お兄ちゃん日記

2017年9月14日、今日からこのブログでやってみることにします。

才能の最終的到達点は社会や人の役に立てること

2022-03-31 05:18:03 | 日記

才能の最終的到達点は社会や人の役に立てること

 

才能とは、絵画・スポーツ・音楽・作家・学問などについての能力や素質のこと 。

人よりも優れたものを持っていて、それを磨くことにより更なる進化を遂げ開花する。

才能は全ての人が持っているとされている。

しかし、その殆どが役に立たない分野のものだったり、気付かない才能だったりするので、使うことなく一生

を終えてしまう。

つまり、才能の最終的な到達点である社会や人の役に立つには、3つの段階をクリアする必要がある。

第1段階は自分の才能を見つけ、気づくこと。

第2段階は才能を磨き進化させ、開花させること。

第3段階は開花した才能を使って、今度は社会や人のために生かすこと

これらの段階をクリアして、最終的に社会や人の役に立つには、そう簡単にできるものではない。

見出した才能を本当に好きになり磨く努力をして、それに伴って「経験、知識、実力」が大きな力となって

蓄積される。

過去の偉人と言われる人達は、幼いころに自分の才能(使命、役割)を見つけ、その才能一筋に自分の一生を

捧げた人達である。

つまり、才能に気づき、努力して磨き進化させ、開花させ、社会や人のために生かすことは、生涯をかけて成

し遂げようとする気概がないと達成できるものではない。


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時間の使い方は自由であるが故に

2022-03-30 06:15:33 | 日記

時間の使い方は自由であるが故に

 

人間は、常に今この瞬間を生きている。

この世に生まれてから亡くなるまで等しく時間を刻んで行く。

それぞれの世代や環境や立場によって生きるための時間の使い方は違う。

しかし、一日24時間一年365日はすべてに等しく与えられて、誰しも変えることはできない。

但し、その時間の使い方は基本的には個人の自由であり、学生時代や社会人になって、時間に制約を受けてる

と感じる人も多いと思う。

だが、それも自分が選んだ道で自由の中で受けてるだけである。

ましてその時間も限定されていて、その証拠に不自由さをあまり感じていないと思う。

私自身、現在現役を退いた人間としては、自由な時間を少しでも楽しく充実したものにしたいと思っている。

そして人や地域のために時間を使うことができればと思っているが、中々難しいのも事実だ。

つまり、個人として変えることのできない過去や、想像も付かない未来を考えても仕方ない。

今を生き抜くために、等しく与えられた時間を如何に自分が納得する使い方をすることが大切であると思う。


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「せっかち」は暇になるから

2022-03-29 05:15:00 | 日記

「せっかち」は暇になるから

 

人間、年を取るに連れて、だんだん「せっかち」になると、よく言われる。

私は以前は「せっかち」と云うより、出掛けたり、行動する時間に合わせて準備をしていた。

だが最近はどうも気が急くと云うか、何をするにも落ち着かず、かなり前から準備をしている。

たとえば、今日は用事があって電車に乗って行くとする。

早朝から天気や地図を調たり、バスや電車を何度も確認したりする。

何を着て行こうかと、いろいろ出してみたりして、最後に持ち物のチェックをする。

まだ出かける1時間以上前である(笑)。

ここまで「せっかち」になったのは、やはりここ数年のことである。

これから年を重ねるごとに、益々「せっかち」になっていくのだろうか。

考えてみると「せっかち」になるのは暇があるせいなのかもしれない。

何かに集中して取り組む趣味などがある人は、あまり「せっかち」にならないような気がする。

つまり、年を重ねるに連れて、暇な時間が多くなり、益々「せっかち」になって行く所以(ゆえん)なのかも

しれない。


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過去の経験や知識から会得した知恵を未来に生かす

2022-03-28 05:25:31 | 日記

過去の経験や知識から会得した知恵を未来に生かす

 

人間は、常に今を生きている、こうしてブログを書いてる間にも、どんどんと過去となって行く。

「過去の経験や知識を生かして今後の参考にしよう」的なキャッチフレーズを目や耳にする。

しかし、現代社会やこれからの未来に於いては死語に等しい。

つまり、社会環境や文明の目まぐるしく変化するスピードは、参考にしようとする経験や知識は残念ながら、

殆どは使い物にならない。

多くの経験や知識を生かしてこれからの社会に通用できるとすれば、そこで学んで会得した知恵だと私は思っ

ている。

これからの社会では、一瞬の内に通り過ぎてく過去は思い出として心に留めて置く。

そして、常に先を見定める洞察力と変化に対応するための知恵が必要である。

過去を振り返ってる内に過去に埋もれてしまう。

その前に、これからの社会を生き抜いていくために、この瞬間にも生まれてくる未来に向かって、覚悟と過去

から学び会得した唯一自分だけが持つ知恵を駆使して進んで行くことが必要だと思うのだが。


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謙虚な人こそ本当に強い人

2022-03-27 05:23:17 | 日記

謙虚な人こそ本当に強い人

 

俗に言う「頭のいい人」とは、知識が豊富で、応用や対応力に長けてる人をイメージする。

人生で成功する人といえば「頭のいい人」が大きな優位性があると思いがちである。

しかし、どんなに頭のいい人でも、謙虚な人にはかなわない。

頭のいい人は知識を頼り、謙虚な人は人を頼ります。

頭のいい人は、勉強をして知識だけを頼りに生きてる。

ゆえに、知っていることだけにしか行動や対応ができず、制限的になる。

しかし、謙虚な人は、人の話をよく聞く姿勢を持っている。

頭を下げて、腰を低くして、教えてもらうことは、謙虚さがないとできない。

謙虚な姿勢は人生を生き抜く強い力であると私は思っている。


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