信徒説教がなされた、テトス3章4-8節から、信仰の若い人と応答を分かち合うことになりました。
文の構成がわかりにくかったので、主動詞を中心にして、自分で読みなおしました。
以前は、私達も以前には、どんな状態であり、どんな行動をしていたかが3節に書かれています
状態 行動
①愚かな者であり、
②不従順で、
①迷った者であり、(迷わされた)
いろいろな欲情と快楽の②奴隷になり、
悪意とねたみの中に③生活し、
③憎まれ者であり、
④互いに憎み合う者でした。
しかし、
私達の救い主・神は、私達にいつくしみと人類愛を現わして、私達を救ってくださった。
神が私達を救ったのは、神のあわれみによるのであって、
私達が自分の行ないによって義とされると考えるのは全くの間違い。ありえない。
神が私達を救う方法は、新生させ、そして日々更新していく聖霊の洗いによります
神は、その聖霊を、私達の上に豊かに注いだ。私達の救い主・イエス・キリストを通して。
ここに三位一体の神のみわざが現されています。
その目的は、私達が義とされて、相続者となるため。
私達が、救い主・神の恵みによって義とされて、永遠のいのちの望みをもつ、天の相続者となるため
これは信頼できることばです。ビストス ホ ロゴス みことばは真実です。信頼できます。
私パウロはあなたテモテが確信を持って話すことを願っています
どのようにか
神を信じている人々が、良い行ないを励むことを心がけるようにと、願っています
良い行ないに励むことは良いことであり、人々に有益です。
良い行ないに励んだら救われるのではなく
救われて永遠のいのちが与えられているので、良い行ないに励むようになります。
すると周囲の人々に良い影響を与えます。
私は、罪の性質がまだ残っています。ですから、聖霊を求めて、日々 聖められ変えられ、整えられ続けていないと、前の生活に戻って堕落してしまいかねません。気をつけていないといけない。
私は、神のあわれみにより救われている者であることを自覚して、救ってくださった神のみこころに従って、神が良いとしてくださることを行なうように、何が良いことで、今、何をするように求められているのかを考えながら日々を過ごせるように、主の導きを求めます。回りの人々に良いあかしとなるようにと願います
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