現在は檜(取材当日は確認してなかったのですが、写真からは檜に見えます)が線路跡をたどるように立っています。
もちろん、檜の太さからしてこれは戦後のものですね。
坑道を出ると、10数m直進した後、右に曲がります。
そこには石橋がかかっています。
川底からの高さは5m程度でしょうか。
橋にはロープがはられ、進入禁止になっていました。
渡ろうと思えば渡れるんでしょうけど、こういう調査に無理は禁物です。
4mほどの長さの橋を渡ると山肌が崖になってします。狭い場所に鉄路があったようです。
そうして、20mほど走ると現在の国道に出ます。
現在はここに橋がかかっており、橋の手前が金山集落への入り口になっています。きっと昔は道路は集落内に向かい、橋もかかっていなかったのだと思います。 そして、そこには鉄路だけがあったのでしょう。
もちろん、檜の太さからしてこれは戦後のものですね。
坑道を出ると、10数m直進した後、右に曲がります。
そこには石橋がかかっています。
川底からの高さは5m程度でしょうか。
橋にはロープがはられ、進入禁止になっていました。
渡ろうと思えば渡れるんでしょうけど、こういう調査に無理は禁物です。
4mほどの長さの橋を渡ると山肌が崖になってします。狭い場所に鉄路があったようです。
そうして、20mほど走ると現在の国道に出ます。
現在はここに橋がかかっており、橋の手前が金山集落への入り口になっています。きっと昔は道路は集落内に向かい、橋もかかっていなかったのだと思います。 そして、そこには鉄路だけがあったのでしょう。