『栄光の岩壁』新田次郎(新潮文庫)
新田次郎生誕100年の2012年もふけていく。山岳小説でもっと盛り上がる年になるかと思ったが、あにはからんや、そうはならなかった。
それはさておき、新田次郎の代表作である『栄光の岩壁』をついに読了した。上下2冊はなかなか読みでがある。私はモームの『人間の絆』の主人公フィリップを思い出してしまった。足が不自由というだけで、ほかには何の共通点もないのだけどね。牽強付会してしまえば、どちらも青春ドラマというところで、通底するものがあるかもしれない。
『栄光の岩壁』の主人公竹井は、友人と冬の八ヶ岳をやって、凍傷に侵され、足の一部を切断することを余儀なくされる。普通ならここで、登山はすべて終わりとなるのだろうけど、ここからすべてが始まる。歩くことすら、危ぶまれたのだが、ある軍医の助言で、血まみれになりながらの歩行練習を続けることで歩けるようになる。そして、山へ。足ならぬ足で岩壁へ立ち向かうことになる。
当時は未踏の冬季ルート(壁)が残されていたから、それを攻略すべく、若き登山家たちが競っていた。その一角に竹井もいた。未踏の北岳バットレスの冬季登攀のときは、足のハンデをもろに蒙るわけだが、なんとかそれを乗り越えて、やりとげる。
後半(下巻)では、海外に飛翔する。アイガー北壁、そしてマッターホルン北壁に挑戦。天候の急変による断念や、難ルートにあえぎながら、苦しみながらも、最後は感動の登頂。この偉業は、読むものに深い感銘を与える。
この本でいろどりを添えるのが、竹井を支える、のちの奥さんとのラブストーリー。時代を感じさせる奥ゆかしさがある。また70年代ドラマでよくあった、主人公の足を引っ張るどうしようもない嫌な奴の登場。それを打ち消すように登場してくる、たくましい登山仲間の立ち居振る舞いは気持ちがいい。
この執念の登山家竹井にはモデルがいる。残念ながら今年2月に亡くなられてしまったが、芳野満彦氏である。新聞にも出たので、覚えておられる方もいるだろう。この小説がほとんど実話に基づいているというのは、驚嘆に値する。身体のハンデを背負っても、どうしても山に行きたい、そして頂を極めたいという熱き登山家は、実在の人物なのだ。
栄光の岩壁〈上〉 (新潮文庫) | |
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