠点であった新野《しんや》も追われ、みじめな逃亡を余儀なくされた、それが劉豫洲であろう。
そもそも、劉豫洲には何度となく荊州を取る機会があったはず。
それなのに荊州を獲らなかったのは何ゆえか」
「それは愚問ですな。わが君は、もとの州牧である劉表どのとは同じ宗室ですぞ。
江東では、同族から物を盗むのは当たり前なのですか」
張昭は、顔を赤く染めたが、すぐに、あごをつんと逸らして、その手に乗るまい、という顔をした。
「それは矛盾というものではないのか。
貴殿はかねてより管仲《かんちゅう》や楽毅《がっき》のごとく、覇業を成し遂げたいと思われているとか。
古《いにしえ》の英雄たちは、みな小義や私情にまどわされず、おのれの志をつらぬいたものだ。
ところが、貴殿と貴殿の仕える劉豫洲は逆のことをされている。それはなぜかね?」
「わかりきったこと。それはわれらが劉豫洲に、あきらかに高祖の血が引き継がれているからです。
たしかにわが君は当陽《とうよう》で敗走された。
お忘れではありませぬか、高祖《こうそ》(劉邦)も敗走の連続であったことを。
しかし最後の一戦では項羽に勝ち、天下を治めた。
ざんねんなことですが、天下の対局というものは、きわめて微妙で小人にはわかりづらいものですから、お分かりいただけなくとも仕方ありませぬな」
「なんと、わしを小人と愚弄するか!」
怒気を見せる張昭に、孔明はにっこりと笑って見せる。
「おや、お気を悪くなされたならご容赦ください。あくまで一般論として申し上げました。
ただ、もっと申し上げますと、いまの天下は乱れに乱れ、弱り切っております。
そこまではご同意いただけますか」
「もちろんだ」
「天下は、たとえるなら、瀕死の病人のようなもの。
それなのに、この病人を元気づけるために、いきなり肉を食べさせる愚を犯すものがおりますか。おりますまい。
ふつうはまず粥《かゆ》をすすめて、しばらくしてから滋養のある肉を与えるもの。
わが君もまた、天下を力づけるにあたり、いきなり曹操のごとく力で押して天下を圧迫する愚はしないのです」
張昭は、ちいさく、むっ、と言ったきり、黙ってしまった。
つづく
※ 論戦突入!
前作と、ちょっぴり緊張感と言うか、ピリピリした雰囲気の論戦となっております。
次回も論戦はつづく! どうぞお楽しみにー(*^▽^*)