田中悟の片道旅団

大阪で芝居と弾き語りをしています。

世代

2009年01月26日 | 日記
引き続き『ありふれた奇跡』から。

偶然通りかかった二人の若い男女が、
自殺をしようとしている中年男性を止める。
それが出会いとなって物語が始まる・・。

『ありふれた奇跡』では、
青年・中年・老年の人間模様が描かれています。
すっかりこの作品のファンになった僕ですが、
ある事に気づきました。
主人公の青年の目線で物語が見れない・・少しガーン。
それは単純に僕が中年とゆうことです。

3人それぞれ心に深い傷を負って生きているのですが、
主人公の若い二人に対しては、
客観的と言うか、少し上から目線で見てしまいます。
何とか心が完全に折れてしまわない様に応援したくなるのです。
幸せになって欲しいと切に願うのです。
(若いと言っても30歳ぐらいの設定ですけどね。)

で、陣内孝則さん演じる中年男性を見ていると、
まるで自分のことの様に凹んでしまいます。
辛すぎるし、寂しすぎる。
観てて本当に心が痛くなります。
人間てどうしようもなく弱いんだ・・と。

主人公の二人には幸せを願ってやまないのですが、
あの中年男性はどんな風に救われるのだろうか?

たかがフィクション、されどフィクション。

10年前に観ていたら全然違う視線で観ていたんでしょうね。
とゆうことは・・
10年後に観たらまた違った角度で観ることになるんでしょうか。


若い時期は若い自分に物足りなくて、
中年になると自分を喪失した気分になって。
僕は絶えずぶれ続けている。
だから永遠に思春期なのだと思うのかも知れません。
それとも・・
そんな心の移ろいを抱えながら生きていることさえもが、
『ありふれた奇跡』だと、
このドラマは言っているのでしょうか。
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ありふれた奇跡

2009年01月26日 | 日記
めずらしくTVドラマにはまってます。
先週録画しておいた『ありふれた奇跡(第3話)』を、
日曜日の朝にじっくり観ました。2回も。

山田太一さんの脚本は舞台の台本の様ですね。
映像のシナリオと舞台の台本の違いを
強く感じることが多いのですが、
このドラマを見ていると、
こんなシナリオもありなんだなと考えさせられます。
映像のシナリオは“映像ありきで構成すべし”とゆうのが自論なんですが、
『ありふれた奇跡』を観ていると“シナリオありきのコンテ作り”とゆう
印象を持ちます。

役者さんの演技も、ある意味では舞台の演技に近い・・と言うか、
映像演技に近い舞台演技の様な映像演技とゆう印象です。(ややこしいですね。)
主人公の青年がパニックに陥る時の演技なんかは、
シナリオのト書きに細かく指定されているのか、
演出家がプランを練って演技をつけているのか、
それとも役者自身が自分で役作りしたものなのか、
大変興味深いです。
役者の役作りによるものだったら・・凄い。

このドラマ、世間一般的にはどう評価されているのかも気になります。
微妙な言葉のやり取りが中心で、
状況を説明する為のインサートもほとんどない。
静かにゆっくり流れていく会話劇に若い人は退屈しないのだろうか?
勿論、退屈なシナリオじゃないし、映像も綺麗だし、
何より出演者の皆さんの技量と魅力が素晴らしいので、
僕なんかは2回も観てしまうほど惹きつけられるんですけど。

主人公2人の家族が3世代であるってゆうのも、
大事なファクターですね。
それぞれのおじいちゃん、おばあちゃんがとても重要な位置にあります。
山田太一さんの作品を網羅している訳ではありませんが、
『異人たちとの夏』にしても『ありふれた奇跡』にしても、
東京とゆう都会が“地方の小さな町”に感じて、
当たり前にすれ違う人間模様が“優しい関わり”に感じます。
なんだか幸せになれそうな予感に突き動かされるのです。

先の展開は分かりませんが、
今のところ僕にとってこのドラマは、
『めったにない偶然』と言った感じです。



それにしても加瀬亮さんの演技が好きです。
ハリウッドの映画で演じる彼を観たいです。
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