ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

具現方式 ②

2012-08-16 20:04:32 | ひとの幸福
勝利への道には途中でひとを不愉快にさせるものがどうしてもある。

こんなことを「勝負と幸福」というタイトルで書いた。

それに比べ、幸福への道には途中でひとを不愉快にさせるものがない。

さっきも書いた幸福への具現方式はひとつひとつの行為をする方も、

それを受け取る方も、不愉快がない。

意志を強制されないし、無理がない。

その時点で、どちらの側であっても、少しでも不愉快感を感じたとしたら、

その行為のどこかに間違いがあるし、幸福への道ではないといえる。
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具現方式

2012-08-16 19:36:48 | ひとの幸福
売ろうとすすめると、手を引っ込める。

取ろうとするから、やらぬと来る。

金儲けを焦るから儲けが小さく、躓いて大損をし、

叱る程子供に応えなくなり、目をつり上げて角を生やすから、男心は去り行くのです。

・・・こういうのは幸福への間違った具現方式なんだろうね~

みんな量子力学で説明できる。
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持ち味 ②

2012-08-16 18:29:53 | ひとの幸福
なんかさっきのは面倒くさい文章だった。

簡単な例で言えば、前も書いた事あるけど、

子供に勉強しなさいと目くじら立てて言うという具現方法は、

子供の自主性、自発性を引き出すか?

子供の心にある自発性、向上したいという気持ち(価値)を生かすことが出来る行為かどうかを観ると、

どうもその持ち味の価値が引き出されていない感じはする。

じゃあ、その持ち味を最大に引き出す具現方式は・・・

それぞれが考えてやってみることかと思う。

やってみなけりゃ始まらない。

私の井の頭公園の出来事なんかもいい例だったと思う。

いきなり後ろから飛びかかって来た人の、

自分からそれを止める自発性や、

自分だけの都合で行動してしまったことに自分で気がつき、

自らそれを止めた自律性を引き出したのかと思う。

その時の私の行為はただびっくりしただけ。無意識的なもんだった。

無意識のうちの人間観がそうさせたのかとも思う。

偉そうに云ってるつもりはないんだよ。

ただ、観察してるだけなんだから。


キャー!!!何すんのよぉ!(恐怖・怒)という行為だったら、

彼の中の本来の持ち味は発揮しようがなかったかもしれない。

彼のいきなり飛び掛るという行為も原因ではなく、キッカケだし、

私のただびっくりした行為も、彼にとってキッカケだったと思う。











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「持ち味」 ☆

2012-08-16 17:28:07 | ひとの幸福
さっき書いた、青い本の引用の文章の続きが目に入った。

「何にでも、この方式はあて嵌められまして、

その根本理念は、物にしても、心にしても、生命等迄も、

それぞれの持ち味を最大に役立たすことで、

真にその価値を生かすことにあります。」

・・というのがある。

この中の「それぞれ」とは何を指すかというと、

物、心、生命等、である。

今日、ここでは「心」関連で考えたい。

心の持ち味を最大に役立たす・・と云っている。

心の持ち味とは何ぞや?ということになるけど、

持ち味の意味はもとから備わっている味とある。

各人のその時その時の心や気持ちのことをここで云っているわけではない。

人間の心というものの本来の持ち味、性質、本質を・・と云っているのだろう。

それを「最大に役立たす」・・役立てる、ではなく、

“役立たす”という表現をしている。

この役立たすの“す”は“する”で、実行実践。

最大に役立てようという意志で、それを実行する・・という決意を感じる文章だ。

物でも、それを役立てようと決意し、実行するなら、

その物をよく知っていなければならない。

知らなければ役立たすことは出来ない。

どういう性質があるのか、どんな特色があるのか、を知ることが大事だ。

人間の心というものの持ち味とは、

自発性、自立性、自主性、自律性があること。

常に自由、快適、幸福を希求してしまうもの。(自他共に)

他と一体で在るもの。他との相互関連で動くもの。

・・・こういったことかなと今は思っている。


また書くけど、「何にでも、この方式はあて嵌められまして、

その根本理念は、物にしても、心にしても、生命等迄も、

それぞれの持ち味を最大に役立たすことで、

真にその価値を生かすことにあります。」

これが云っていることは・・・

この文章の主語は、この方式(具現方式)の根本理念。

「具現」とは、具体的に、また実際に表わすこと。実際となって現われること。

まぁ、具体的な現象、具体的な表現、行為、行動のことだろう。

具現方式の根本理念は、

心の持ち味(自発性・・快適・幸福を希求、他との相互作用・・略)が、

最大に実現するように、実践すること、となる。

・・ということは、行為の実行がこころ本来の価値を生かすようになっているかどうか、

それを観る必要があると要請している文章だ。


自他の本来の心(持ち味)を役立てようと決意し、実行するなら、

それがそうなっているか、観ることが必要だ。

その理を納得して、その価値を生かすように“している”か、

そして、“している”ことが、

実際そうなっているか、なっていないか、を観る必要があると云っている。

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キッカケ・端緒 ☆

2012-08-16 08:58:09 | ひとの幸福
あの人がこうしたから、頭に来た・・・

というような表現がある。ということは“そうだとしている”わけだ。

あの人がこうしたことが原因だと。

このことは前にも書いたけど、それは原因じゃなくてキッカケなんじゃないかって。

それが原因だったなら、全ての人に当てはまらなければならないけど、

そうじゃない。

簡単に原因説は崩れる。

いつでも何処でも誰にでも当てはまることは真理といっていいのかと思って、

考え、自分の心を観察、検査してるけど、

そのやり方は間違ってなかったのかと思う。

福岡伸一先生が世界に因果関係は無い、ただ無数の相互関係があるだけだ・・

というようなことを云っていたと思う。

一つのことが原因でこう“なった”と証明できないということだろう。

一つのキッカケが次のキッカケを創り、それが又次のキッカケになる。

それも1対多という展開だ。

世界は巡る輪そのものなんだろう。巡りながら進歩、退歩している。

意識が織り成す人間界も全く同じだ。

青い本の中にもキッカケ・端緒という言葉がある。

同じことを云っているのかと思う。

「キッカケを造れば・・水量が多いほど、・・無理なく自動的に、連鎖・循環的に拡がるのです。」

世界を退歩させるのか、進歩させるのか、

私たち一人一人にかかっている。

こんなことを言うと、引いてしまう人も世の中には居るかもしれないけど、

実際そんなふうにしているんだからね~ 自覚がないだけで。

みんな全員この世界の構成員なんだもんね。
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