Cafe & Magazine 「旅遊亭」 of エセ男爵

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小説「フォワイエ・ポウ」(第5回)

2006-02-22 11:22:55 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
解説:2月8日から掲載をはじめた連載小説「フォワイエ・ポウ」の記事投稿は、本日で5回目となりました。そして本日、第1章の最終回となり、次回(2月24日金曜日)から第2章に入ります。
毎週水曜日と金曜日の2回投稿を心がけ、執筆を進めます。
最終章は17章辺りまで書き進める予定です。ブログ掲載には、短編記事が適切かと思いながらも、敢えて長編連載に挑みます。スナックバーという限られた空間の「定点観察」から、その場に出入りし居合わす人間アラカルトを素材にします。物語は、バーのオーナーである本田マスターと、店に出入りするサラリーマンや学生、OLからクラブホステスなど、様々な顧客の織り成す人間模様を描きながら、世代を超えた男達の無骨な生き様を、抽出してみたいと考えます。是非続けて読み進めていただきますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。

掲載済みの小説「フォワイエ・ポウ」は、下記から入れます。
1)第1回掲載(2月9日)
2)第2回掲載(2月10日)
3)第3回掲載(2月15日)
4)第4回掲載(2月17日)


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エセ男爵ブログ・連載小説

『フォワイエ・ポウ』
著:ジョージ青木

1章

2.(クリームチーズ・クラッカー)


(2)
カウンターでおおよそ30分、栗田係長はマスターと会話していたがその間、奥のボックス席にいる女性社員たちは、全く別のお喋りを、それなりに楽しんでいた。
そんな時、ゆっくりと店のドアーが開いた。
カウンターの中で栗田係長と話していた本田からは、左手前方になるが、ゆっくり開くドアーが視界に入る。ドアーの外に人がいる。
ドアーの外からこっそりと店内をのぞく女性が居ることに気がついた。
「いらっしゃいませ」
いつも通りの自然体で、客を迎え入れる言葉を爽やかに投げかける。
「あ、すみません。こちらにJGBの栗田係長が来てませんか?」
斜め背中の方向から流れてくる声を聞いた瞬間、栗田は声の主が誰なのか判り、ただちに反応した。
「おお、来たか来たか!待ってたんだ。この時間まで、たいへんだったな。お疲れさん・・・」
「あ、係長!このお店で、よかったんだ。お店、間違ってませんでした。どうもお待たせしました、申し訳ございません」
「いや~問題ない。みんな奥の席で待ってるよ。ところで君1人で来たのか?あとの2人はどうした」
「すみません。まだ仕事やってます。それで、なんだか予定があるみたいで、私ひとりが来ました」
奥のボックス席から、五反田恵子がカウンター席まで出てきた。
「真理子さん、おつかれさま、みんな待ってました」
と、五反田恵子が新しく加わった女性に声をかけるやいなや、
「おい、檜木田君、奥に入る前にちょっと、ここに座れ!」
「マスターマスター、紹介します。彼女、檜木田真理子です。うちの支店で一番の歌姫は檜木田君です。あとで歌を聞いてやってください」
「はじめまして、檜木田です。五反田さんから、すてきなマスターの事、いつも伺っています」
真理子は、照れている。
「はじめまして、本田です。今日は楽しみです。あとで是非、聞かせてください」
と言ったものの、本田の目に映るこの女性、
(小柄で、やや色黒。なになに、歌姫だって?どうみても歌の上手な女性に見えないぜ)
如才なく対応しながらも、本田はこの新規の客のなにがしか、を、無意識に伺っている。
(この真理子さんとやら、歌がうまいのか?うまいのであろう。ま、周囲の人間が言うのだからほんとうにうまいのであろう。それはそれとして、ウム、となると、『天は、二物を与ない』と言った昔の人、真によく表現したものだ・・・)
などなど、本田は思っている。
真理子が合流したところで、栗田もカウンターから奥のボックス席に移動した。こうして全員そろったところで、もう一度乾杯。あらためて全員のおしゃべりが始まった。

こんな時、本田は時計を見た。
(まだ、8時半だな・・・)
決して表情には表さないが、本田は1人で気分爽快になる。
(今現在で8人。ボトルのキープも入っているから・・・ ヨ~ッシャ、これで今夜は出来上がりだ!)
などと、気分的に本田のゆとりが出てきたとき、また店のドアーが開いた。
「浜田君、いらっしゃい!」
「こんばんは。今まで残業、少しやってました。社から直行しました」
常連客の浜田主任はいつも通り独りで店に来た。浜田は、単独行動で飲み歩く。入社4年目、まだ27歳の未婚の若者は、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの山谷證券H支店に勤務するサラリーマン。トップクラス営業マンである。
「今日も、仕事がんばったんだ・・・」
「いやいやたいしたことないですよ。ア~喉かわいた!マスター、いつも通りハイネッケンの生を頂きます」
「りょ~かい」
入り口に一番近いカウンターの端の席に、深く座り、本田の差し出したハイネッケンの生ビールをグイ~と、最初のひと息で中ジョッキー半分まで飲み干してしまった。
星の数ほどある飲み屋の中、この浜田には、この店に来る目的があった。
以前から、酔えばその度に、マスターにはもちろん、呑んでいる周囲の人間に何度も何度も繰り返し話す彼自身の精神論。すなわち「浜田節」がある。
それは、
「その日に起こった仕事中のあらゆる不愉快さ、横柄な顧客との会話などなど、すべからく自分のみがへりくだる。的確と思われるあらゆるお世辞をへつらう。さらに社に帰ってから、周囲に対し気を使い、とくに上司には気をつかわなければならない。そんなサラリーマン独特のストレスを翌日に持ち越さないよう、気分を発散する。今まで、あちこちの飲み屋に顔を出してきた。なぜかしかし、この店『フォワイエ・ポウ』に足を運ぶようになってからは、スムーズなストレス発散ができるようになり、さらには、明日に向かっての勇気と希望がわいてくるのです」
「・・・」
「何故だろう? これって、女のやっている店では意外とそうはいかないんだよな~」
「・・・」
「なんだか、女性に対する見栄というか、弱みを見せたくない問題、触れられたくない所、というか・・・」
「・・・」
「つまり、十分にサラリーマンの経験を持ったマスターの背中を見ていることで、それに酒が入れば元気になり、そして行き着く先は?そう、元気と安心・・・」
生ビールのジョッキを片手にすれば、ようやく仕事から解放された気分になる。人心地付いた浜田は、今夜も本田を相手に浜田節をつぶやいていた。
話しながらも、浜田は一人で黙々と、おつまみとして出されたチーズのラップを慣れた手つきで上手にはぎ取る。
マスターとの会話の合い間に、さらに次のクラッカーを手に取る。
クラッカーの上に、まずパセリと、半分にカットしたプチトマトを敷く。
その上に一枚まるごとクリームチーズを上手に載せる。
まるでオープンサンドウィッチをほおばるように、器用に食べる。
時に、間合いをとり、ハイネッケンを一口・・・
そんな浜田の姿を、カウンター越しに見ながら、マスターの脳裏には、すでに傷つき、すりきれた年代物映画の如く、『とある映像』が、静かによぎりはじめる。
それは、おおよそ十数年前、若かりし頃のサラリーマン時代の自分自身、そんな本田の姿を写し観ているようだった。

 <続く- 第2章>