我が家のご先祖しのぶ春彼岸
1875(明治8)年㋁13日、明治政府が「平民苗字必称義務令」という太政官布告を出し、すべての国民に姓を名乗ることを義務附けた。
江戸時代、苗字を使っていたのは貴族と武士だけだったが、1870(明治3)年9月19日に出された「平民苗字許可令」により、平民も苗字を持つことが許された。
しかし、当時国民は明治新政府を信用しておらず、苗字を附けたらそれだけ税金を課せられるのではないかと警戒し、なかなか苗字を名乗ろうとしなかった。
そこで明治政府は、1874(明治7)年の佐賀の乱を力で鎮圧するなど強権政府であることを誇示した上で、この年苗字の義務化を断行した。
私の実家は桓武天皇の末裔だと祖父から聞かされておりました。
平家の落人だったようです。夫のご先祖は源氏です。面白い!どおりで仲悪いかも
〇〇一族は、川中島の合戦などを経て、武田・上杉・伊達の各大名に仕え、山梨から新潟・山形・福島・宮城・岩手へと移住して行った模様です。
宮城県白石市というと伊達政宗の家老・片倉小十郎ですね。仙台青葉神社の宮司さんは片倉家の当主です。
実家の菩提寺のおばあちゃんは片倉宮司の妹さんでした。凄いつながりに当時はびっくりしたものです。