板東しょうごの「ふるさと三木に帰れる町に!」

一度三木から離れた若者が、ふるさとに帰ろうとしても、仕事がないから帰れない。若者がふるさと三木に帰ってこれる町にしたい!

その2 神鉄粟生線問題

2011-01-11 09:43:57 | 国政・市政
昨日に続き、新春のつどいで述べた内容を書きます。


ここから


昨年末の神戸新聞の記事以降いろいろ話題になっています。神鉄の企業責任、三木市の対応など色々論点のあるところではありますが、今日は神鉄粟生線が三木市というコミュニティにとって生命線であるという観点から述べさせていただきたいと思います。

三木市から神戸・大阪へ通勤されている方はたくさんおられます。いま実際に通勤される方はバスや西神の地下鉄など使って何とかして行かれるでしょう。

しかし、これから三木に移り住んで神戸に通勤される方はいないでしょう。高校生や大学生も自宅から通学出来なくなったら家を出ていかなくてはなりません。そうなれば、三木市の人口はますます減り続けるし、不便な町になります。町づくりの視点からも粟生線廃線は絶対阻止しなければなりません。

三木市は神戸電鉄に対してこの問題に正面から協議をして存続・発展させる筋道をつけるべきだと思います。

また、三木市の施策として三木市民が電車を使う町づくりになっていないことを付け加える必要があります。三木市はいま市民に「神鉄を使ってください」と宣伝してますが、三木市役所は電車で行けますか?メッセ三木は?別所の交流センターは?よかたんは?私は三木市に言いたい。「電車を使える町にしてください」と言いたいのですが皆さんいかがでしょうか。


ここまで


参加者の感想で幾つかの点で分かりにくいという批判を頂きました。また、あらためて文章を読んでみると誤解を与えかねないなとも思いました。それらの点を補足します。


「神戸・大阪に通勤されている方は、何とかして行かれるでしょう。」と書きましたが、実際には現在通勤されている方でも、三木市を去る方は相当いるであろうという認識です。



「高校生や大学生が通学出来なくなれば家を出ていかなくてなりません」と書きましたが、それにより、高校・大学に行く選択肢が少なくなることも大問題だと考えます。



「市は神電鉄対してこの問題に正面から協議をして存続・発展させる筋道をつけるべき」と抽象的に書いてます。

まだ争点がはっきりしない部分があるし、私自身まとめきれてないので、また後日、詳しいことは書きたいと思います。
(※書きかけましたが、文字に残すなら、もう少し整理した方がよいと判断しました。)



私が「電車を使える町にしてください」と言ったのは、三木市のホームページに「乗って残そう未来の粟生線」とあって「みんなで粟生線に乗ってください」と訴えてありますが、乗りたくてもなかなか乗れないんだという思いです。

ある友人が、県外から帰って来て、今自由が丘に住んでいるんですが、車がないため、三木の市役所に行くのに1時間かかったそうです。「神戸市役所行くのと同じくらいやな」とその時は笑っていました。道順を聞いてみたら遠回りしているようですが友人が言うには、公共交通機関が使いにくいそうです。

今、三木市が売り出しているメッセ三木やよかたん、南交流センターどこをとっても、車で行くところばかりです。もちろんバスはありますが、よほど計画的に行かなければならず、ちょっと行こかとはなりません。

すべてに線路引けとは言えませんが、せめて市役所くらいは何とかならないか。

メッセ三木は今の土地ありきで話が進んだのでしょう。しかし、本来なら都市計画の中で、神鉄を活用することが必要だと思います。

昨日十日戎に大塚のえびす神社に行ってきました。たくさんの人が、市外の方もたくさん来られていました。近くに恵比寿駅があり、三木小が臨時駐車場になることであれだけの集客を処理できたのだと思います。

やっぱり建物建てるときは近くに駅があるところに建てること。既に建っているところは、駅からのアクセスを充実させることではないでしょうか。


結局、長々とまとまらずに書いてしましました。

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