<Photo添付資料>:(フレンチレストラン・ウエイティングバー at Old Auberge Blanche Fuji)
掲載済みの小説「フォワイエ・ポウ」は、下記から入れます。
1)第1回掲載(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)
3)第3回掲載(2月15日)
--------------------------------------------------
『フォワイエ・ポウ』
著:ジョージ青木
1章
(2)(クリームチーズ・クラッカー)その2
本田がこの店を始めて早くも一年になる。すでにこの店に訪ねて来る客のほぼ全員は、このおつまみに慣れてしまい、もはや、好き嫌いも言わずに納得している。チーズの食べ方の説明、及び、クリームチーズの癖のなさの説明。いつこのクリームチーズと出会った本田の体験。つまり、このおつまみが出てくる理由は、この店の客全員が承知している。体験談は至って単純である。当時、未だプロセスチーズしか市販されていない時代、本田はヨーロッパ旅行の途中にスイス航空の機内食の朝食を食した。
スイス航空の朝食とは、
(1)ソフトドリンク類
(2)ワインのチョイス
(3)電子調理器で暖めた、各種パン類
(4)バター&ジャム
(5)バターナイフでパンに塗りこめるほどソフトな、クリームチーズ(約2種類)
(6)コーヒーまたは紅茶
少し話が脱線する。
そして、このメニューについて少々詳しく説明しておきたい。
*ソフトドリンクのジュース類
オレンジジュースを始めに、トマト、アップル、コーラ・セブンアップ、ジンジャーエールなどなど、ヴァリエーション豊かなソフトドリンク。当時、米国ならびにヨーロッパはもとよりアジア線でも、未だ「ウーロン茶」は航空会社の機内飲み物として乗客の目の前には出てこない。くわえてこの時代は、ミネラルウオーターに関して言えば、決して機内常用サービスのアイテムには現れなかった。あえて言うならば、水はカエルの飲み物であるというフランス人的常識に則り、文化人的人間は水は決して飲まず、必要に応じてワインを飲む、というレストランでの常識があった。まず食事時には水を注文。食事しながら、水をがぶがぶ飲む日本人をフランス人からみれば、カエルに近い下品な人種である、といった常識があった。したがって当時は、ミネラルウオーターの重要性に気付いていない時代であった・・・
*ホットなブレッド類
フレンチロール、その他ヨーロッパ流の味の無いテニスボールを半分にしたような大きさのパン、これら、全てがレンジで暖められている。しかし、何故かホットなトーストは出てこない。
*バターと、各種ジャム
ジャムは、それぞれピンポン球を一回り小さくした大きさの、かわいいガラスの容器に入っていた。このガラスの容器には、それぞれ容器の中身を説明をするための可愛いラベルが張ってある。このビン詰めジャムを一回り大きくすれば、立派な市販のジャムの容器に等しくなる。
*極めつけは、「クリームチーズ」
ここでクリームチーズと出会っており、あたたかいパンの切り口に必要な分量だけ、あたかもバターの取り扱いと同じくバターナイフで塗りつけて食す。
*温かい飲み物
つまり、コーヒーまたは紅茶
という具合に、追加説明をしておく。
さらに当然ながら、朝食時間帯からアルコール類を好む乗客には、赤または白のワインが具されている。
これらのメニューを整理してみれば、なぜか、アメリカンブレックファーストでもなく、あるいはコンチネンタルブレックファーストでもない。つまりスイス流か?スイス流とは、コンチネンタルのシンプルな朝食、すなわちコーヒーか紅茶にパン。パンにつけるバターかジャム。以上終わりのシンプルなコンチネンタル流に加え、クリームソフトなチーズが常識的にくっ付く流儀を、本田はスイス航空機内食で出会ったのである。
「何故ですか? どうしてクリームチーズとクラッカーが最初のおつまみでサービスされるのですか?」
という質問をする客も、多くいた。
そんな顧客に対して、右(上記)の内容を手短に説明した。そんな質問者への対応は、さりげなくエレガントに、
「アルコールとチーズの組み合わせは、この店の個性にしたいのです」
と、答える。
さらに異なる性質や経験を持つ異なる客にあわせ、真剣に、マスター本田は対応していた。
そうして一年後の今日この頃、店を訪れるほとんどの客が、クリームチーズのフアンに成り切っていた。
そんな客は、この店のテーブルチャージにもすでに納得している。
このバーには、テーブルチャージと称してお客一人あたり2千5百円を、請求書に計上している。通常、ホステスのいない店、男性だけでやっている店にはこのたぐいのテーブルチャージを請求しない店がほとんどだ。
本田が店を開店した当初は、テーブルチャージというコンセプトはなく、請求もしなかった。この高額な?テーブルチャージを請求し徴収を決定するに至ったマスター本田のポリシーには、単純な頑固さがある。
要するに売り上げ単価の問題である。
一年前の開店当初、ボトルキープの売り上げを外した平均顧客売り上げ単価は、約2千2~3百円であった。開店後3ヶ月、この平均単価では経営が成り立たないことが判明した。
日夜、対応策を考えた。
そして、
(1)まずは一人当たり2千円のテーブルチャージを頂き、その代わりにチーズクラッカーを客全員に対し、「おつまみ」というカテゴリーで提供した。銀紙に包んであるチーズは、食する客と食さない客があり、銀紙が開かれていない限り、いったん客のテーブルに具したチーズであっても、再び他の客に具する事は可能である。
(2)嫌っていた「カラオケ」を敷設する事にした。カラオケ機材は(当時の最新型)レンタル契約とした。ただし、カラオケ一曲の料金を200円とし、月当たりの売り上げは全て、店の売り上げになるような契約形態を選んだ。
結果、客単価は開店当初の売り上げから倍増し、おおよそ4千500円に跳ね上がった。この単価ならば、一日当り8人の顧客が入ればその時点で、当日の商売は出来上がる。
あわせて、客単価に見合うだけの「サービスの内容の充実」を図る。単価の上がった事が理由になり、客足が遠のいては何の意味もない。実質的な損益分岐点も、最初の3ヶ月で判明した。
最低月額総売上げが逆算できた。
その額、ちょうど100万円。
さらに逆算する。
100万円を30日で割る。
一日当りの平均売り上げは、約3万3千300円、ならばさらに客単価4500円で割算すると、「7コンマ4」という数字が出てくる。例えば1日あたり、7人から8人の客が来なければ、その日は赤字ということになる。まして30日を1ヶ月間の営業日数としているから、祝祭日は店をオープン、閉店休日はない。しかし盆正月は休みたい。しかしこの計算では1日たりとも休めない。
(どうしよう?休日は必要ではないのか?)
本田は自問自答した。
(もし自分自身が休んでも、店を閉めなくてもよい方法がある。信頼できる従業員を雇用し、若し自分自身がいなくても、店の運営が可能となるよう、人材を育てておけば、大丈夫だ!)
たびかさなる思案の結果、店を開いてすでに11ヶ月間経過した今日まで、休んだのはたった1日だけ、今年の元旦だけであるから、本田マスターは、大いに頑張っているが、今日までの累積収支の状況と、結果はどうか?
まだ赤字であった。
開店当初から3ヶ月間の累積赤字は約50万円。その後、客単価を増加した月から先月までの7ヶ月間は、かろうじてプラスマイナス・ゼロ。そんな経営状態であったが、固定客は着々と伸びていた。
固定客の増加・・・
この事実は、今の本田の唯一の「誇り」であり、近い将来の黒字を確実に見込める「実現可能な夢」でもあった。
< -続く- 第5回掲載(2月22日水曜日)>
掲載済みの小説「フォワイエ・ポウ」は、下記から入れます。
1)第1回掲載(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)
3)第3回掲載(2月15日)
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『フォワイエ・ポウ』
著:ジョージ青木
1章
(2)(クリームチーズ・クラッカー)その2
本田がこの店を始めて早くも一年になる。すでにこの店に訪ねて来る客のほぼ全員は、このおつまみに慣れてしまい、もはや、好き嫌いも言わずに納得している。チーズの食べ方の説明、及び、クリームチーズの癖のなさの説明。いつこのクリームチーズと出会った本田の体験。つまり、このおつまみが出てくる理由は、この店の客全員が承知している。体験談は至って単純である。当時、未だプロセスチーズしか市販されていない時代、本田はヨーロッパ旅行の途中にスイス航空の機内食の朝食を食した。
スイス航空の朝食とは、
(1)ソフトドリンク類
(2)ワインのチョイス
(3)電子調理器で暖めた、各種パン類
(4)バター&ジャム
(5)バターナイフでパンに塗りこめるほどソフトな、クリームチーズ(約2種類)
(6)コーヒーまたは紅茶
少し話が脱線する。
そして、このメニューについて少々詳しく説明しておきたい。
*ソフトドリンクのジュース類
オレンジジュースを始めに、トマト、アップル、コーラ・セブンアップ、ジンジャーエールなどなど、ヴァリエーション豊かなソフトドリンク。当時、米国ならびにヨーロッパはもとよりアジア線でも、未だ「ウーロン茶」は航空会社の機内飲み物として乗客の目の前には出てこない。くわえてこの時代は、ミネラルウオーターに関して言えば、決して機内常用サービスのアイテムには現れなかった。あえて言うならば、水はカエルの飲み物であるというフランス人的常識に則り、文化人的人間は水は決して飲まず、必要に応じてワインを飲む、というレストランでの常識があった。まず食事時には水を注文。食事しながら、水をがぶがぶ飲む日本人をフランス人からみれば、カエルに近い下品な人種である、といった常識があった。したがって当時は、ミネラルウオーターの重要性に気付いていない時代であった・・・
*ホットなブレッド類
フレンチロール、その他ヨーロッパ流の味の無いテニスボールを半分にしたような大きさのパン、これら、全てがレンジで暖められている。しかし、何故かホットなトーストは出てこない。
*バターと、各種ジャム
ジャムは、それぞれピンポン球を一回り小さくした大きさの、かわいいガラスの容器に入っていた。このガラスの容器には、それぞれ容器の中身を説明をするための可愛いラベルが張ってある。このビン詰めジャムを一回り大きくすれば、立派な市販のジャムの容器に等しくなる。
*極めつけは、「クリームチーズ」
ここでクリームチーズと出会っており、あたたかいパンの切り口に必要な分量だけ、あたかもバターの取り扱いと同じくバターナイフで塗りつけて食す。
*温かい飲み物
つまり、コーヒーまたは紅茶
という具合に、追加説明をしておく。
さらに当然ながら、朝食時間帯からアルコール類を好む乗客には、赤または白のワインが具されている。
これらのメニューを整理してみれば、なぜか、アメリカンブレックファーストでもなく、あるいはコンチネンタルブレックファーストでもない。つまりスイス流か?スイス流とは、コンチネンタルのシンプルな朝食、すなわちコーヒーか紅茶にパン。パンにつけるバターかジャム。以上終わりのシンプルなコンチネンタル流に加え、クリームソフトなチーズが常識的にくっ付く流儀を、本田はスイス航空機内食で出会ったのである。
「何故ですか? どうしてクリームチーズとクラッカーが最初のおつまみでサービスされるのですか?」
という質問をする客も、多くいた。
そんな顧客に対して、右(上記)の内容を手短に説明した。そんな質問者への対応は、さりげなくエレガントに、
「アルコールとチーズの組み合わせは、この店の個性にしたいのです」
と、答える。
さらに異なる性質や経験を持つ異なる客にあわせ、真剣に、マスター本田は対応していた。
そうして一年後の今日この頃、店を訪れるほとんどの客が、クリームチーズのフアンに成り切っていた。
そんな客は、この店のテーブルチャージにもすでに納得している。
このバーには、テーブルチャージと称してお客一人あたり2千5百円を、請求書に計上している。通常、ホステスのいない店、男性だけでやっている店にはこのたぐいのテーブルチャージを請求しない店がほとんどだ。
本田が店を開店した当初は、テーブルチャージというコンセプトはなく、請求もしなかった。この高額な?テーブルチャージを請求し徴収を決定するに至ったマスター本田のポリシーには、単純な頑固さがある。
要するに売り上げ単価の問題である。
一年前の開店当初、ボトルキープの売り上げを外した平均顧客売り上げ単価は、約2千2~3百円であった。開店後3ヶ月、この平均単価では経営が成り立たないことが判明した。
日夜、対応策を考えた。
そして、
(1)まずは一人当たり2千円のテーブルチャージを頂き、その代わりにチーズクラッカーを客全員に対し、「おつまみ」というカテゴリーで提供した。銀紙に包んであるチーズは、食する客と食さない客があり、銀紙が開かれていない限り、いったん客のテーブルに具したチーズであっても、再び他の客に具する事は可能である。
(2)嫌っていた「カラオケ」を敷設する事にした。カラオケ機材は(当時の最新型)レンタル契約とした。ただし、カラオケ一曲の料金を200円とし、月当たりの売り上げは全て、店の売り上げになるような契約形態を選んだ。
結果、客単価は開店当初の売り上げから倍増し、おおよそ4千500円に跳ね上がった。この単価ならば、一日当り8人の顧客が入ればその時点で、当日の商売は出来上がる。
あわせて、客単価に見合うだけの「サービスの内容の充実」を図る。単価の上がった事が理由になり、客足が遠のいては何の意味もない。実質的な損益分岐点も、最初の3ヶ月で判明した。
最低月額総売上げが逆算できた。
その額、ちょうど100万円。
さらに逆算する。
100万円を30日で割る。
一日当りの平均売り上げは、約3万3千300円、ならばさらに客単価4500円で割算すると、「7コンマ4」という数字が出てくる。例えば1日あたり、7人から8人の客が来なければ、その日は赤字ということになる。まして30日を1ヶ月間の営業日数としているから、祝祭日は店をオープン、閉店休日はない。しかし盆正月は休みたい。しかしこの計算では1日たりとも休めない。
(どうしよう?休日は必要ではないのか?)
本田は自問自答した。
(もし自分自身が休んでも、店を閉めなくてもよい方法がある。信頼できる従業員を雇用し、若し自分自身がいなくても、店の運営が可能となるよう、人材を育てておけば、大丈夫だ!)
たびかさなる思案の結果、店を開いてすでに11ヶ月間経過した今日まで、休んだのはたった1日だけ、今年の元旦だけであるから、本田マスターは、大いに頑張っているが、今日までの累積収支の状況と、結果はどうか?
まだ赤字であった。
開店当初から3ヶ月間の累積赤字は約50万円。その後、客単価を増加した月から先月までの7ヶ月間は、かろうじてプラスマイナス・ゼロ。そんな経営状態であったが、固定客は着々と伸びていた。
固定客の増加・・・
この事実は、今の本田の唯一の「誇り」であり、近い将来の黒字を確実に見込める「実現可能な夢」でもあった。
< -続く- 第5回掲載(2月22日水曜日)>