紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

4 悪しき日

2022-02-13 12:47:47 | 夢幻(ステタイルーム)23作


「上海帰り~の~リルリル」と、六人部屋の患者二人が唄いだした。軽い脳梗塞と診断を受け点滴をされている六十二歳の大武も、昔聞いたことのある歌だ。
 唄が止んだ。主治医が入って来た。
「大武さん、どうですか? 目眩の方は」
「全然良くならないです。それにオシッコが」
「出ないんですか? まだ?」
「ええ、ちょっと気が散って」
「困りましたね。もうちょっと頑張ってみて下さい」
「部屋を替えてもらえませんか。四人部屋にでも、お願いします」
「差額ベッド代がかかりますよ」
「ええ、かまいません」
 大武はベッドごと運ばれてB棟からA棟の四人部屋に移った。前の部屋と同じくらいの広さだ。二つのベッドが塞がっているらしくカーテンが引いてある。一つは使っていない。

 昨日の真夜中トイレに起きた。目眩と吐き気がした。排尿をなんとか済ませベッドに戻った。だが早朝、目眩と吐き気がひどく、瞼も頭も上げられずに歩行困難になった。脳梗塞などが心配され、妻に付き添われて救急車で運ばれてきた。

「よいしょ、よいしょ、よっこらしょ。いてぇ、いたた。いてぇなぁ」
 窓側ベッドで両手両足に包帯を巻いた男が、体を動かす度に掛け声とうめき声を発している。後の一人は静かだ。
 体を起こせない大武は、華厳の滝を想像しながら溲瓶に集中する。やっとのことで今度は出た。十二時間ぶりだ。張っていた下腹が軽くなった。

著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


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