はざまの庵

分類し難い存在を愛でる覚え書き by aiwendil お気軽にコメントをどうぞ。

視覚と言語。

2007-07-15 12:12:02 | さもないこと
近頃よく思うこと。
世の中には図形や映像や構造でものごとを考える人と、話し言葉や書き言葉などの言語でものごとを考える人がいるのではないかと。
流暢に喋れる人は言葉で思考しているので、それをそのまま音声にしているのではないかと。

じつはわたくし、あまり喋るのが得意ではありません。
単に性格の問題なのかとも思っていたのですが、最近になって、どうやら根本的な部分で何か違うのではないかと思いはじめました。
ひょっとすると、概念の処理方法が違うのではないか、と。

よく考えてみると、私の場合、頭に浮かぶ概念はどちらかというと映像寄り。
抽象的な概念や構造の把握は得意なのですが、それを一旦言語に翻訳してから喋っている感じなので、どうしてもテンポが遅れます。
書き言葉なら翻訳のための時間が充分にあるのでさほど問題にならないのですが、会話となるとちょっとズレが生じる。
けっこう困りものです。
論理構造がはっきりしている事象について喋る場合は翻訳もスムーズなので、これはあまり問題になりません。
しかし、感情が絡む事項になるととたんに困ってしまいます。
よくよく考えてみると、どうやら感情を表す概念自体が視覚化できないタイプの情報なので、いまひとつ扱いづらくなっているような気がするのです。そこで、感情を一旦論理に落し込んでから言語処理しているような気がします。
よく客観的だと言われるのはそのためなのかもしれません。
以前から不思議に思っていたわけなのですが、こう考えると幾分しっくりくるような気がします。

ものごとの認識方法は人それぞれだと思いますが、このあたりのことを突き詰めていったら非常に面白いことになりそうです。
認知科学者に期待。