黄河を渡って南にある白馬では、曹操側の太守の劉延が袁紹軍の攻撃を必死に食い止めていた。
沮授の放った細作の報告では、曹操軍は白馬のさらに南西にある延津まで兵をすすめているのだが、そこからの動きがおかしいという。
どうやら白馬でまともに袁紹軍とぶつかっても勝ち目がないとにらんだのか、みずから黄河をわたって、黎陽を攻撃しようという作戦をとろうとしているようなのだ。
本陣を敷いている黎陽を攻撃されたら、袁紹としてもたまらない。
曹操の兵力は、たしかに袁紹軍の比ではなかったが、戦上手の曹操を、袁紹はそこまで舐めていなかった。
攻城戦となったら、圧倒的な持久力をほこるこちらが勝つ。
とはいえ、袁紹としては、なるべくきつい戦はしたくない。
そこで、曹操の裏をかき、兵を二分し、沮授と淳于瓊には、黄河を渡ってくるであろう敵を防ぐ役目をあたえ、黎陽攻撃のために手薄になるであろう白馬には、勇将顔良の兵を突撃させることにした。
これに苦言を呈したのが沮授であった。
「顔良どのは、たしかに天下無双の勇士。しかし、偏狭なところがございますので、単独で用いてはなりませぬ」
戦がはじまって以来、あまり笑顔を見せなくなった袁紹が、沮授の書状を見て、ぶすっとつぶやいた。
「沮授は顔良を甘く見ておるのだ。あれは、それほど能無しではない。此度の戦においては、だれよりも士気を高めておる。白馬を突破し、延津をも陥落させ、きっと曹操の首を獲ってくるにちがいない」
いまやすっかり袁紹のお気に入りとなり、この戦においてはだれより生き生きとしている郭図、審配たちが、袁紹のごきげんをとるように言った。
「曹操は、主公の軍勢のあまりの勢いに恐れをなして、錯乱しているにちがいありませぬ。黎陽を襲撃する作戦を向こうがとるならば、コチラもそれなりの備えをすればよいだけの話。兵数では圧倒的に勝っているのですから、あとは、用兵でございます」
袁紹は深くうなずく。
「そうじゃ。あとはどう兵を使いこなせるかじゃ。沮授は心配性にすぎる。顔良は問題ない、立派なえさを与えてあるからな。白馬の劉延など、物の数ではないわ」
えさ、と聞いて、のっぺり顔の郭図が怪訝そうな顔をして袁紹を見るが、かれは頓着せずに、沮授からの使者に言った。
「ともかく、これはもう決まったことなのじゃ、そなたが口を挟むところではないと、沮授には伝えよ。それよりも、この黎陽に曹操の兵が一匹でも紛れ込まないよう、そなたは集中して曹操にあたれとも伝えるのだ。もしあのチビの兵が一匹でも生き残ってわたしに近づくようなことがあれば、それこそ天下の笑い者じゃ」
そう言いつつ、チビ…曹操の兵が自分に近づいてくるところが滑稽に思い浮かべられたらしく、袁紹はほがらかに声を立てて笑った。
その妙に品のある笑い声に同調して、郭図と審配がともに笑った。
なにがおもしろいのかは、両者にはよくわかっていなかったのだが。
つづく…
沮授の放った細作の報告では、曹操軍は白馬のさらに南西にある延津まで兵をすすめているのだが、そこからの動きがおかしいという。
どうやら白馬でまともに袁紹軍とぶつかっても勝ち目がないとにらんだのか、みずから黄河をわたって、黎陽を攻撃しようという作戦をとろうとしているようなのだ。
本陣を敷いている黎陽を攻撃されたら、袁紹としてもたまらない。
曹操の兵力は、たしかに袁紹軍の比ではなかったが、戦上手の曹操を、袁紹はそこまで舐めていなかった。
攻城戦となったら、圧倒的な持久力をほこるこちらが勝つ。
とはいえ、袁紹としては、なるべくきつい戦はしたくない。
そこで、曹操の裏をかき、兵を二分し、沮授と淳于瓊には、黄河を渡ってくるであろう敵を防ぐ役目をあたえ、黎陽攻撃のために手薄になるであろう白馬には、勇将顔良の兵を突撃させることにした。
これに苦言を呈したのが沮授であった。
「顔良どのは、たしかに天下無双の勇士。しかし、偏狭なところがございますので、単独で用いてはなりませぬ」
戦がはじまって以来、あまり笑顔を見せなくなった袁紹が、沮授の書状を見て、ぶすっとつぶやいた。
「沮授は顔良を甘く見ておるのだ。あれは、それほど能無しではない。此度の戦においては、だれよりも士気を高めておる。白馬を突破し、延津をも陥落させ、きっと曹操の首を獲ってくるにちがいない」
いまやすっかり袁紹のお気に入りとなり、この戦においてはだれより生き生きとしている郭図、審配たちが、袁紹のごきげんをとるように言った。
「曹操は、主公の軍勢のあまりの勢いに恐れをなして、錯乱しているにちがいありませぬ。黎陽を襲撃する作戦を向こうがとるならば、コチラもそれなりの備えをすればよいだけの話。兵数では圧倒的に勝っているのですから、あとは、用兵でございます」
袁紹は深くうなずく。
「そうじゃ。あとはどう兵を使いこなせるかじゃ。沮授は心配性にすぎる。顔良は問題ない、立派なえさを与えてあるからな。白馬の劉延など、物の数ではないわ」
えさ、と聞いて、のっぺり顔の郭図が怪訝そうな顔をして袁紹を見るが、かれは頓着せずに、沮授からの使者に言った。
「ともかく、これはもう決まったことなのじゃ、そなたが口を挟むところではないと、沮授には伝えよ。それよりも、この黎陽に曹操の兵が一匹でも紛れ込まないよう、そなたは集中して曹操にあたれとも伝えるのだ。もしあのチビの兵が一匹でも生き残ってわたしに近づくようなことがあれば、それこそ天下の笑い者じゃ」
そう言いつつ、チビ…曹操の兵が自分に近づいてくるところが滑稽に思い浮かべられたらしく、袁紹はほがらかに声を立てて笑った。
その妙に品のある笑い声に同調して、郭図と審配がともに笑った。
なにがおもしろいのかは、両者にはよくわかっていなかったのだが。
つづく…