『新編単独行』 加藤文太郎 山と渓谷社
『孤高の人』 新田次郎 新潮文庫
加藤文太郎といえば、知る人ぞ知る戦前の登山家。まずフツーの人が絶対計画しないようなロングコースを平然と設定し、それを歩きとおす。まさにアイアンマンの代名詞だ。たとえばこうだ。
・蓮華温泉--白馬--大町--吉田口--富士山--御殿場(6日)
・燕--大天井・槍・前穂--上高地--乗鞍--御岳--木曽駒(11日)
・烏帽子--野口五郎--赤牛--三俣蓮華--上ノ岳--薬師--五色--針ノ木--爺--鹿島槍--五竜--唐松(8日)
ほかにも厳冬期の北アルプスを、7日~10日かけて、しかも単独で縦走というのを幾度かやっている。この発想は、まず今、山登りしている人にはないだろう。なぜ白馬に行ったその足で富士山に登るのか。なぜ表銀を歩いた直後に乗鞍に登るのか、そこで終わらずになぜ御岳、木曽駒まで登ろうと思うのか。北アルプスを縦走していったん下山した後に、なぜ後立山連峰に登ろうとするのか。
この当時の休みは、週1日日曜だけで、あとは盆暮れくらいだろうから、会社からまとめて休みをとれないというのが、この欲張り計画の最大の理由と思われるが、それだけではなさそうだ。熱病にとりつかれているとでもいえようか。
加藤はこれらの計画を実行するための肉体的タフさを、トレーニングによって生み出している。会社まで、ザックに石を詰めて歩く。それが脚力と持久力を養う糧になったのであろう。また彼はそれで培った体力を最大限活かし、そして人(同行者)への気遣いという負担をなくす唯一の方法として、単独行を好んだ。それは彼にとっては、まさにとるべくしてとった道なのだ。
加藤の熱病はエスカレートしていく。単独行のためのスキルをあげていく。読図力、気象。 道具の軽量化。当然この時代の1つひとつの道具は重く、テントも元々重いのに、濡れたらさらに重くなったはずだ。そして今は誰もが当たり前に使っているゴアテックスだってないし、アルファ米だってない。だから自ら道具に改良をほどこし、使いやすくなおかつ軽くする必要があったのだ。行動食も歩きながら食べられるように高カロリーの甘納豆を常備していた。
こうした誰もが驚く山行の一部始終を本人が書き残している。それが『単独行』だ。この山行記録だけでは物足りない人には、新田次郎の小説『孤高の人』もある。彼が何を考え、何をしたのか、またどんな人で、周りからどう見られていたのか。人並みはずれた行動力と人間としてのやさしさを備えた、まさに孤高の単独行者の人物像が描かれている。登山をやっている人であれば、間違いなくハマルこと請け合いだ。
※机周りを物色していたら、過去の『山と渓谷』2004年11月号が出てきた。「単独行と加藤文太郎」特集号だ。興味のある方は、図書館等で探してみるのもいいだろう。
新編 単独行 (ヤマケイ文庫) | |
クリエーター情報なし | |
山と渓谷社 |