ねこ絵描き岡田千夏のねこまんが、ねこイラスト、時々エッセイ
猫と千夏とエトセトラ
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モンシロチョウ
2011年04月21日 / 虫

本当に春になったら蝶が出てくるのかしら、途中で死んでしまってはいないかしらとときどき蛹が入っているケースを覗いていたけれど、少しずつ春の気配が感じられてきた頃、蛹の中で、もう蝶の姿になっているのが透けて見えた。一見何の変わりもないようでいて、じつは内部では着実に準備が進んでいたらしくて、自然の不思議がキッチンにもちゃんとあった。
それから一週間くらい経った3月18日の朝、モンシロチョウは羽化してしまった。
暦の上では春とはいえ、その前日から夜にかけて雪が降って、窓の外は冬に戻ったような雪景色の朝だった。
それから気温はどんどん上がって、お昼には、雪はすっかり解けてしまったけれど、まだ蝶が舞うような春の陽気とまではいかなかった。もう少し暖かくなるまで、家の中で飼わなければならないと思った。
成虫を飼うとなると、花の蜜をやらなければならない。以前、冬のあいだに羽化してしまった蛾を飼っていたときに、切花の上に乗せてやると、すぐにストローのような口を伸ばして、せわしなく蜜を探ったから、同じように、ちょうど部屋にあったフリージアの花に乗せてみたけれど、モンシロチョウはただ花びらの上につかまるだけで、ストローが伸びる様子はない。
花が気に入らないのかしらと思い、図鑑の写真にモンシロチョウがヒメジョオンにとまっているのがあったので、同じキク科のマーガレットを買ってきて乗せてみたけれど、それもだめ、道端に咲いていたタンポポや、庭に生えていた名前の知らない小さな野の花を摘んできてみたけれど、だめだった。
インターネットで調べたところ、8倍から10倍に薄めた蜂蜜を脱脂綿などに含ませてやるといいとあったので、さっそく作って綿棒に染み込ませて口元に持っていったけれど、やっぱり反応がなく、ぐるぐるときれいに巻いてあるはずのストローも白い顔の毛の下に隠れてちっとも見えないので、本当に口があるのかしら、越冬の途中で何か不都合があってストローが欠落してしまっているのではないかしらと心配になるほどだった。
ともあれ、ちっとも蜜を吸ってくれないので、これは家で飼うのは無理なのかもしれないと思い、植物園へ連れて行ってみることにした。ちょうど毎年この時期に、エントランスの広場に温室を設けて、春の花をいっぱいに植えて展示しているのである。去年見に行ったときには、ミツバチが菜の花にたくさん集まってせっせと蜜を集めていたから、もしかすれば仲間の蝶もいるかもしれないと思った。
実際に行ってみると、やっぱり蜂はいたけれど、蝶は一匹も飛んでいなかった。日中はぽかぽかしていたけれど、もう日が少し落ちて、空気がひんやりして来ていた。そういうところへ放すのも心配で、また連れて帰った。結局寒い思いをさせただけだった。
蜜を飲まないのは、まだお腹が空いていないのかもしれない。そう思って、もう空いたかと何時間かおきに花や蜜入りの綿棒を口元に勧めてみたが、知らん顔をしている。
二日目の夕方、ようやく綿棒の先にストローを伸ばして蜜を吸ってくれたときには、本当にうれしかった。ストローがどく、どくと振動して、いかにも飲んでいるような様子だった。それにしても長い口で、花弁の奥まったところにある蜜にでも届きそうだった。飲み終わると、几帳面にストローを巻いて、猫がやるように、前足で顔の辺りをこすっているのが可愛いと思った。
そんな調子で、毎日2回ほど、綿棒で蜜を与えた。生花も入れてみたけど、こちらは見向きもしなかった。
外はなかなか暖かくならなかった。ほかの蝶が飛ぶのを見つけたら、すぐ放してやろうと思って見ていたけれど、小さな羽根の生えた虫はいても、蝶はまだ見なかった。しばらくすると、狭い飼育ケースの中で飛んでプラスチックの壁に羽を打ちつけたためか、あるいは猫か子どもがケースをひっくり返したためか(彼らはケースの中の蝶に興味津々である)、片方の羽が折れてしまった。それでも、一番暖かい窓辺の日のあたる場所に置いておくと、ぱたぱたと飛び回って、そのために余計羽は破れて、もう高いところへは飛べないだろうと思われた。夜は、明るい電灯の下に置いておくと早死にするらしいので、日没の頃に、電話台の下の物入れにケースごと仕舞った。
そして、4月4日、昼間いつものように明るい窓辺でぱたぱた羽を動かしていたと思ったら、夕方帰宅すると、ケースの隅っこで死んでいた。桜が段々咲いてきて、ようやく明日くらいから春らしくなるという予報だった。
モンシロチョウの成虫の寿命は2週間ほどだというから、17日生きたのはまずまずだとは思うけれど、好きなように外を飛ばせてやれなかったのが、なんとも残念だった。
次の日に、桜の木の下に穴を掘って、桜の花と一緒に埋めてやった。息子にも花を取っておいでというと、小さな蝶の墓穴には大きすぎるような椿を折ってきたので、埋めたあとの地面に挿しておいた。
いいお天気で、青い空の下の菜の花畑に、モンシロチョウが二匹、三匹、ひらひら飛んでいた。
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