はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

甘いゆめ、深いねむり その28

2013年07月28日 10時30分47秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
いままでの功に免じて、陳到はゆるしてやろう。
顔良はそうおもったが、ほかの部下たちの手前、すぐに引っ込むことはできない。
あえて顔を厳しくして、
「最初からそう決め手いるなら、ぐずぐずいうな、ばかめ。ともかくおれに黙ってついてこればよいのだ、わかったな」
と乱暴にいい、ふたたび馬の手綱を手に取った。

白馬の野では、行くさきざきで敵に会ったが、やはりかれらはほとんど手向かうことなく、顔良を見ると、散り散りに逃げていった。
逃げ遅れた兵の背中に槍の穂先をつきたてて、命を奪う。敵は断末魔の悲鳴をあげてその場にたおれた。
しろつめくさや名前のわからない青草のうえに、黒い血の染みがひろがっていくのをながめるともなしにながめ、それから顔良は顔をあげた。
ひゅうと砂を巻き上げながら風が吹く。
黄色い砂の壁の向こうに、騎兵の一団が待機しているのが見えた。

顔良は、その一団の先頭にいる男を見て、まず、違和感をおぼえた。
その男だけ、単騎で前に出ているのだろうかとおもったのである。
だが、そうではないことはすぐにわかった。男の身体に対して、馬が小さくみえてしまうほどに、男は大きかったのだ。
ほかの敵兵が、おそらくは常人とおなじ体躯だろうに、並んでいても、遠くに見えるくらいだ。
大きい。九尺はあるのではあるまいか。全身を黒い甲冑で固め、やけに大きな矛を手に、じっとこちらを見つめている。
その男の背後には、騎兵がずらりと並んでいるのだが、百戦錬磨の顔良には、かれらがいままで出会った兵とはちがって、逃亡する気などさらさらないことがわかった。
なにより面構えがちがうし、その全身から発する殺気がすさまじい。
敵だ。ほんものの敵だ。
大男の背後には、『関』の文字が染め抜かれた旗が風にひるがえっている。
『関』? だれだ? 
曹操の配下の部下たちの名前をおもいつくかぎりおもいうかべてみるのだが、顔良にはすぐに該当する人物をおもい当てることができなかった。
大男の発するびりびりとした殺気が伝わってくる。
とはいえ、顔良はそこで怖じるおとこではない。
むしろ、手ごたえの無い敵ばかり相手にしてきたあとだったので、やっとめぐり合ったほんものの敵に対し、よろこびすら感じた。

「袁紹軍顔良、曹操の首を獲りにまいった。下郎、そこの道を開けよ」
顔良が呼ばわると、大男は馬の歩をわずかに進めてきた。赤い肌をした馬だった。
大男が近づくと、顔良は、かれが顎のあたりに袋をつけていることに気づいた。
妙な風体のおとこだな、というのが素直な感想だった。
大男の顔はすべてが大作りで、長細く大きな頭の中に、主張のつよい眉だの鼻だの口だのが、すべて詰め込まれているといったふうであった。
只者ではない、ということはわかる。だが、名前が出てこない。
顔良が名乗っても、大男はだまったままだった。
そして、じっと顔良から目を離さないまま、ぱっと片手をあげた。

それが合図だった。
副将の陳到をはじめ、ほかの兵たちがどよめいた。
それというのも、いままでどこに隠れていたのか、右から左から、そして背後からも、大勢の敵兵があらわれて、顔良の軍を取り囲んだからである。
敵兵の発する鬨の声があまりにすさまじいために、さいわいというべきか、自軍の兵の絶望的な悲鳴は、顔良の耳にはほとんどはいらなかった。
もしはいっていたなら、顔良は、弱気に陥っていたかもしれなかった。

つづく…


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