「やりたくない」と「興味がない」とは区別して考える
「やりたくない」と「興味がない」イメージが似ているようで混在して使っている人もいるだろう。
しかし、意味はまったく違う。
同じような意味として考えていると、思わぬチャンスを逃している可能性がる。
「やりたくない」とは「嫌い」という認識がはっきりしている。
以前に経験があり、苦い思い出があったり、不愉快になることがわかっていたりするときに使う。
たとえ経験がなくても、あらかじめ自分が不愉快になるだろうと予想できるときにも使う。
「やりたくない」ことは、嫌だという感情が支配してるので、ただ不愉快になるだけで、やる必要はない。
しかし、「興味がない」ことは全く別です。
「興味がない」とは「面白いと思わない。心が引かれない」という意味である。
必ずしも「嫌い」という感情が伴っているわけではない。
興味がないことは、やってみる価値はゼロではない。
興味がないのは、まだやったことがないせいかもしれない。
やったことがあるとしても、面白さに気づいていないだけかもしれない。
だから、やってみる価値はあるのです。
「興味がない」ことをやってみると、意外な面白さに気づいて、新しい世界が開ける可能性がある。
僕がそれをしない理由を考えてみる。
「やりたくない」からやらないのか「興味がない」からなのか。
「興味がない」ことに、可能性が眠っているのかもしれない。
今だからトライしてみる価値があるものはやってみようと思っている。