ベランダ解禁

 今の家に引っ越してから、猫たちを二階のベランダへは出さないようにしていた。丸い形状の手すりに上って足を滑らせて転落するかもしれないし、また庭の桜の老木がベランダのすぐそばにまで枝を伸ばしていたので、その枝を伝って外へ出てしまわないか心配だったからだ。前の家では、塀に囲まれた小さな庭で鳥を眺めたり虫を追いかけたりよく遊んでいたので、行動範囲を家の中だけに限ってしまうのはかわいそうだったけれど、以上のような危険性を考えれば、背に腹はかえられないという思いだった。
 ところが、今年の五月のある晩、うっかり網戸が開け放しになっていて、次の日の朝、私はベランダからトコトコ部屋に戻ってくるふくちゃんとばったり会って、びっくりした。
 それは5月5日の子供の日の夜で、月が地球に最も近づく近地点で満月を迎えるためにいつもより大きな満月が見られるというスーパームーン現象があり、その月を子供たちと見るために、いつもは開ける習慣のない網戸を開けて、閉めるのを忘れてしまっていたのだった。
 一晩中開いていた網戸から、猫たちは自由にベランダへ出たり入ったりしただろう。それで何も起きなかったのだから、もしかしたら転落や脱走の心配は杞憂だったのかもしれない。私はみゆちゃんふくちゃんをベランダに出し、危ないことをしそうになったらすぐに阻止しようとそばに立って、しばらく様子を見ることにした。
 実際のところ、彼らは手すりの向こう側にはほとんど興味を示さなかった。みゆちゃんが、2、3度手すりに飛びついて私をヒヤヒヤさせたが、下を覗いてみて納得したのか、それ以降は一度も上ろうとはしなかった。ふくちゃんに至っては、臆病な性格のためかまったく興味がないようである。
 私は安心して、といってもしばらくはしょっちゅう外の様子を気にしながらであったけれど、猫たちをベランダに出してやることにした。ちょうど初夏の爽やかな季節だったから、猫たちは気持ちよさそうに日向ぼっこをし、エアコンの室外機に上って風の匂いをかいだ。細長い形の狭いベランダであるけれど、ふたりで鬼ごっこをしている駆け足の足音がドコドコと部屋の中にまで聞こえてきた。私は、もっと早くに出してやらなかったことをとても後悔した。
 みゆちゃんはひと通りベランダを探検し、ベランダで遊んだあとは、あまり興味がなくなってしまったらしく、以前どおり家の中にいることが多い。それでも雨の続いたあとの梅雨の晴れ間には、ふくちゃんと外に出て、ふたりで日の当たる床の上にからだを伸ばしていた。
 ふくちゃんはとても外が気に入っているらしく、一日のうちの長い時間をベランダで過ごしている。最近では、晴れの日は強い日差しで床がずいぶん熱くなっているから裸足の柔らかな肉球には大変だろうと思うけれど、桜の葉陰になった隅っこの涼しい場所をちゃんと見つけて、暑い午後も涼しげに寝ている。
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