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りんどう池付近
立山室堂から雷鳥沢に向けて歩いていくと、みくりが池のところで地獄谷へのルートを分ける。しかし、ここは震災後、異常な火山性ガスの噴出が続いているため現在立ち入り禁止となっている。分岐には新たに鉄製の頑丈なゲートが設けられ、事の重大さが見て取れるのだ。みくりが池山荘の先へ進むとりんどう池にいたる。ここは、まさしく死の谷と化していた。今年の7月訪れたときは、まだ命を繋いでいたはずのハイマツや、ミヤマハンノキやチングルマがことごとく死滅して、かろうじて、ガンコウランとか、クロマメノキが生きながらえている。この谷は、地獄谷からの噴気が西風に煽られて、最も濃度高く入り込むところだ。この日は、風が室堂駅方面に流れていたのでよかったが、いつもなら、鼻はツンツン、目はシバシバとして、息を吸い込むこともはばかられる様な強い亜硫酸臭がする。
100年来起きなかったことが今この足下で起きている。長い宇宙の営みの中で、僕ら人間がその目に出来る事がらは、ほんの塵の一粒にも満たないものなのだろうと思う。だが、そんな小さな出来事にさえ僕らは翻弄され、恐れ、終いには畏敬の念を抱かざるを得なくなる。おそらく、薄氷一枚程の微妙な環境の上に僕らの命は繋がれている。そしてそれは、まさしくこの世が奇跡の場所なのだということだと思う。
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枯れたハイマツそして地獄谷の噴気
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剣岳
佐伯友邦さんだ。言わずと知れた剣の主だ。誰がなんと言おうと。僕はここ剣岳に訪れる場合、友邦さんが経営する剣沢小屋を利用している。ここに顔を出さずに、剣沢を通過すると言うことは出来ない。と言ってもそれは、決して威圧的なものではなくて、友邦さんの物静かな優しい笑顔に引きつけられるといったものだ。
僕がまだ若かりし頃、友邦さんに少しぶっきらぼうな富山弁で声を掛けられた。
「あんた、なんで声を掛けていかんが?あんた、ガイドやっちゃ?」
剣沢雪渓は、毎年その状況が大きく変わる。それは日々変わっていると友邦さんは言う。知ったかぶりをして、お客さんを連れ雪渓を下ろうとしていた僕は、己を恥じた。そうなのだ、非常に不安定な雪渓だから、それを知る人の話は聞いていくべきなのだ。実際10年ほど前になるが、ツアー登山のガイドが、雪渓を踏み抜いて未だに行方不明となっている。秋に向けて雪渓は次第に薄くなり崩壊していく。それは、毎年同じものではない。
友邦さんと息子さんの新平君は、日々ここを通過する登山者に道の状況を説明している。手書きの地図をコピーしたルート図に赤ペンで書き込みながら、一人一人に丁寧に説明してくれいるのだ。そのために数日おきに現場を見に行ったりもしている。それは、実に大変な事だ。ここ剣岳を知り尽くしているからこそ、その情熱は失われないし、この親子の誠意に守られて僕らは安全な登山が出来ているのだと思う。頭が下がる思いだ。
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佐伯友邦氏
この一見ホームレスのおじさんみたいな人は国際ガイドの多賀谷治氏だ。(多賀谷さんごめんなさい!)よく見れば、サングラスもかっこよし、タオルのかぶり方だって普通じゃない。(少しもちあげて)そんじょそこらのホームレスとは訳が違う、正真正銘の剣沢のホームレスなのだ。(またまたごめんなさい))しかもあの長谷川恒夫の弟子なのだ。少し体調を崩してしまい、その体調管理のためテント暮らしをしているのだという。
2008年7月初旬、別山乗越を越え室堂に下山しようとしていた僕に、多賀谷さんが声を掛けてくれた。
「あんた、ちょと手伝ってくれんかのお?」
折しもその時そこには、「剣岳 点の記」の撮影隊が居たわけで、撮影は佳境を迎えていた。多賀谷さんはそのガイド統括をしていて、ガイドが足りないと言う事だった。それであちこちで見かける僕に、とっさに声を掛けてくれたらしいが、お陰で僕は翌日から「点の記」の撮影隊に混ぜてもらう事になった。
浅野忠信、香川照之、松田龍平、仲村トオルなどなど、蒼々たる人気俳優さん達と大がかりな撮影隊、ガイドを含めた総勢は50人を越していただろう。その撮影隊が、寝食を共にして移動しフィルムを回していく。木村大作監督の現場主義が貫かれ、わざわざその場に行って撮影が行われた。天気が悪ければ停滞。山小屋がいっぱいの時は、テントにも泊まる。僕が関わらせてもらったのは、ほんのわずかな間だったが、始めて体験する貴重な経験だった。
久しぶりにお目に掛かったし、体をこわしている事も聞いていたので思わず僕は彼にハグをしてしまった。そのからだは少し痩せたようだが、その明るく力強く、そして少し悪戯っぽい笑顔は健在だった。多賀谷さん、感謝してますよっ!、頑張ってね。
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多賀谷治氏
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鹿島槍
二日目、剣岳の岩場の渋滞を避けて、僕らは早朝に出発した。天気は雲一つない快晴。夜が明けると、うっすらとたなびく朝靄に太陽の光が透けて、レンブラント光線が美しい。朝焼けがそれほどでなくても、これだけのクリアーな光を浴びて、岩稜を行くのはとても気持ちがいい。心の底に吹きだまった、訳の分からないもやもやした糸くずみたいなものが次第にほどけて、風に飛ばされていく。そんな感じだ。この日は終日晴れ。僕らは剣岳頂上を越えて快適に北方稜線を北へ向かう。
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剣御前 遠く薬師岳
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レンブラント光線
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我らの影 前剣の門付近
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八つ峰のクライマー
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氷河小窓雪渓
池ノ谷ガリーを下り三ノ窓、そして小窓の王を巻くと小窓の領域に入る。小窓雪渓は、近年それが氷河であることが証明された。要するに、この雪は時と共に下流へと動いているのだ。通常の雪渓は動くことはない。氷河と思うとそれだけで、なんかドキドキするのだが、その姿は昔と変わらない小窓雪渓だ。傾斜は緩く、敢えてアイゼンなど必要ないが、あった方が快適かも知れない。
小窓雪渓から鉱山道に入る。結構緊張するトラバーズ道だ。この鉱山というのは、大正から昭和に掛けてあった、池ノ平モリブデン鉱山の事で、池ノ平小屋の菊地さんによると、採掘のピークは3回あって大正、太平洋戦争中、そして朝鮮戦争のころだという。特に、大正期は世界一のモリブデン鉱山であったという。小屋周辺にはいくつかの坑道があって、そこから掘り出した原石を砕いて、モリブデンを剥離させ集めて、背負い降ろしていたらしい。モリブデンは鋼材に混ぜると、耐熱性があがり、エンジンのピストンや回転部分、銃身などに使われた。ここで採掘されたモリブデン鉱が、零戦へとつながり、やがて、知覧へ、そして、朝鮮半島分断へと続いているのだ。
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モリブデン原石
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バッタくん
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ルリボシヤンマ
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十五夜の月に八っ峰
池ノ平から、本日の宿仙人池ヒュッテへ。ご覧になっている写真は幻でもトリックでもない。そのまんまだ。僕は、この裏剣の景観は、日本屈指の絶景であると思っている。では、他は何処かと聞かれたら、どこと答える事は出来ないのだが、ここだけは絶対外せないと思うのだ。裏剣の大岸壁が、鏡のような仙人池に映る。朝な、夕な、夕焼けや朝焼け、雲や星を背景に、この世のものとは思えぬ光景が僕らを魅了する。これはもしかして、幻ではないのかと疑念を持つほどである。でも、ここに数日間滞在する常連さんのカメラマンは、ここのところ天気が良すぎてまったくつまらんという。毎日同じだと。こんな、素晴らしいのにね。そう、彼らが待っているのは、本当に全てが完璧に仕組まれた、奇跡の一瞬なのだろう。健闘を祈る。
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朝日を浴びる裏劔
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完璧な鏡面そしてシンメトリー
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最終日、僕らは仙人新道を下って二股から剣沢をしばらく登り、梯子谷乗越を越えた。下ればそこは、黒部の隠れ里、蔵之介平だ。年々道が悪くなって、若しかしたら、北方稜線よりも緊張する道を下って黒部川へ出会う。水平道を遡れば黒四ダムだ。人の行き来も稀な静かな山道からいきなり、観光客でごった返すトロリーバスの駅舎に入ると、いつも僕の心の中には小さな混乱が生まれる。果たして、どちらが本物の世界なんだろうかと。
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紅葉?・・・・・・オオカメノキ