たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

葬送と仏教 <養老孟司書評『無葬社会・・』>を読んで

2017-02-06 | 人の生と死、生き方

170206 葬送と仏教 <養老孟司書評『無葬社会・・』>を読んで

 

今朝は気温が上がっているのですが、北風というかあちらかこちらからの突風のような寒風で結構冷たく感じてしまいます。

 

今朝の毎日記事でトランプ氏によるテロ対策目的の入国禁止令を差止したシアトルの連邦地裁の仮処分決定に対し司法省が即時停止の抗告をしたのに、連邦控訴裁判所6日までにそれぞれ意見書を出すよう指示して、その決定の停止や取消を認めなかったため、足止めを食らっていた多くの方が入国できるようになったとのこと。そのほか、ノルウェーの元首相が以前イランに会議に出席したと言うだけで、40分も審査を受けたという、外交官パスポートを無視した取扱も問題にされるなど、混乱が続いていることが対岸の問題とはいえ気になります。

 

全く異なる話ですが、以前のTVで、鬱病の研究者による最近の新たな発見ということが取り上げられていて、人間の進化の過程で、扁桃体がプレデータの攻撃に対応するため、反応することで、ストレスホルモンが働き集中的な筋力を発揮して、咄嗟に危険から逃れる活動ができるようになったとのこと。ライオンに襲われたオリックスなどの逃げる速さは驚くべきスピードですね。火事場の馬鹿力も似たようなものでしょうか。

 

ところが、この扁桃体、恐怖状態が継続すると、ストレスホルモンが麻痺するというのか、既往不全に陥り、ある段階を超えると、反応しなくなるのですね。職場で、パワハラやセクハラを受け続けたり、長時間勤務を継続させられたり、過度の仕事を事実上強要され続けると、ある時点で、精神作用が働かなくなり、なにもできなくなり、うつ状態になるということがわかってきたとのこと。このような事態は、現代社会ではどこでもいつ起こるか分からない危険を抱えているように思えます。人間の能力は進化の過程で相当程度適応能力が高まってきたといえますが、化学物質の有害性に対する閾値と同様に、個人差はあっても、あらゆる人が可能性を含んでいるように思います。

 

ところが、うつ状態にならない種族がこの世の中にもいるそうで、それがアフリカのバッツ族という、狩猟生活を継続している民族だそうです。その原因は、すべてが平等だということ、明日の生活を心配しないということのようです。今をいき、仲間の中に差別を設けず、分け隔てなく、収穫でもなんでも平等分配すること、それぞれがみんなのためになっているという意識があるということのようです。

 

ぐだぐだと関係のない話を書いてきましたが、この平等社会も、他の種族との関係では、テリトリーをめぐって争いが生じるのではないか、そういう場合、やはり扁桃体が働き、一時的にはよくても継続すれば、うつ状態に近くなる危険性は避けられないのではないかと思ってしまいました。

 

で、陸続きの場合、国境があっても、その異なる文化・文明による対立、ましてや麻薬など密売や危険人物が出入りするとなると、扁桃体の反応が敏感なグループは、強烈な拒否反応を示すのではないか、それが自国内の平等や自立を維持するためということで、入国禁止令を発動するトランプ政権を支持する勢力がいまなお相当数を占めるのかと思ったりしています。

 

この問題は、統一国家を形成した紀元前3世紀には、たとえば、始皇帝による中国統一により、国内においても、周辺国との間でも、大いなる対立紛争が起こったのだと思うのです。

 

ただ少なくとも頂点に立って、いわば絶対の支配者となった始皇帝自らは世界的に巨大な始皇帝陵を建立していますが、兵馬俑などとしてつくられた軍人はもちろん庶民の墓はどうでしょう。見捨てられてきたのではないかと思います。焚書坑儒で、いまの日本の葬法のあり方の一つを規定しているとも言われる儒教も一旦は捨て去られたわけですから、亡くなった人もましてや先祖も無視されたのではないかと思うのです。

 

古代高句麗は、チュモン(朱蒙)が古朝鮮の崩壊後にその復活を目指し国内的も、また中国とも闘い、北は中国北東部、南は朝鮮半島の南端部をのぞくすべてを領域とする巨大な大帝国を樹立して初代大王となったと言われています。紀元2世紀から5世紀ころまでに、造築されたと思われるその城壁後や古墳群の巨大さ、壁画の見事さなど、その文化的技術の高さを感じてしまいます。排外的な他国の侵害から民族としての独立を守った英雄や王に対しては、それを称えるため、立派な古墳をつくったのでしょう。あるいはそういう威厳を保つため、権威を継承するため、巨大古墳をつくったのかもしれません。

 

そろそろ本題に入ります。養老孟司氏が書評を書いているのは、正確には鵜飼秀徳著作『無葬社会-彷徨う遺体 変わる仏教』です。つまり、無葬社会、遺体の彷徨い、仏教の変容をテーマにしています。

 

そこではまず、著者が記者で僧侶である立場で、全国調査の結果を踏まえた、葬儀や火葬の現状を次のように指摘しています。

 

<高齢化社会が進行し、当たり前だが、死亡者の数が増え続けている。現在年間約百三十万人、今後二十五年は増え続けるという。それと同時に、葬儀の形式に急速に変化が起こっている。葬儀の簡略化である。葬式をせず、いきなり火葬場に直行する直葬が三分の一に達し、直葬では最少限の親族だけが火葬場に行き、故人の骨を拾って帰る。さらに従来密葬と呼ばれた家族葬をこれに加えると、現在では葬儀の過半数に達する。>

 

次に、埋葬というか、火葬後の遺骨・遺灰のあり方に言及します。<都会では宗派を問わず、万の桁に達する多数の遺骨を収納する、ロッカー式のビル内墓地が出現している。さらに散骨があり、樹木葬もある。散骨には地上の場合と、海洋の場合がある。著者はそれぞれについて、具体例を丁寧に紹介する。たとえば島根県海士町(あまちょう)のカズラ島は散骨の島として知られ、散骨される人の割合は、首都圏在住者が十、島根県民が六になるという。>

 

 そして次が、「彷徨う遺体」という驚きの事実について、<死者の増加に伴い、大都市では火葬場の不足も生じている。十日間も待たされる場合があるという。火葬待ちだけではなく、家庭に遺体を安置する場所がない、あるいは置きたくないということで、遺体ホテルが作られる。その種の需要が増えているのである。>とされているのです。

 

しかし、このような著者の記述でも、また書評者の指摘でも、「無葬社会」の意味内容をどう捉えているのかは、判然としません。「葬儀をしないこと」「墓への埋葬」に代替する「散骨」や、火葬しないまま「遺体ホテル」に預ける?といったことを言っているのでしょうか。

 

しかしながら、これらをもって「無葬社会」といったり「彷徨う遺体」と言うのは、少々誇張が強いようにも思えます。

 

さきに述べた平等な取扱がうつ病などが生じにくいのと同時に、安定した社会を築くのには重要な基本ファクターであることに異論はありません。しかし、その平等の原則が、価値観の強制となるようなとき、これまたかえって、扁桃体に危険信号を与えて、ストレスホルモンが過剰に分泌するおそれも、現代の多様な民族の共存と価値観の許容の世界では、十分ありうることだと思います。

 

葬送のあり方自体が、石器時代や縄文期以来の平等観念を基にした埋葬方式から、古代の専制君主的な巨大古墳の構築、その後多様な葬送方式を経て、わが国では江戸時代における檀家制度や維新政府の家制度などの変遷を続け、現代はようやく個々が、国や地域や親族に強制されない、自らが選択する時代にきているように思うのです。

 

私が葬送の自由運動を通じて知った方々、あるいは家の墓を守ることや、葬儀費用だけは残しておきたいと相談される方々、それぞれ悩みは多様ですが真剣です。そのような個々の人たちが、うつ状態の危険にさらされないよう、自由な選択をできるだけ提供することこそ、個人の尊厳を保障する日本国憲法の基本原理ではないかと思うのです。

 

無葬という表現により、葬送をある前提の元に規定しているのではないかと思います。曲解かもしれませんが、般若心経の色即是空、そしてすべて「無」ではないかと思うのです。そのような中、葬送のあり方は、なにが正しく、それとことなれば間違いとか、無だといったことは正当な理解なのでしょうか。

 

万葉集の挽歌には次のような歌がありますが、このような真摯な思いを心に宿し、告げることも一つの葬送表現ではないかと思うのです。これは風葬と言われています。

 

秋津野を人のかくれば、朝撒きし君が思ほえて、嘆きはやまず

 

いまでは、モーツアルトのレクエイムが好きだったという故人の面影を偲ぶため、そのCDを流して故人を思う人だけが集って語り合う場もありますね。私も体験しました。それぞれの葬送のあり方を考えることこそ大事ではないかと思うのです。その場合、葬儀という形すら必要としない選択もあるのでしょう。しかし、それを無葬とか0葬とかといった葬送自体を否定するような表現をすること自体、違和感を感じます。

 

とはいえ、彷徨う遺体という、遺体ホテルまででてきたことは、複雑な気持ちになります。私は、法制度と社会の慣行や地域の人々の意識をも尊重する必要があると思っています。それはある意味、扁桃体への無用な刺激を与えることを避けますし、ストレスホルモンの変わりに、β―エンドルフィンといったメッセンジャーが快感、あるいはゆとりをあたえてくれるかもしれません。その点、火葬場が少ないとか、火葬待ちになるような状態を前もって避ける配慮も必要かもしれません。少なくとも、遺体ホテルといったものまで成立するのには違和感を感じてしまいます。近隣の方はどう思うでしょう。

 

私の死の作法は、空海が理想ですし、もしかしたら西行も似たような生き方(死に方)をしたのかもしれません。その後はどうなるか、空海には弟子がいたし、西行も住職はじめ有力者がいたので、きちんと対応してくれたのでしょう。人の進化において本源的な部分に戻るのはどうなんでしょうかね。

 

また余分の話をしてしまいましたが、もう一つのテーマ「変化する仏教」について触れておきます。同じ毎日の記事で<真宗大谷派算出法変えたら信者2.5>というのがありました。

 

信者数を競うのもいいですが、その算出方法は、なんとも恥ずかしい。親鸞が聞いたら、息子に対して以上に叱りつけるのではと、親鸞敬愛者の一人として(それほど分かっているわけではありませんが)、残念な思いです。

 

その算出方法ですが、<大谷派によると、1980年ごろから約30年間、約553万人とほぼ同じ信者数を申告していたが、07年から5年ごとに「門徒戸数調査」を実施。11年版以降、調査で得た門徒(檀家(だんか))戸数に、総務省が発表する住民基本台帳に基づく1世帯の全国平均構成人数(16年は2.25人)を掛け、信者数としてきた。>というのです。これはびっくりです。当然、信徒契約なりして、契約書の取り交わしとまではいかなくても、当該宗派を信奉する明確な意思表明があることが前提かと思いましたが、少なくとも当該宗派への祭祀葬礼を承継した人を含め、その宗派への信奉が明らかな人になっていると思ったのですが、その実態はなんとも薄弱ですね。

 

 それなのに、2.5倍増にした根拠が、<しかし宗派内から「門徒として数える世帯は高齢者が多く、法事では子どもや孫の世代もいる。実態と合わない」との声があり、今回から「門徒1戸=3世帯」と計算することに。>というのですから、宗教もわからない、関心のない学生はもちろん、幼児・赤子まで入るのでしょうか。

 

多少は気になったのか、異なる視点から数を抑えていますが、それは<一方、実家の寺と近隣の寺など複数の寺院と関係を持つ門徒も多いため、重複しないよう少なく見積もる計算方法も併用。>というのですが、どのような合理的算出方法がとられたのか、そんなものがあるのか、疑問を禁じ得ません。

 

<その結果、信者数は320万4160人(15年版)から791万8939人に増えた。大谷派総務部の石井正道主事は「できるだけ客観的に説明のつく数字を出したいと毎年算出方法を検討しており、信者数を増やしたいという思いはない」と話す。>というのですが、その言葉を信じることができる人はどれだけいるでしょうか。

 

だいたい信者の数を増やすことが大事なのでしょうか。親鸞は違っていたと思います。一人一人に、自分の考えというか、法然の考え、さらには釈迦の考えを少しでも理解してもらい、究極には阿弥陀如来を唱えることこそ、重要と思っていたのではないでしょうか(このあたりはまったくの個人的理解)。

 

そして現代の仏教に帰依する各宗派、僧侶が行うべきは、死者の心や、残された者に対する、具体的な心のケアであり、さらにいえば、生きていて悩み多き人々への心の救済ではないかと思うのです。宗祖生誕〇〇年とか、開基〇〇年といったことを祝うことも重要かもしれませんが、現代に生きる人々の、衆生の苦しみ、苦悩を救済することこそ、信徒数を算出するよりまず先決にやっておかないといけないことではないでしょうか。

 

最後に、宗教法人法の趣旨に沿えば、信徒数を記録することも重要ですが、信徒にとれば、各寺院が備え置く過去帳の欠損などを補充したりして整備し、それを信徒に適切に開示説明することの方がより重要ではないでしょうか。日本仏教が先祖崇拝という思想と融和して独自の道を歩むことにより、成長してきた過程を踏まえれば、そのことを今からでもしっかりと立て直すべきかと思います(私個人の関心ではないですが)。