お兄ちゃん日記

2017年9月14日、今日からこのブログでやってみることにします。

今を生きていることに感謝する

2021-10-31 06:02:04 | 日記

今を生きていることに感謝する

 

加齢は生きている限り全ての人に等しく与えられるが、老化は個人

によって様々な違いがある。人は普段は当り前のように自分の身体

機能を使って生活していて、そのことに感謝することは殆どない。

しかし、老化によって、この当り前と思ってる身体機能の一つでも

障害が起きると、狼狽え、悲しみ、時には怒りや苛立ちさえ感じる

ことがある我儘な生き物である。

 

とかく、当たり前と思って日常生活を送っていると感謝することを忘

れがちだが、障害を受けて、その有り難さに気づかされるのである。

私自身13年前の大病の後遺症が今でもあるので、今こうして普通に生

活できてることに私を現在まで心身共に支えてくれた全ての人に感謝

している。

 

人は身体機能や精神に支障がなく日常を生活してることを当り前のよう

に思っているが、このこと自体が最高の幸せであり感謝すべきことを忘

れてはならない。たとえ、障害を持っていても、今を生きてると実感で

きることに感謝の気持ちを持ち続けていたいと思っている。


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「多様性」は「多様な個性」と考えてみる

2021-10-30 05:18:14 | 日記

「多様性」は「多様な個性」と考えてみる

 

以前にも「多様性」について書いたが、今回は「多様な個人」につ

て考えてみた。本来、多様性は「人にはいろんな考え方がある」「

自分とは違うもの」と理解できればよいのであって「受け入れるこ

と」はないと今は思っている。なぜなら、多様性を「受け入れる」

には、荷が重すぎるからだ。また「多様性」と言うより「多様な個

性」と言ったほうが、なんとなく、わかり易く私にはしっくりくる。

そもそも人間の個性は多様である。

 

しかし「受け入れること」はできなくても、「そこにいる」「そこ

にある」ことなら認めることができるかもしれない。自分の「中に」

受け入れるのではなく、自分の「外に」置いておく感じである。

例えば、「私はその考え方は好きじゃないけど、そういう考え方もあ

るね」「なるほど、あなたはそう考えるんだ。私はこうだけど」ある

いは「今まで、私はそんな考えをしたこともなかったけれど、確かに

そういう視点もあるよね。良い悪いは別として」のように、視点が広

がる感じである。

 

「多様性」とは「無条件に受け入れる」ことではなく、だからといって
 
「排除する」ことでもない。様々な個性や価値観を排除せずに「そこに
 
いてもいいよ」とすること「考え方は違うけど協力できることは協力し
 
よう」それが「多様な個性」ではないかと私は思っている。
 
 
 
しかし、組織やチームで働くためには、目標に向かって共通の理想や価
 
値観を抱きながら「一人一人の個性は違うけれど理想に向かって協力で
 
きることは協力しよう」という多様な個性が一つの場に集えることが大
 
切である。この「多様な個性」と「一体性」や「包括性」の関係につい
 
ては、次の機会にでも考えてみることにしよう。

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「囚人のジレンマ」は日常的に起きている

2021-10-29 05:55:08 | 日記

「囚人のジレンマ」は日常的に起きている

みなさんは「囚人のジレンマ」については既にご存じだと思います

ので、ここでは詳しい説明は省かせてもらます。簡潔に言うと「囚

人のジレンマ」とは、お互いが絶対優位な選択をした結果、二人に

とって最良の結果にならない状態のことである。言い換えると「パ

レート最適」と「ナッシュ均衡」に相違が生じている状態になるこ

とである。「パレート最適」とは、双方にとってベストな選択をす

ることで、「ナッシュ均衡」とは、お互いが最適な戦略を取り合う

状況のことである。

 

この「囚人のジレンマ」は、日常の至るところで起こっていて、価

格競争、不安時の日用品の買い占めなどは典型的な事例である。例

えば、オイルショックの時トイレットペーパーが無くなる状況が起

きた。供給不安が起こったとしても、トイレットペーパーの消費量

が劇的に増えることはなく、みんなが冷静になって必要な分を必要

なときに買って上手に使えば、みんなにトイレットペーパーが行き

渡るようになるが、しかし現実はそうはならない。なぜなら、みん

なが少しずつ買うことがよいとわかっていても、自分だけのことを

考えたら買い占めてストックしておいた方がよいと思うからである。

 

このように「囚人のジレンマ」に陥っている状態を考えると、少しず

つ買うことが良いとわかっていても誰かが抜け駆けして買い占めるリ

スクがあるので、列に並んで買えるだけ買うという行動をとってしま

う。

 

つまり、自分にとって絶対優位な選択をした結果、自分にとって最良

の結果にならない状態のことが日常的に起きていると感じている。そ

して「囚人のジレンマ」に陥らないためには、かなり難しいと思うが

「規制」「裏切りに対する制裁」「日常的な協力関係」が大切である

と思っている。  


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人生は常に選択の連続である

2021-10-28 05:52:11 | 日記

人生は常に選択の連続である


以前にも同じようなことを書いたような記憶があるが内容は殆ど

覚えていない。これが私の毎日思い付いたことを書いている欠点

である。まぁ~それはともかく、今回のキッカケは選挙で、あと

4日で政権の争奪戦にケリがつく。私も自分の決めた一票を投じる

つもりである。

 

人は毎日のように様々な選択をしているが、その判断基準

も選択する物事によって違ってくる。常に自分自身の判断

によって決めているとは限らない。人生を生きて行く上で、

後の人生に大きく左右する選択の機会は幾度かあるが最終

的には自分の判断で選択しているはずで、たとえ後に後悔

しても納得して前進するしかない。

 

日常の中での選択は、個人差が大きく些細なことでも、「い

ろいろな情報を参考にして選択の判断をする人」「自分の直

感的判断によって即決する人」「家族や友人に相談する人」

など様々である。

 

このように、毎日なんらかの選択を幾度となく判断している

が、それは自分が今日までの経験で得た感性が、いずれかを

選択する判断基準となっていると思う。今回の選挙も棄権す

ることなく、自分自身が培った価値観と感性によって選択し

貴重な一票を是非投じて欲しいものである。

 


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新型コロナ感染症に翻弄した世界

2021-10-27 05:25:41 | 日記

新型コロナ感染症に翻弄した世界

 

最近のコロナ感染症の感染者の激減はいい意味で驚いているが

果たしてこのまま収束へ向かうのか、それともまた新たな変異

株の発生により第6波が起きるのか専門家でも意見が分かれると

ころである。現在は殆どの都道府県では感染防止対策のための時

短要請を段階的に解除して通常に営業に戻しつつある。

 

私は今回の約2年に及ぶ、新型コロナ感染症の世界的なパンデミ

ックは、どうも腑に落ちない点が多く、ここへ来てワクチンの効

果や副反応についても議論され世界的にも判断が分かれている。

現在はロシアのように毎日多くの感染者が出ている国もあり、い

つまでたっても世界的な収束へ向かう傾向にないのは、何か人為

的な影が見え隠れしているのではとさえ思える。

 

誰が何のために、このウィルスを利用してるのかは私には判ら

ないが、現在まで約500万人の命を奪った恐ろしいウィルスの

世界的拡散を、まずは発生源と言われる武漢(中国)から徹底

的に調査することから始めるべきで中国政府の関与は間違いな

いと私的だが思っている。人間の思考にまで感染した新型コロ

ナウィルスに人類は打ち勝つことができるのだろうか?


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