快晴に恵まれているが西風が強く燕岳にある燕山荘前のテ場では、テントを張るのにみんな苦労しているようだった。誰かの持ってきた鯉のぼりが引きちぎれんばかりに激しく風の中を泳いでいる。彼らにとって今日は相当な激流だ。カッと目を見開いて、負けてたまるかと頑張っている。五月の風の中を泳ぐ鯉のぼりはかっこいい。それが腹の中に大きく風をはらんで悠然と青空を泳ぐ様を見ていると、勇気が沸き上がってくるような気がする。
最近は住環境の変化のためか、そんな時代じゃないのか、鯉のぼりを揚げる家が減っている様に思う。しかも、端午の節句を新暦でやる地域が多いから、五月のただ中に泳ぐ鯉のぼりの数はほんのわずかなものになってしまった。桃の節句も時期が早すぎる。梅もようやく咲くぐらいの時期に桃と言われてもピンとは来ない。七夕も梅雨ど真ん中で、天の川を見上げることも叶わず、なんかしっくりと来ない。お盆だけは旧暦なのもちぐはぐで。なんでかなあと悩んでしまう。日本人はそんな季節感を大切にして来たと思うのだが、そこら辺もうどうでも良くなってしまったのだろうか。やっぱ、五月の空を泳ぐ鯉のぼりがいい。
この日の晩は相当強い風が吹き荒れた。テントで一晩を過ごす登山者達はかなり辛い思いをしていたのではないだろうか。ここのテント場は西斜面にあって、今日みたいな日は相当煽られたはずだ。シュラフの中の空気は顔の辺りを出たり入ったりして、その中はなかなか暖まらないから、足先を擦りあわせて眠れぬ夜を過ごすのだ。まあ、それも終わってみれば楽しい思い出になる。一晩ぐらい眠れぬことはどうって事はないのだ。そう思おう。
そんなテント場を抜けてご来光を見るために頂上に向かった。ツアー全体では昨日も登頂しているので向かったのは三名の方だけだったが、喧噪を離れて静かな山を歩くのは清々しくて、昨晩飲み過ぎた罪を洗い流してもらえるような心持ちだった。ここ燕岳は花崗岩の奇岩が多く、イルカ岩や、メガネ岩にあたる光が美しかった。遠く槍ヶ岳が次第に朝日に照らされていく。
これは朝日、夕日?多分朝日
朝日が水が張られた安曇野の田園を照らす
メガネ岩
イルカ岩
タチツボスミレ
オオミスミソウ(雪割草)
オオミスミソウ(八重咲き)
ツアー初日の5月3日、西穂高岳を震源とする地震があった。西穂高岳では最大震度5の揺れを感じ、余震は数十回の揺れを感じたとのことだった。それが引き金になったのか、燕岳の登山口に通じる県道が土砂崩落のため通行止めとなってしまった。翌朝6時から復旧工事は始まったが、僕等が中房に下山した後も通行止めは解除されず、数百人の登山者が中房周辺に足止めを喰らうことになった。最初は歩いて下山も考えたが、歩行も禁止との情報に、諦めてのんびりするしかない登山者達。風呂に入ってビールを飲んで、昼寝をしたり、おしゃべりしたり、そよ風に当たったり、気ままに時を過ごす。どうしようもないこんな時間、それは忙しさに負われる現代の人達には逆に貴重な体験とも言える。ぼくらの生活には今、そんな時間がなさ過ぎるのかも知れない。全てはうまいこと仕組まれていて、緩い時間、曖昧な時間、適当な時間は存在を許されていないのが現代だと思うのだ。登山口へ降りてポツンと何も無いバス停で2時間に一本しかないバスを待ったり、かつては普通にあったそんなどうしようも無い時間。この間も、友人とそんな話をしたばっかりだ。だが、それも悪くないなと思う。そのうちなんとかなるだろうとあきらめて、神様のプレゼントを楽しむのだ。
開通を待つ車列・・・・・・午後2時30分に一旦解除された。
自営業者として突っ走ってきた。少しだけこんな時間を持とうとふと考えた。いや、まだ出来ないか。