黒猫雨宿り

 天気予報では晴れだったのに、お昼前から空が暗くなってきて、まず細かいのが降ってきた。
 昼から買い物に出かけようと思っていたから、しばらくして、もう止んだかしらと窓を開けて、すっかり葉桜になった桜の木の若葉に降りかかる細い雨が見えるかと目を凝らしていたら、斜向こうの家の一階の屋根の上に、見慣れない黒い塊が見えた。
 何だろう、あんなの前からあったっけと思って焦点をあわせたら、近所の黒猫が雨宿りをしているのだった。そこは斜向かいの家の北側の窓の下で、小さな庇しかなかったけれど、きょうの雨は南風に吹かれていたから、雨が当たらないのだった。
 止んでいるかと思って外を見たのだけれど、雨は止んでいるところかどんどん強くなっていて、雷まで鳴り出した。雷が鳴るのは久しぶりだったので、おやと思った。はじめは小さく聞こえたけれど、段々近くなって、そのうち空の西から東までごろごろと広く鳴り響いた。
 猫はうずくまっているかと思えば、雨のかからない限られた範囲でときどき居場所を変えて、落ち着かない様子だった。わざわざそんなところに雨宿りに来たとも思えないから、屋根の上を移動中に雨に会って、足止めされたのだろうと思う。
 気の毒なので、はやく雨が上がらないかと暗い空を眺めてみたら、西の空が少し明るくなっていたけど、まだだいぶ遠いようだった。窓のこちら側では、乾いた暖かい部屋の中で、みゆちゃんがベビーベッドの上で丸くなっている。外の野良の猫は大変だなあと思う。
 雨宿りの猫の絵を描いておこうと思って、カーテンの隙間からスケッチをはじめたら、私の視線に気がついて、じっとこちらを見返してきた。全身真っ黒な上に薄暗いから体の重なった部分の輪郭ははっきりしなくて、黒いシルエットにそこだけ白く抜けたような目で見つめている。私のことを警戒するあまり、雨の中に逃げ出してしまっては可哀想だから、できるだけじっとして、ペンを持つ手だけ動かした。猫が少しでも逃げようとしたら、スケッチは諦めて部屋の中に引っ込むつもりだった。
 屋根瓦をこまごま描いて、顔を上げたら、猫はいなかった。猫が去っていくところを見なかったから、突然、何の変哲もないいつもの家の裏の景色に戻って、化かされたような感じがした。いつのまにか西の空の明るい部分が頭の上のほうまで広がっていて、小降りになったらしかった。そのあとすぐに雨は止んで、また青空が出て日が差してきた。


    *    *    *    *    *
 次の日もまた同じようなおかしな天気で、昼過ぎに雷が鳴って雨が降った。用があって外に出たら、隣家との境を区切る塀の上をそそくさと越えていく黒いしっぽとうしろ足が見えた。昨日の黒猫が、きょうはうちのガレージで雨宿りをしていたのだろう。それを驚かせて追い出してしまって、悪いことをした。
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