本は精神安定剤みたいなもので、昼間しゃかりきになって仕事してその興奮が抜けきれない夜なんか、ベッドに入ってから明かりを少し落として活字を追うと、数十分くらいしてからようやく神経の昂ぶりが収まって“すやぴー”と眠れるようになる。
で、この時の重要なポイントが「どんな本をチョイスするか」。
一時期不眠症に悩まされていたこともあって、どのジャンルの本が(私にとって)一番良い睡眠導入剤になるか、試したことがある。小説・エッセイ・雑学本・マンガ・図鑑・国語辞典・英語辞書・通販カタログetc.・・・。
意外に使えたのが辞書・辞典。結局パラパラめくって目につく言葉を追うだけの単純な動作に飽きてしまい、やがて眠気が襲ってくる。
それに対して通販カタログ、あれはダメですな。他人事(物?)として軽い気持ちで見ていたつもりが、いつの間にか自分の懐具合を計算し始め、「あ、そうそう。やっぱり季節の変わり目には新しいカーテンよねー。」とか「お!この服、今度の旅行にピッタリじゃーん。長めの半袖が私のたくましい二の腕ちゃんを覆い隠してくれそう。」などなどと、鎮静化するどころか脳はすっかり物欲の虜となりフル回転・わくわくモードに突入。やおら起き上がり、お目当てのページに付箋付け作業まで始める始末。
結局、ベストは「読みなれた小説」という結論にたどり着いた。
私の場合、本も映画もそうだけど、一度気に入った作品に巡り会ってしまったら、何度も観返し読み返し、かなりしつこく味わい尽くす。一度読んだだけで中古本屋へ売却、なんて考えもつかない。そんな「こなれた毛布」みたいな本が、最高の睡眠導入剤の栄冠を勝ち取るわけである。
で、最近の当店お奨めの最高級品が「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」の3冊。なんと豪華に3本立てなのである。
著者は畠中恵さん。「しゃばけ」は第13回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞作品でデビュー作。お江戸の町を舞台とした、ちょっと不思議な妖怪人情推理帖の3部作である。
時代小説といっても非常に読みやすく軽快な文章で、推理ものとしての要素もあるから、難しい本が苦手な人にもわりと抵抗なく楽しめると思う。
特に、「ぬしさまへ」に収録されている「空のビードロ」はピカイチ。同じく「仁吉の思い人」、それから「ねこのばば」収録の「産土」も同様。人間の心の弱さ・強さ、美しさ、人と人とのつながりや相手に対する思いやり、せつなさ、生きていくことの重みや大切さなどが、それぞれの作品から、鮮明な映像と共にひしひしと胸に迫ってくる。
精神的に不安定な夜などは「空のビードロ」を読み返し、涙を流すことによって精神を浄化し、安定した穏やかな気持ちを取り戻している自分がいたりする。
眠りにつくまでのほんのひととき。
「ラジオ深夜便」やモーツアルトのCDに耳を傾ける夜もあるけれど、やはり一番しっくりくるのは愛読書。
願わくはさらなる続編が出版され、より成長した一太郎の恋や、それによって右往左往する仁吉・佐助の気苦労を楽しませて欲しいものである。