顔良のことばの勢いに乗るようなかたちで、沮授が同調して前に進み出た。
「そのとおりです、主公。ここに集う者たちのなかには、曹操の細作も混じっているかもしれませぬ。田豊どののような功臣を感情にまかせて斬ってしまえば、袁紹の陣営は、内紛を起こしているのだと曹操に知らせてやるようなものでございます。それに顔良どののいうとおり、仁君はたとえおのれと意を異にする者と対立しても、その命はうばったりしないものでございます。あの野蛮な公孫瓚が、なにゆえ滅びたのか、思い出してくださいませ。かれは奢侈に耽るあまり、それを讒言する者たちを遠ざけ、処刑し、身の破滅を早めました。われらが主公は、そのような道を辿ってはなりませぬ」
袁紹はしばらく宝剣を振り上げたまま、じっと顔良と沮授のことばを聞いていたが、やがて、ふっと全身から緊張をほどいて、剣をおろした。
そして、沮授と顔良のほうは見ずに、ややこわばった抑揚のない口調で言った。
「そなたたちの忠言、感謝する。もしそなたたちのことばがなければ、わたしは公孫瓚とおなじ道を行くところであった」
袁紹にことばが届いた。
顔良と袁紹の関係というものは、これまで一方的なもので、顔良は、ただただひたすらに袁紹の命令を忠実に聞いているだけであった。
意見するなど考えることも論外で、こうして自分のことばを聞き入れてもらえたというだけでも、おおきな喜びであった。
やはり、わが主公は度量の大きなすばらしいお方だ。
そうして喜んでいると、袁紹はふたたび冷徹に言った。
「田豊を牢へ。戦が終わるまで、けして外に出すな」
ぐっと掴んでいる紅霞の肉が、さらにこわばったのがわかった。
紅霞は顔良の手をふりほどこうとしながら、袁紹に叫ぶようにいう。
「あんまりでございます、伯父上、養父上はまちがっておられませぬ。この戦はあやまり。どうぞ行軍をやめてくださいませ」
袁紹はそれには答えなかった。
かれは抜いた宝剣を宝石のちりばめられた黄金の鞘におさめると、紅霞と顔良のふたりを見た。
その表情は、憎悪と嫌悪、そして蔑みが、一気に噴出した、悪鬼のような表情で、剛胆で名を馳せた顔良でさえ、肝が縮こまるほどであった。
顔良は、こんな袁紹を知らなかった。
顔良は袁紹のお気に入りであったから、いつもほがらかで鷹揚で、品の良い顔しか見ないですんでいた。
ところが袁紹は、自分と意を異にする者には、こんなに嫌悪と憎悪にゆがんだ顔をする男だったのだ。
おれは、主公という人間を、すこし良くおもいすぎていたのかもしれない、そんなことさえ、顔良はおもったほどだった。
「紅霞、そなたはおのれがおんなの身で生まれたことをよろこぶがよい。わたしは女を罰することは好まぬ。そなたのことは不問に付すゆえ、おとなしく鄴へ帰るがよかろう」
「伯父上」
「うるさいっ。それ以上、ことばをつむぐな。亡きそなたの母に、そなたが似ているからこそ、わたしはそなたをゆるすのだ。これ以上、おとこの世界に口をはさむことはゆるさぬ、これからさきは、母の墓を守って暮らすがよい。わかったな」
つづく…
「そのとおりです、主公。ここに集う者たちのなかには、曹操の細作も混じっているかもしれませぬ。田豊どののような功臣を感情にまかせて斬ってしまえば、袁紹の陣営は、内紛を起こしているのだと曹操に知らせてやるようなものでございます。それに顔良どののいうとおり、仁君はたとえおのれと意を異にする者と対立しても、その命はうばったりしないものでございます。あの野蛮な公孫瓚が、なにゆえ滅びたのか、思い出してくださいませ。かれは奢侈に耽るあまり、それを讒言する者たちを遠ざけ、処刑し、身の破滅を早めました。われらが主公は、そのような道を辿ってはなりませぬ」
袁紹はしばらく宝剣を振り上げたまま、じっと顔良と沮授のことばを聞いていたが、やがて、ふっと全身から緊張をほどいて、剣をおろした。
そして、沮授と顔良のほうは見ずに、ややこわばった抑揚のない口調で言った。
「そなたたちの忠言、感謝する。もしそなたたちのことばがなければ、わたしは公孫瓚とおなじ道を行くところであった」
袁紹にことばが届いた。
顔良と袁紹の関係というものは、これまで一方的なもので、顔良は、ただただひたすらに袁紹の命令を忠実に聞いているだけであった。
意見するなど考えることも論外で、こうして自分のことばを聞き入れてもらえたというだけでも、おおきな喜びであった。
やはり、わが主公は度量の大きなすばらしいお方だ。
そうして喜んでいると、袁紹はふたたび冷徹に言った。
「田豊を牢へ。戦が終わるまで、けして外に出すな」
ぐっと掴んでいる紅霞の肉が、さらにこわばったのがわかった。
紅霞は顔良の手をふりほどこうとしながら、袁紹に叫ぶようにいう。
「あんまりでございます、伯父上、養父上はまちがっておられませぬ。この戦はあやまり。どうぞ行軍をやめてくださいませ」
袁紹はそれには答えなかった。
かれは抜いた宝剣を宝石のちりばめられた黄金の鞘におさめると、紅霞と顔良のふたりを見た。
その表情は、憎悪と嫌悪、そして蔑みが、一気に噴出した、悪鬼のような表情で、剛胆で名を馳せた顔良でさえ、肝が縮こまるほどであった。
顔良は、こんな袁紹を知らなかった。
顔良は袁紹のお気に入りであったから、いつもほがらかで鷹揚で、品の良い顔しか見ないですんでいた。
ところが袁紹は、自分と意を異にする者には、こんなに嫌悪と憎悪にゆがんだ顔をする男だったのだ。
おれは、主公という人間を、すこし良くおもいすぎていたのかもしれない、そんなことさえ、顔良はおもったほどだった。
「紅霞、そなたはおのれがおんなの身で生まれたことをよろこぶがよい。わたしは女を罰することは好まぬ。そなたのことは不問に付すゆえ、おとなしく鄴へ帰るがよかろう」
「伯父上」
「うるさいっ。それ以上、ことばをつむぐな。亡きそなたの母に、そなたが似ているからこそ、わたしはそなたをゆるすのだ。これ以上、おとこの世界に口をはさむことはゆるさぬ、これからさきは、母の墓を守って暮らすがよい。わかったな」
つづく…