真っ白な雪柳が今まさに花盛り。もうすぐ我家の前の桜並木も見頃になることでしょう♪
東京ではすでにもう桜も満開のようですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
私は今朝ちょっと不思議な体験をしました。
と、言っても皆さまも経験したことのある、それほど珍しく無いことかもしれませんが、、。
パソコンを起動させると、画面中央に「表示が2008年01月01日になっているので設定を正しく直さないと他に影響します」というような警告が出ていたのです。
以前にも何度か経験があったので、訂正するために指示に従って「環境設定」を開き、その中の時刻や年月日を表示するところを開きました。
そしたら、そこはなぜか「2001年01月01日」になっていました。
なぜその旧年月に表示が勝手に戻ってしまったのか!?
ロック(錠のマーク)をきちんと確認している筈なのに、いつのまにそれが外れたのか?
(私の単純な操作ミス?かどうかわかりませんが、年月の逆行がとっても不思議でした)
こういうことは皆さまも何度か経験されたことなのでしょうか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「全ての出来事には意味がある」(偶然は無い)というふうに思うと、何かこの戻ってしまった年月や時間が私に何かを伝えてくれているような氣がしました。
2001年の1月はアズミックアートの宇宙画展が大阪で開催された時。
そして2008年の1月は・・・こちらは特に思い当たることは何も無いのですが、振り返ってみると、そろそろ伊豆から関西に戻ろうかなと考えていた頃だったかもしれません。
(実際に戻ったのは「東日本大震災」の起きる前年の2010年春でしたが)
そうか〜、考えてみれば伊豆で過ごした十年の歳月というのは、あれはまるで「夢」(幻想)のようなものだったのかもしれないなと、ふと思ったのです。
例えばですが、知らない間に何かの理由で昏睡状態になり、そのまま十年経って目覚めた時に、誰かから知らされたり、あるいは自分で確かめたりして、目覚めた時の正しい年月日を知るわけですが、それがほんとうに正しいのかどうか?
もしもカレンダーや時計の表示が違っていたり、人が間違ったことを教えたりすれば、それをそのまま信じてしまうこともあり得るかもしれません。
ある時他の星に意識が飛んで!?そこで何万年も過ごして帰って来たら、地球上の自分の部屋では時間が止まったままだった・・・というようなことがあるとしたら、いったい時間や歳月とはほんとうは何なのか??
(浦島太郎の伝説はそういう「宇宙的な体験」でもあるのかもしれません)
私たちはみんな「今」という時(年月日)を、他から教えられたり、何かを通して知った年月日をそのまま正しいと思って、自分の年齢や、いろんな歴史的出来事やさまざまなことも知っているつもりでいるけれど、実際にそれはほんとうにその通りなのか?
「ほんとうに自分は生きているのかどうか?」さえも、もしかしたら夢の世界の中で、「生きていると思い込んでいる」に過ぎないのかもしれません。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
最近描かせていただいた「テレパスアート」の中にも、そんな迷い人?というか、「時間の無い世界に生きている人」(自分が未だ生きていると思い込んでいる人)が出て来て、大変興味深く思いました。
未来を心配するクセのある人(私もそうですが)は、時には時間の川の流れを遡って心のままに内面の旅をし、時間を逆行してみるのも面白いかもしれませんね。
ただ歳を取ることを嘆いたりするよりも、生まれて来る前のことを想像して、「何をしに地球に来たのだったっけ!?」と、時には考えてみるのも楽しいですよ。
そうして時間逆行を繰り返しているうちに・・・やがて
「時間なんてほんとうは関係無いんだ!!!」と実感出来ると
きっと元氣が出ますよ☆
本日も遊びに来てくださってありがとうございます♪
下記は宇宙画『メディテーション(瞑想)』です。
賢治の童話に出て来る「銀河ステーション」のイメージにも似ていそう?
東京ではすでにもう桜も満開のようですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
私は今朝ちょっと不思議な体験をしました。
と、言っても皆さまも経験したことのある、それほど珍しく無いことかもしれませんが、、。
パソコンを起動させると、画面中央に「表示が2008年01月01日になっているので設定を正しく直さないと他に影響します」というような警告が出ていたのです。
以前にも何度か経験があったので、訂正するために指示に従って「環境設定」を開き、その中の時刻や年月日を表示するところを開きました。
そしたら、そこはなぜか「2001年01月01日」になっていました。
なぜその旧年月に表示が勝手に戻ってしまったのか!?
ロック(錠のマーク)をきちんと確認している筈なのに、いつのまにそれが外れたのか?
(私の単純な操作ミス?かどうかわかりませんが、年月の逆行がとっても不思議でした)
こういうことは皆さまも何度か経験されたことなのでしょうか?
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「全ての出来事には意味がある」(偶然は無い)というふうに思うと、何かこの戻ってしまった年月や時間が私に何かを伝えてくれているような氣がしました。
2001年の1月はアズミックアートの宇宙画展が大阪で開催された時。
そして2008年の1月は・・・こちらは特に思い当たることは何も無いのですが、振り返ってみると、そろそろ伊豆から関西に戻ろうかなと考えていた頃だったかもしれません。
(実際に戻ったのは「東日本大震災」の起きる前年の2010年春でしたが)
そうか〜、考えてみれば伊豆で過ごした十年の歳月というのは、あれはまるで「夢」(幻想)のようなものだったのかもしれないなと、ふと思ったのです。
例えばですが、知らない間に何かの理由で昏睡状態になり、そのまま十年経って目覚めた時に、誰かから知らされたり、あるいは自分で確かめたりして、目覚めた時の正しい年月日を知るわけですが、それがほんとうに正しいのかどうか?
もしもカレンダーや時計の表示が違っていたり、人が間違ったことを教えたりすれば、それをそのまま信じてしまうこともあり得るかもしれません。
ある時他の星に意識が飛んで!?そこで何万年も過ごして帰って来たら、地球上の自分の部屋では時間が止まったままだった・・・というようなことがあるとしたら、いったい時間や歳月とはほんとうは何なのか??
(浦島太郎の伝説はそういう「宇宙的な体験」でもあるのかもしれません)
私たちはみんな「今」という時(年月日)を、他から教えられたり、何かを通して知った年月日をそのまま正しいと思って、自分の年齢や、いろんな歴史的出来事やさまざまなことも知っているつもりでいるけれど、実際にそれはほんとうにその通りなのか?
「ほんとうに自分は生きているのかどうか?」さえも、もしかしたら夢の世界の中で、「生きていると思い込んでいる」に過ぎないのかもしれません。
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最近描かせていただいた「テレパスアート」の中にも、そんな迷い人?というか、「時間の無い世界に生きている人」(自分が未だ生きていると思い込んでいる人)が出て来て、大変興味深く思いました。
未来を心配するクセのある人(私もそうですが)は、時には時間の川の流れを遡って心のままに内面の旅をし、時間を逆行してみるのも面白いかもしれませんね。
ただ歳を取ることを嘆いたりするよりも、生まれて来る前のことを想像して、「何をしに地球に来たのだったっけ!?」と、時には考えてみるのも楽しいですよ。
そうして時間逆行を繰り返しているうちに・・・やがて
「時間なんてほんとうは関係無いんだ!!!」と実感出来ると
きっと元氣が出ますよ☆
本日も遊びに来てくださってありがとうございます♪
下記は宇宙画『メディテーション(瞑想)』です。
賢治の童話に出て来る「銀河ステーション」のイメージにも似ていそう?