安曇野スタイル赤沼家が無事終わって僕は「もぬけの殻」のようになってしまった。大量に撮影した写真を整理し、ブログも書きたいところだが、通り過ぎた日々をどうまとめて行けば良いのかさっぱり解らないのだ。祭りは嵐である。夢中で過ごした四日間。準備段階から数えれば、とてつもない労力が安曇野スタイル赤沼家につぎ込まれた。
赤沼家は普段は普通に家族4人と犬一匹が暮らす普通の民家だ。そこには、当たり前の生活があって、それをこのイベントのためになんとか小綺麗にして行かなければならない。とは言え表面上を取り繕ってもお客様は平気で家の裏側にも入り込んでくるから、裏側だっておろそかにはできない。
無駄に大きい我が家では、スペースという物が少し持て余す程に有って、それが色んな意味で悪さをする。夏は取り敢えず伸びる草たちとの戦いが果てしなく続くし、あちこち壊れもする。空いてる部屋や、縁側もつい油断をすると、あっという間に物置き化して、それはとんでもない事態に発展するのだ。だから、なるべく散らかさない様にと心がけているつもりだが、僕の心の中の悪魔が時々目をさますと、あっという間にそこには無秩序な空間が出現してしまうのだ。それを見てまた僕は苛立ち元気を無くす。ちらかった身の回りはある意味僕の心の投影なのだから。
そんな、勝手気まま、やりたい放題の僕の恥ずかしい生活空間に彼女達はやって来て、てきぱき、てきぱき、そこを素敵なギャラリーへと変身させてくれる。安曇野スタイル赤沼家に関わってくれている人はいったい何人いるのだろう?ちゃんと数えたことはないが、クラフト作家さん達や、厨房スタッフ、購買部スタッフ含めると悠に20人を越えて30人近くいるだろう。そんな方々が入れ替わり立ち替わり都合をつけてやって来ては、掃いたり磨いたり、動かしたりしてくれるのだ。今回のスタッフは、殆どが女性である。男は僕と瓢箪ランプ作家のたくちゃんの二人だけ。男子は力仕事を中心に女子の邪魔をしないようにね。
マスクした方がいいよ!
誘導看板を作るブルックちゃん。
差し入れの漬け物でほっとひと息
土間の玄関には仮設ステージを組む。今年の赤沼家でのライブは一日だけだが、ステージが出来上がり、廻りの建具を外していくと、在来工法の我が家には広大な一間のスペースが出現する。去年のライブには100人近い人が来場してくれた。床が抜けるのではないかと心配なぐらい。
こんな無駄に大きな家は普段暮らしているとやっかいなことが多い。この家の面倒をみるために僕は生まれて来たんじゃねえ!と我が身を呪う事だってある。僕は、この家の管理人みたいなものだ。上手いこと使ってまた次の世代に手渡していく。だが、このやっかいな家に住めると言うことは大きな幸せを僕に与えてくれるのは事実だ。それは、普段はがらんと寂しい我が家を面白がって使ってくれるこんな友人達が居るからだ。こんな大きな家は人が寄ってナンボだと思っている。
四方開け放たれた室内には、外からの風がそのまま吹き抜けていく、そんな家であればいいな。
作品を並べていく
蕎麦粉を仕立て、器の準備も整った
開店を待つ赤沼家
オールドオルガンも磨かれて絶好調。
赤沼家手ぬぐいの前にビクター犬も整列
そして、開店・・・・・・・・えいえいおう!
「ああ、また騒がしいわ」