170203 再開発事業のこれから <阿倍野再開発 赤字2000億円>を読んで
今日は節分、最近は豆まきに恵方巻きが流行しているとか。私のように歳時記に関心の薄い人間にとって、自然と社会の移ろいを少しは感じることができる一瞬かもしれません。
明日は立春で、旧暦では一年の始まりで、節分は季節の分かれ目ということで、大晦日と同趣旨ということになりましょうか。それで邪気を祓い、幸せを招き、新しい年を迎えるという意味合いのようです(新谷尚紀監修『日本人なら知っておきたい暮らしの歳時記』より)。
この自然と社会の移ろいが前提としていた思想は、戦後活発に行われた再開発事業をどう位置づけるのでしょうね。私は、バブルの不動産騰貴に陰りが見えだした90年代初頭、関東弁護士連合会のシンポ委員会として、首都圏一帯の再開発事業を調査し報告する企画で、一度、その委員として調べて報告を担当したことがあります。
私は途中から助っ人で参加したのですが、それまで事業の収益性とか、借家権保護という既存権利者の利益保護の視点で調査・報告の方向が進んでいたのを、当時の社会情勢を反映していないという切り口で、再開発のあるべき姿の主要な要因として、そのような経済的側面も重要だが、地域の環境保全の視点、地域コミュニティの再生の視点を検討する必要があるとして、大きく舵を切ってしまい、そのままその基調でシンポを運営してしまいました。
かなり大胆な変更でしたが、委員長はじめ多くの委員が賛同してもらい、当時としては新たな視点で再開発事業のあり方を検討できたかなと、記憶しています。問題はその後、その意見書を行政施策に反映してもらうような働きかけがほとんどできていない、持続性の欠けたことかと思っています。
なぜ、四半世紀も前の話をするかというと、毎日記事では、阿倍野再開発事業は、76年から本年17年までの事業期間となっていて、その収支が2000億円という巨大赤字をかかえ、事業主体の大阪市、市民の負担となるからです。
私は阿倍野を訪れたことがないので、どんなところか知りませんが、写真で見る限り、周辺一帯が木造戸建ての密集地だったところで、大きな一画を容積率をアップさせ、高層ビルと公共空間や道路などのインフラ整備する、当時はやりの、しかし過去おそらく前例のない規模で行う計画だったことに驚きを隠せません。
ちょっと比較するのが適切かは気になりますが、みなとみらいMM21で多くの訪問者で活況を浴びている、横浜市の再開発プランは、企画調整局という新組織により、縦割り行政を廃し、総合的で大胆な基本計画で横浜市の改造を行った発展系ではないかと思います。そのトップであった田村明氏は、著書『都市ヨコハマをつくる』で書いていますが、横浜市全体の独自の都市像について、市民参加を格段に取り入れ、持続的な計画として、進めていったと思います。田村氏を招待してお話しをうかがったことがありますが、その思想は一貫しつつ、時代の変化にも柔軟に対応しつつ、経済性や環境配慮にも十分に考慮して、作業を行っていったと思われます。その弟子層がその後も継続的に、大きな開発計画を実現させています。
ベイブリッジや地下鉄などのインフラ、そして金沢先埋立や港北ニュータウン、そして重工業地をみなとみらいに改造と、それぞれ長期計画ながら、いずれも高い評価を受ける計画を立て、実現しているのではないかと思います。
他方で、森ビルなどデベロッパーは、首都圏でいわゆる木密集合地をそれなりのノウハウで取得して、人気の高層ビルと公共空間を提供する事業を次々と行って、事業的には成功を収めています。それらは数ha未満の規模だと思います。多数の複雑な権利関係のある土地集団で、再開発を実施することは、事業化するにはいくつものリスクを抱えており、事業期間の問題や外部環境の変化に合わす柔軟性を的確に行ってきた結果かと思います。
といって私自身、こういった高層ビル自体が、その立地や、周辺環境に与える影響、地域コミュニティとの関係で、最も適切な解決策であったとか、現在ももっと妥当な手法だといった立場ではありません。ただ、事業収益性といった、事業を行う上で基本的な要素は満足されていると思われます。また、公益性の観点でも、その利用度、周辺への経済効果なども評価されてよいと思います。
で、上記の阿倍野再発事業検証報告書を参考に、ざっと読んでみました。基本的には、検証を行った有識者会議の課題と今後の対応策はおおむね異論はありません。
その意見はまず、①適切な組織運営ということで、以下の項目について問題を挙げ、対応策としています。
(1) 初動期における十分な事業執行体制の確保
(2) 相互連携とトータルコーディネートの重要性
(3) 財務リスクのチェック体制の確立と外部からのチェック
(4) 意思決定プロセスの明確化
これらは当然と言えば当然の内容であるにもかかわらず、問題は最初に大阪市の人的物的に不足する組織体で一般的に不可能な規模の計画を立てた企画者の意図と根拠がほとんど明確になっていない点、巨大テナント誘致を目玉にする事業が各地で破綻している状況や、バブル期崩壊など何度も計画変更を必要とする事業があったのに対応しなかった組織的欠陥が具体的にどこにあるのか必ずしも判然としない点、資料の中では明らかにされていない、意思決定プロセスの明確化をしてきしつつ、検証経過について果たして十分な開示ができているか、疑問が残ります。
次の②事業着手までの実現可能性検討は、上記の焼き直し的な印象がありますが、「事業着手前における十分な検討」という点を、検証作業で施工面積28haが極端に広く、しかも権利者が借家人など多数いることを踏まえています。
しかし、本来行うべき事業化可能性について、どのような検討がなされたかさえ、検証作業では判然としない点が問題かと思います。
この点有識者会議は、採算性が高く波及効果のあるA1地区について、反対世帯が半数いる中で事業を進めた点を問題にしつつ、その事業着手を断念して、別の採算性の低い地区から着手した点も問題にしています。
しかし、上記の評価は、結果論としてはそう言ってよいと思いますが、採算性の高い地区を含むかどうか、反対者が多い地区を含めるかどうかは、常に事業化に当たって検討することであり、その中で、それなりの理由があるからこそ事業化を進めるわけで、その理由について具体的な検証を欠いていると言わざるを得ないと思います。事業化の決定までには、76年以前、場合によっては10年近く準備過程を経て、賛成・反対などの意見聴取や計画案のすりあわせを行うのが普通でしょうから、その中で、この計画が決定された要因へのアプローチが、記録が残っていないのか、担当者がいないのか、手詰まりな印象を持ってしまいます。
3番目として、③PDCAの徹底(社会経済情勢への的確な対応)をあげ、具体的には次の2つを対応策としています。
(1) 時代の変化に合わせた計画の見直し
(2) 市場ニーズに対応した事業展開
ここで指摘されている、保留床の処分先が最も重要な成功のキーである再開発事業で、時代遅れの百貨店誘致や、賃貸市場に変更している中分譲に固執するという事業管理の問題と、資産の適正管理(適宜評価見直しなど)の欠如は、企業でも同様の問題が起こりますが、その場合倒産なりM&Aなどで企業自体が市場から撤退することもあるでしょう。大阪市という行政組織が事業能力の欠如を見事に顕在化しているのだと思います。その事業能力のない組織が気づかずに、全国的にも異質な広大な施行事業を行うことの危険性に、誰も違和感を抱かなかったのは、大阪市だけでなく、現在問題になっている東京都のこれまでも似たような実態かもしれないと感じてしまいます。
PDCAは、計画(plan)、実行(do)、評価(check)、改善(act)として、私の記憶では半世紀以上前(もしかして戦前からの話?)から、著名なアメリカ企業家が唱えている原則だったと思いますが、いまさらという感じです。とはいえ、行政においてこれをまったく無視してきたとは思いませんが、一般には動き出したら後戻りできないと、行政組織やその活動を皮肉って言うことが多いかと思います。
その意味では、PDCAは、行政組織としてもわかっているけど、できない何かがあると思うのです。そのブラックボックスにメスを入れないと、この一般論では対応策は有名無実化する恐れが高いと心配するのは私一人ではないと思うのです。
4番の④情報の透明化として、次の2つをあげています。
(1) 情報公開の徹底
(2) 事業収支の明確化と検証
ここでも費用対効果の観点が欠落していることを前提、収支明細の具体的な内容の公開や説明がなされてこなかった点を有識者会議が問題視しています。
たしかにそのとおりですが、はたしてこの種の市街地再開発事業において、この事業特性に応じた収支明細を的確に示すノウハウがあるのか疑問を持っています。通常の、行政の予算・決算の内容とは大幅に異なり、独自の会計基準で行う管理会計的な発想が必要だと思いますが、それを外部コンサルに丸投げでは有効ではないと思います。
その意味で、第一種、第二種問わず、再開発事業における収支明細の適切なあり方を、専門家とともに市民参加を得て、きちんと議論して確立する必要を感じています。
5番目は⑤民間ノウハウの活用は、当然と言えば当然でしょうか。ただ、平成11年度の特定建築者制度改正まで、取り組みなかったという検証結果は、その改正を重視しすぎるのではないでしょうか。
特定建築者制度は、その必要性から80年の都市再開発法の改正で生まれており、当時使いにくかったかどうかについての検証がなく、このような指摘だけでは、行政の適切な運営のあり方を十分検証できたとまでいえないように思います。
ともあれ、阿倍野再発事業は、広大な28haを長期間かけて完成に近づいているようです。それによって、事業全体の功罪を多様な観点から公開で議論してもよいのでないかと思います。この検証では、単に経済面だけの評価です。事業前後における地域コミュニティへの影響、さまざまな環境評価(事後アセスメント)、社会経済的な影響など、検討すべきことは残されているように思います。
私も機会があれば、この地域を歩いてみたいと思いますが、いつになるやら。そろそろ出かける時間になりました。一つの会議への参加は断念して、次の会議に間に合うようには行きたいと思います。