昼飯だと言うのに、美味そうな物が出来るともう、ほんと、いけないとはわかっているのだが、悪魔の水に手を出したくなる。
ああ、いかんいかん。
まだ昼なんだから。
だがしかし、妻もいないことだし少しくらいいいんでないかあ?と悪魔のささやき。
いやいやいやいや、ダメダメだめだめ。
午後まだやるべき事は沢山あるし。
誘惑を断ち切ってかた焼きそばを頂く。
パリポリッ、グビリッ!
因みに、カニに見えるのは日本が誇るフェイク食品 ”カニかま” である。
昼飯だと言うのに、美味そうな物が出来るともう、ほんと、いけないとはわかっているのだが、悪魔の水に手を出したくなる。
ああ、いかんいかん。
まだ昼なんだから。
だがしかし、妻もいないことだし少しくらいいいんでないかあ?と悪魔のささやき。
いやいやいやいや、ダメダメだめだめ。
午後まだやるべき事は沢山あるし。
誘惑を断ち切ってかた焼きそばを頂く。
パリポリッ、グビリッ!
因みに、カニに見えるのは日本が誇るフェイク食品 ”カニかま” である。
3月のある日、恒例の味噌の仕込みをした。
ずっとそうしているので味噌はやはり自分ところで仕込まないとと思っている。
市販の物は買ったことがないし、味が単純でどこか物足りない。
自家製味噌は発酵が止まらないので2年3年と経つとどんどん味や色が変わって複雑な味になって来るのも楽しいのだ。
味噌の仕込みはそんな難しいものではなくて、まずは大豆を煮て潰しミンチにしたら麹と塩を混ぜて樽につけ込んで放っておけばよい。
でも我が家の味噌仕込みはちょっと大変で、量が多いので友人達も巻き込んで味噌互助会を組んでみんなで一緒に作業をしている。
そんな仲間で無農薬大豆(ほったらかしなだけ?)の栽培から収穫、仕込みまでを全て手作業でやっているのだ。
ふた釜煮たりすることもあるが、今回は1回戦30㎏の大豆を巨大な専用羽釜でぐらぐらと煮る。
それと煮た大豆を潰すための味噌つぶし機を回すために、動力として発動機というディーゼルエンジンを据えなければならないからこれが大仕掛けで、我が家の味噌炊きは年間の一大イベントなのだ。
電動にでもすれば良いのに未だにコイツが動くもんだからずっと使い続けている。
50年以上前のエンジンで当時は色んな農作業に使われていたはずだ。
一人で移動させることは困難。
その重量はおそらく百数十キロはあるだろう。
大人2人がかりでやっと引きずり出して杭を打ち込み固定する。
先ずは試運転。
冷え切ったエンジンを暖めるためお湯をラジエターに入れ、しばらくしたらクランク軸にハンドルを突っ込んで腰を据え渾身の力でグルグル回す。
勢いに乗ったところでデコンプレバーを離してやると、最初黒煙を吐き出しながら単機筒エンジンは小気味良い音で回り始めた。
今年は一発始動!
エンジンの仕組みはよくわからないが、コンッコンッコンッコンッコンッコンッ!という排気音や吸気の音、細かいパーツがたてるカチャカチャ音も混じってなんともリズミックで心地よい。
多気筒エンジンにはないこの生き物のような躍動感もこの発動機を使い続ける理由なのだ。
たぶんこんなのを使って味噌炊きをやってるノは家だけだと思う。
うーん、かわいいやつ。
1年に一回だけ回してもらえるこのわずかな時間をコイツも楽しんでいるかのようだ。
発動期とミンサーはベルトで繋いで固定する。
大豆が煮えたらエンジンを回しこれをミンサーにかけて潰していく。
この潰したての大豆ミンチがまた旨い。
ホックホクで甘くて、この日にだけ食べられる懐かしい味。
時々つまみ食いをして作業は進む。
潰した大豆をシートに広げ、さましながら塩と麹を混ぜてひたすら混ぜる。
このままでは固いので大豆の煮汁も混ぜ込んで硬さを調整してね。
最後に練り上げた味噌のタネを木の樽にバンバン放り込んで空気を抜きながら仕込んでいく。
そして最後に古い味噌でふたをしてサラシを張って落としぶたを置き重しをすれば、これで仕込み終了だ。
おそらく開封するのは2年後かな?
美味しく育てよ!
と、手前味噌なお話でした。
表面に古い味噌でふたをする、こうすることで発酵が進む
山の仕事であちこち行くとその地域の独特の食べ物に出会う。
だから僕は行った先のスーパーマーケットを訪ねるのが好きだ。
総菜売り場に行くと手っ取り早くその地方の人達が何を食べているのかわかるからだ。
魚も国道沿いの鮮魚センターなんかで買うよりもスーパーで買えば安く買えることもある。
山梨に行けば、道の駅のお土産屋で結構なお値段で売ってるほうとうが激安値段で手に入るので、大量に買い込んで家の冷凍庫に放り込んである。
岐阜のスーパーでは総菜コーナーに巻き寿司の類が沢山あって、直径7センチはありそうな海鮮太巻きやバッテラも普通に見かけて楽しくなってしまう。
富山の友人宅で頂いたなれ鮨も、忘れられないおいしさだったなあ。
全国のどこに行っても同じチェーン店や量販店がならぶ街道筋の風景、住宅地には大手メイカーのプレハブ住宅が並ぶ。
どこもかしこも金太郎飴みたいになってしまった日本だが、食べる物っていろいろでおもしろい。
人は小さい頃から食べている食べ物を食べない訳にはいかないし、その時期時期にはそれを食べないと気が済まないわけだ。
だから山に行くって言うのは、普通の旅行では訪れない地域にも入り込んでいくことだし、その地域の人たちしか知らない食べ物や風習にも出会う事が出来るわけで、観光旅行では到底味わえないディープな世界に触れられるよいチャンスなのだと思う。
さてそんな訳で以前金沢や富山で食べた焼き鯖寿司を作ってみる。
その時の記憶をたよりにだいたいこんなかな?というなんちゃってだが、美味しくできました。
にぎり寿司のように直ぐ食べる必要もないし、というか、一日おいた方が馴染んで美味しい様な気がする。
お弁当にもつまみにも、友人へのプレゼントにも。
本場で買えば一本1500円ぐらいはする焼き鯖寿司だが、自分で作れば250円程だと思う。
ああ、また早く作りたい、笑
3月になって戻ってきた寒気が北アルプスにまた雪を降らせた。
栂池ロープウェイを降りてスキーにシールを貼り付け歩き始める。
さーて、雪洞はどこに掘ろうかなあとしばらくウロウロした。
掘り出した雪を捨てるのには、ある程度の傾斜があった方が楽なので栂池自然園の縁にあたる場所をそこと決め掘り始めた。
先ずは表面に積もった新雪を押しのけてその下のクラストした雪面を出す。
四角くスコップを突き刺して少しスコップをこじるとバコッと30センチ角の雪ブロックが気持ち良くとれた。
こりゃいいや。
お客さんの二人の女性にも手伝ってもらって2箇所から掘り進め中で合体させる建設計画だ。
掘っては外に放り出しまた掘っては放り出す。
中に行くと結構固いところがあって苦労したが、ほとんど休むことなく2時間。
今日のお宿は見事落成した。
縦長の三畳程のその空間は必要にして充分。
栂池自然園駅より徒歩五分、雪洞泊には絶対かかせない蝋燭を立てる燭台を三つ完備、物置付の1Kだ。
雪洞を掘り上げてからまだ時間があったので天狗原方面に滑りに出かけた。
今朝方誰かが踏んでくれた踏み後を辿ってハイクアップ出来たので助かった。
お客さんのお二人は雪洞もそうなのだが、新雪滑りもは初めてとのこと。
しかも、降り積もった雪は40センチ程ある。
果たして、滑れるだろうか?
少し不安がよぎったのだが、僕の心配は無用だった。
今回の新雪はとても軽くて板がストレスなくよく回った。
初めての深雪滑りでこの雪は大当たりだとおもう。
年に一回あるかないかの軽く深い雪。
二人には深雪滑りのこつを少し教えただけなのに、最初少し戸惑いながらもみるみる滑れるようになったのだ。
風は殆どなく静かな夜だった。
僕たちが掘りあげた雪洞の中は更に静かで、燭台に灯したキャンドルの炎が音もなく燃え、掘り出した多面構造の壁面を美しく照らしだす。
うっとりするよなこの雪洞の世界。
雪洞って寒くないのですか?と良く聞かれる。
はて?
暖かくもないが寒くもない。
それが答えだな。
コンロを炊いてもテントのように室内は暖まってはくれない。
お湯が沸けば室内は深い霧に包まれる。
難儀なこともあるにはある。
だが、例え外が荒れ狂う吹雪の夜だとしても僕らはそれを知らずに眠ることが出来る。
湿度が相当高いので寒い時期の方がより快適だろう。
あれこれ作りながら熱燗を頂く。
静かに静かに雪は降り続いた。
朝目覚め外に出ると、更に30センチの積雪があった。
身支度を調えハイクアップする。
板が踏みつける新雪がふわりと舞い上がるほど昨日以上に軽い雪だった。
この二三日で降り積もった雪は70センチ程あるだろう。
ロープウェイの運行はまだまだなのでこの大斜面は僕たちだけの世界だ。
天狗原まで殆ど踏み後もなくなった斜面を喘ぎながら登り上げて先ずは1本目。
腰まで潜る程だが板が楽しく回るしスキートップがあげる雪がゴーグルの顔面を直撃して前が見えない。
いわゆるオーバーヘッド。
気持ち良すぎだ。
さすがにいい歳こいてヒャッホーとか声は上げないが心の中では笑いが止まらない。
滑り終えるとまたハイクアップしてすかさず2本目。
シールに雪が付着してスキー板への張りつきが悪くなってきたのを何とかして更に3本目。
お客さんお二人もだんだん思い切りがよくなって、なかなかうまいことやっている。
はじめてでこれはないでしょ?
70センチであれはないでしょ?
初めてでオーバーヘッド滑っちゃうの?
さんざん滑ってから雪洞にもどり荷を担いでゲレンデを下山した。
夢の様な二日間。
復活なった倉下の湯に久しぶりに入る。
飯森の山人にて蕎麦をたぐり、穂高駅解散。
みもこころも、さっぱり!
はあ、最高だったね。