ぶうちん村、風わたる。

風の吹くまま、気の向くままなんて、なかなかできませんが、楽しみを見つけながら過ごしたいものです。

何を暗示しているのかな、今年の鬼火焚き

2010年01月07日 22時53分35秒 | Weblog
 今日は、七草の日。
 夕食で七草がゆを食した後、19時は鬼火焚きの火入れです。

 ちょっと早めに出かけると、公民館長さんが一歩早く着いていて、一緒に火をつけました。

 が・・・・・

 今年はなかなか火が広がらないのです。

 作る時に、切り出したばかりの孟宗竹が多いのが気になっていたのですが、案の定、まだ乾燥してはおらず、なかなか燃えてくれません。

 やっと火が広がり始めるまで30分ほどロスが生じてしまいました。


 しかも、これまた作る時に、囲いの竹が割れたりして、全体のバランスが大丈夫かなと思っていたのですが、これまた案の定、途中で南東方向にくずれてしまいました(そのこと自体がどうこうということはないのですが)。

 その時、私はまさに南東方向に立っていました。
 中央の孟宗竹は「まっすぐ立っています」・・・そのはずでした。
 なんだか大きくなって見えるなぁと思っていた、私の方をめがけて倒れてきつつあったのです。
 気がつくと、さっと北側に逃げたのですが、かなり倒れてきていました(汗)。

 その後、全体の囲いもまた南東方向にくずれました。

 おまけに、竹が青くて水分をたくさん含んでいるものだから、はじける時の音と迫力といったら、これまでで最高。
 音が大きいのは言うまでもなく、はじける際に火のついた破片をまき散らかすのです。

 私と数人の話の輪の中にいたKさん。
 突然、「背中が熱いがよ~」。
 見てみると、なんと、はじけて飛んだ破片が、どてらを燃やしつつ、内側に来ていた作業着まで焼いていたのでした。
 「飛んだ」ハプニングです。

 いろいろとありましたが、例年と違うことの多さに「これって何か暗示しているのかな」と思うことでした。
 

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国鉄・宮之城線の今  正月特別編・18

2010年01月07日 00時14分01秒 | Weblog
 この橋脚に感動したのでもう1枚アップしました。

 正月特別編はこれで最終回となります。

 このシリーズの冒頭で歴史的経過について私見を中心にして構成してみましたが、私の力量不足で混乱を伴ったまま、永野金山に残された鉄路跡の紹介になだれこんでしまいました。

 薩摩永野と大隅横川を結ぶルートの建設はおそらく本気で検討されたルートだったと思います。
 しかし、海沿い鹿児島本線の開通の優先、永野以上の増金能力と鉄道敷設の簡便性をもった大口ルートの浮上、そして何より国際情勢の不安定さなどの天秤に何度もかけられたことだと思います。

 当初、宮之城線は薩摩求名から直接、針持を目指すルートを建設する予定だったようです。
 それが永野金山の存在故に地域住民の強い要望によって、宮之城線は永野を経由することになりました。そこにさらに旧鹿児島本線(現・肥薩線)の優位性確保の思惑も重なり、その期待が形となったのが、スイッチバックだったのではないかと思うのです。

 まさに、時代に翻弄されたルートであり、それが形として残らざるをえなかったのでしょう。
 
 

 さて、次回からは通常の宮之城線探訪のシリーズに戻ります。
 入来駅からの再出発です。
 
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