Cafe & Magazine 「旅遊亭」 of エセ男爵

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気儘な旅人の「三文オペラ」創作ノート

ブログ小説 「フォワイエ・ポウ」(1)

2006-02-09 05:03:09 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
<写真:クラブ・デラ・ヴァルケッタ参加車より、場所:旧オーベルジュ・ブランシュ・富士正面入り口にて(2004年11月中旬)>


   ブログ連載小説『フォワイエ・ポウ』

                著:ジョージ青木

        1章

  1.(メタリックレッドのロールスロイス)

 (1)

ようやくまともに走り始めた自転車の進行方向には、何故か今夜に限って7~8名の歩行者集団があり、それは一つの固まりになって、しかもいそいそとわずかながら小走り気味に歩いている。いくら人間が小走りに歩いても自転車のほうが、早い。たちまちメタリックレッドの自転車ロールスロイスは追いついてしまう。

夕方のラッシュアワーに退社時間が鉢合わせする時間帯、夕方の6時過ぎ、八丁堀交差点付近の人の流れは途切れることなく金座街から中央商店街まで繋がっている。数時間は途切れない。が、いったん「並木通り」に入ると、なぜか人通りの混雑は落ちつく。
自転車とその運転者はようやく元気になった。
ペダルが回りタイヤが回り正常に進み始めたにもかかわらず、その進行方向には思いがけない障害物がある。
男女8人の集団。
いや、男性1人、他は、全員女性の一団である。
(なんだなんだ、なにやってんだよ、この連中は、、、)
この集団、おしゃべりが忙しい。後ろから自転車が追いついている気配を、まったく感じ取れないでいる。
(困ったものだぜ この時間に並木通りを集団で移動する輩がいるか? 一体全体、どこに遊びに行こうとしてるんだ、もう、この界隈のブティックは店じまいの時間だ、お店が閉まる時間になって、しかも集団で、どこのブティック見学をするのだろう?)
この街では、並木通りは、高級ブティック街として有名である。だから、自転車の運転者はてっきりこの集団がブティック見学に出向いていると思い込んでいるのだ。
(おいおい、そろそろどちらかに避けてくれよ、自転車を通してくれよ!このままでは、追い越せないぜ、まったく・・・)
ロールスロイスの運転手は、いよいよ6~7メーター手前からベルの警笛を鳴らす。
「チー~ン」
片手で、ベルを鳴らす。
一昔前の荷車的自転車のようなジリジリと鳴る自転車的ベルは装備されていないから、通常はこんな上品なベルを鳴らしても、にぎやかな周囲の雑音にかき消されてしまうから、ベルを聞いて欲しい人物には十分な音は届かなく、さほどの実用的効果はない。このベルの音は気持ち的な飾り音、すなわち自転車運転者の自己満足的音勢である。しかしかろうじて、前方の集団にはこの警笛が聞き取れたらしく、いそいそと歩いていた横一列の隊列から、大慌てで進行方向左手のブティック側に移動し始めた。隊列が移動を始めたのはよかったが、急ぎ足で歩いていたからこそ、横に移動する隊列が乱れた。二~三人の足元がよろめき、まるで出来損ないのアヒルのヒナの一団は、がに股でもたついているように自転車ロールスロイスの彼の目に、映る。
(なんだなんだ、こんな時こそ男が女をカヴァーしなくちゃ、この野郎、一番初めに左に寄って退避してしまって…)
(男たるもの、レディーファーストを忘れているのか、若い女性を、なんと考えるのか、どうもこの男、けしからんぞ・・・)
見るからに高級なトレンチコートを羽織った細身小柄な男は、最初に退避した。こうして後ろから、しかも通常の目線よりも少々高い位置である自転車のサドルから眺めていると、連中の態度振る舞い状況などが、よく見える。いかにも足短く、歩けばよろけている女性軍団の後ろ姿の滑稽さを眺めて笑いつつ、自転車ロールスロイスの運転手は、男女八名の御一行様を抜き去った。
「オ、オ! なんだなんだ!急に自転車で追い抜いたりして、危ないじゃないか!」
「歩道を歩いている人に、自転車が通るからよけて歩け!なんて、失礼ね!」
あくまでも乗り手の自己満足的なロールスロイス風自転車の走り方に対して、ご一行の中の二三人の女性が、マナーをうるさく非難し、罵声を投げかける如くに喋りまくるが、自転車までの距離には、会話の音はおろか内容までは決して伝わっていない。そんなこんなの罵声を、自転車が分け入って抜き去ったすぐその後、団子状態集団の一人が叫んだ。が、自転車はそのまま集団から離れていく。ゆっくりとペダルをこぎながら、自転車の運転者は後ろの団子集団の御一行に対して全く気に留めてなく、すでに十メーターばかり集団から離れてしまっている。車体が軽いから、ギアーの比率が適宜に高いから、よく舗装整備された平坦な道路であれば、それらの条件が大前提の話であるが、なにしろペダルに足を置いているだけで、足の重さだけでその自転車は前に進んでいるといっても過言ではない。
「失礼ね、何なの、あの自転車に乗ってる人ったら気取っちゃって」
「ハンチング帽子なんかかぶって、あれ結構高級な替え上着よ、乗馬服を気取っているわけでもないのに」
紺色一色の地味なハンチング帽子は、やや前傾気味に深くかぶり、ジャケットの内側にはシンプルな白のスポーツシャツ、足元は濃紺のズボン。極めつけは、右足の足元のズボンをくるぶしに巻きつけて、後生大事に靴下の中に突っ込んでいる。それには理由ある。つまり、自転車の前のギアーが裸であるから、そのままペダルをこぐと、こぎ始めた瞬間にズボンの裾が大きな前ギアーとチェーンの間に食い込んでしまい、一瞬のうちに自転車は停止、さらにズボンの裾がギアーとチェーンに絡み付き、ズボンは瞬時にずたずたに裂けてしまい、二度とはけなくなり一巻の終わりとなる。だから、右足のズボンの裾だけ靴下に巻き込んで食い込み事故を未然に防いでいる。だから自転車の運転者がやっている足元の出で立ちは、まぎれもなく正しい姿なのだ。しかし、知らない人間が見れば、片足だけズボンのすそを靴下に突っ込んでいるアンバランスさは、理解できないに違いない。
「あ、あれ? なんだあの人、マスターだ!」
「マスター、マスター・・・」
メタリックレッドの自転車ロールスロイス運転者は、なんだかヨタヨタ歩きの御一行様の知り合いのようだ。ロールスロイスが抜き差って数秒と立たないうち、後ろから声がした。
トロトロ運転の自転車は、とりあえず停まった。
すでにその一団とは十数メーターの距離があった。すでに周囲は暗く、連中の姿かたちはわかるが、お互い顔までは確認できない。
「本田さん、マスターですよね・・・」
ご一行様の集団と自転車の持ち主の距離が短くなるにつれ、お互いにようやく顔かたちが確認できるようになった。
「あ~ なんだ、恵子さんだ。こんばんは。おげんきでしたか、ほんとうにおひさしぶり・・・」
自転車を走らせていた人物は、本田幸一。こうして自転車を停め、さらにようやく自分から口をきいた。
「マスターは今、自転車でご出勤ですか?」
「そう、でもすでに若者が店に入っているから心配ない、私の出勤時間は?と、言えば今日はいつもより早い出勤ですよ・・・」
「よかった! 今ここで、マスターとお会いできて」
彼と会話しているのは五反田恵子、本田の店の常連客である。
「何なのですか、こうして皆さんご一緒に行動されて・・・」
ここで、立ち話が始まった。
「皆でマスターの店に行こうということになって、今、向かっているところなのです!」
あらためて本田は、五反田恵子に理由を聞いた。
五反田は理由を話した。
彼女の職場内で、飲み屋直行の計画が飛び出した。しかもこの計画は、今日の夕刻になって突然まとまった話だという。一週間遅れで仲間の女性の誕生パーティーを開く事になったそうだ。場所も決めていなく、さりとて予約できる時間でもなく、そうとなれば本田の店に一番乗りしてテーブルを確保し、行き当たりばったりの「バースデー・ミニ・パーティー」を開く以外に方法はない、ということになった。と、云う。
「今夜、席はありますね、大丈夫ですよね」
「何人?」
「もう少し後になって二~三人来ます。お店で直接集合する、といって、まだ残業しています。おそらく全員で十人になります」
「OK! 奥の席2テーブル使えばいけるよ」
「え~ 奥のテーブル全部使っていいですか?」
「ウム、まったく構いません」
「あ~ うれしいわ・・・」

五反田恵子はよろこんだ。メンツが立ったようだ。
「早く来て、よかったな・・・」
集団の中の一人の男性がようやく喋った。
「なに? それで皆さん、急いでいたの?」
「そうなんです、あ、それからマスター、申し遅れました、紹介します」
恵子は大急ぎで男性を紹介した。
「栗田係長です。私達の、となりのセクションの係長です。わが社で指折りのプロ歌手です。今日はカラオケ大会やりますから、是非、マスターに係長の歌を聴いて頂きたいのです」
「始めまして栗田です」
年のころ三十歳の半ば、眼鏡をかけており、礼儀正しくかつ神経質そうな細身の男である。
「本田です、いつもお世話になります」
「こちらこそ、若い者がいつもお世話になっていまして、ありがとうございます、 そして、すてきなマスターのおうわさは何度もお聞きしています」
「私の噂ですか? 怖いな~ でも、こちらこそ皆様にご贔屓にして頂きまして…また、これをご縁に栗田さま、どうぞ宜しくお願いします」
栗田の立ち居振る舞いから、本田はとっさに判断した。
(今夜のスポンサーはこの人物、すなわち栗田係長に相違ない!)
(ウム、今日は出だし好調、今夜はいける、いいぞ!)
この団体客の売り上げ予測が、頭をよぎった。
さらに頭の中で呟き、支払いの確かさを再確認した。かたや、わずか数秒の間、栗田係長は、本田の赤い自転車を興味深そうに眺めていた。
こうして互いの挨拶を終えた。さっそく団体さまご一行を受け入れるための準備にかかるべく自転車にまたがり店に向かった。
本田が走り去った直ぐその後、再び栗田係長が口を開いた。
「五反田君、マスターの乗っている自転車、あれ、かなり高級品だぜ」
五反田恵子は、話の意味が分からない。
「高級品という事は、買うと高い、ということですか? なるほど、やはりそうなんだ、聞いたことありますよ、たしか、『これは、自転車のロールスロイスだ!』って、お酒飲んでいたマスターから、私は直接ウンチクを聞かされたことがありますよ・・・」
五反田恵子の解答は、どうやら栗田の満足する答えになっていたようだ。
栗田はつぶやいた。
「マスター、なんだか、そうとう凝り性なんだろうな・・・」
「凝り性かどうか、分かりませんが」
「とすると、今から行く店も、変わった嗜好を凝らしているのかな?」
本田と顔を合わす事わずか1~2分間にもかかわらず、初対面の栗田にはあらゆる楽しい想像が膨らんできた。こうしてミニパーティー参加の集団は、先に走って視界から消え去った自転車ロールスロイスの後を追うごとく、いっそう足早に歩き始めた。

 *続く-2月10日(金)