山岳ガイド赤沼千史のブログ

山岳ガイドのかたわら、自家栽培の完全手打ち蕎麦の通販もやっています。
薫り高い「安曇野かね春の蕎麦」を是非ご賞味下さい

今年はありがとうございました、来年もよろしく

2013年12月31日 | 蕎麦の販売

 年末のこの四日間で蕎麦を500人前ほど打っただろうか。腕はパンパン、背中はバキバキだ。そもそもなんで蕎麦の販売を思いついたかというと、いつも我が家の玄ソバ(ソバの実)を買ってくれていた蕎麦屋さんが、

「今年は引き取れない」

と言うもんだから、あちこち売り先を当たってはみたのだが、蕎麦屋さんはみんなきまった仕入れ先があって、俄にやってくる商談など相手にしてくれないのである。では、農家の味方の農協さんへ行ってみると、

「今年はソバが大暴落で一袋3,000円だね。選別がすぐ始まるからすぐ持ってきて。」

と今度は言うのである。今まで取引のある蕎麦屋さんは一袋22,5kgを10,000円で買ってくれていたので(ここは呑気な蕎麦屋さんで、これは今考えれば破格の値段、相場とはかけ離れた値段だったようだ)、先ずはその値段の安さに唖然とする。20袋500kgを出したとして7万円程にしかならない。これだと刈り取り賃も危ない。近所の製粉屋さんが、そこそこの値段で買ってくれて225kgはなんとかはけたのだが、未だゴミを取り除いてない蕎麦の山はどう見てもまだ400キロはあるのだった。ざっと見積もって4,000人前のソバだ。そんな綺麗にしてる暇ないし、3,000円じゃやる気でないし。

 ぼくは頭を抱えた。その取引相手の蕎麦屋さんは、とても美味い蕎麦を出す。ぼくが一番尊敬する蕎麦屋なのだ。そしてうちの玄ソバがあの素晴らしい蕎麦に変身することを少なからず誇りに思っていた。それが今、農家の味方の農協さんに3,000円で売り渡されて、ぞんざいな扱いを受けて(農協さん失礼)、どこか解らない遠い所に行ってしまうという現実に直面してぼくは途方に暮れた。それは崖っぷちに立たされたようなものだ。でもだからと言ってどうしても3,000円で売り渡す気にならなかったのだ。

「ならば、自分で蕎麦を売ってしまおう!」

 それから蕎麦の商品化が始まった。大町の木崎湖畔で日本一奇妙なコンビニを経営する友人Yちゃんに相談したら

「通販したら?私も応援する」

となって、背中を押されるように商品化が始まった。プラスティックパックや汁の入れ物をアレコレ物色したり、ビニール袋詰めしたものを熱溶着するシーラーも買った。205リットルの冷凍庫を新たに購入したり。ラベルも作った。上手な蕎麦の茹で方も蕎麦粉のレシピも書いた。打ってパックしたものを毎日Yちゃんに届けて食べてもらったのだが、Yちゃんの小学生になる息子君には「また蕎麦?」と言われる始末。実はそんな事が前もあって、ぼくが蕎麦を打ち始めた頃、しょっちゅううちの子供達に粗末な蕎麦を食べさせていたのだが、そのせいでうちの子供達は蕎麦が嫌いになってしまった。 

 新しいことと言うのは全てが未知の世界だから、次々と現れる難題を一つ一つやっつけて行かなくてはならない。それはジグソーパズルを組み合わせて行くのとよく似ていて、次なる一手がパチンと決まるまで、寝ても覚めてもそれが気になって落ち着かないのだ。白馬界隈では良い雪が降ってパフパフのスキーシーズンに入っているというのに、薪割りもしたかったし、年賀状も何も手をつけてなくて、正月飾りもまだ飾り付けられぬままだ。暇な時期に東京にも行きたかったのだ。12月にやろうと思っていたあれこれは全ておじゃんで、この一ヶ月ぼくは蕎麦の製品化に追われた。そして27日からは連日打った蕎麦は約500人前、夜中の11時まで打ったし、蕎麦つゆは36リットル仕込んだ。その忙しいさなかに、餅つきもやったし。それで、腕はパンパン、背中はバキバキなのだ。

 しかし、こんな風に自分の育てた(育てたなんておこがましい、ソバは勝手に実ってくれました)ソバの実が、手打ち蕎麦となってみなさんに買って頂けるというのは、農家としてのぼくの理想がひとつ実現したことになる。ある意味自給自足が成立している訳だから。食べるものは、自分で収穫して裁いて、調理して口に入れるのが良い。ダイレクトなほど良いとぼくは思うのだ。

 今年、ソバは出荷段階で大暴落をしても、蕎麦屋の値段はおそらくビタ一文下がらない。玄ソバが粉となって農家から蕎麦屋に渡るまでに、いろんな人が手を突っ込んで「濡れ手に粟」ならぬ「濡れ手にソバ」となって、途中で儲けを出す人達が沢山いるのだ。余談だが福島第一原発の作業員は第6次下請けまでいるという。東電は作業員ひとりにつき相当な金額を出していて、それを無責任な輩達がみんな手を突っ込んで儲けを抜いているのだ。作業員は易い賃金で働かされる。そして多額の費用負担は全て消費者へ転嫁される。割を喰うのはいつも現場の人間と決まっている。

 話は戻るが、ものが動く時はおそらくこんなもんなのだ。自分の意志とは裏腹に、それは突然成り行き任せに始まったりする。でも今回の蕎麦の販売は、何処かで何となくイメージしていた事でもあるのだが、多分面倒くさがってこんな事でも無ければ、何事も起きずに過ぎ去ってしまった事なのだと思う。でも、窮地に追い込まれ、そこで閃いて、後押しをしてくれる友人がいて今回事が始まった。

 そう、ぼくはずっとそう思ってやって来たのかも知れない。イメージすればそれは実現する。心にピンッと来るものに寄り添って導かれていけば大丈夫だと。金がなくなれば、仕事が舞いこんだり、新しいアイディアが産まれたり、人生は不思議なものだ。まるで何かに弄ばれているかのようなものだが、そんなやり方はとてもエキサイティングで大きな喜びをぼくに返してくれる。これからもずっと、なんとかなるさとぼくは思っている。

今回蕎麦を注文して下さった方々ありがとうございます。そして良い年をお迎え下さい。

 

※まだまだ「安曇野赤沼家の蕎麦」の販売は続きます。

あたしはやっぱ退屈なのよ 


下北沢LOWNでライブやります。

2013年12月23日 | 音楽

連日寒いですね。

さて、縁あってカツラマズルカさんと我がバンドプレイトーンズで下北沢のライブハウスLOMNでライブやります。

カツラマズルカはアランパトン(アコーディオン)、多田葉子(クラリネット、サックス)、岩原アブ(チューバ、ベース)の三人からなる、バルカンジプシー音楽を演奏するバンド。軽快かつどこかもの悲しいカツラマズルカの世界は、遠いヨーロッパの街角を思いおこさせます。

プレイトーンズは、安藤則男とぼくのギターデュオ。今回は三線むすめの若林つやを引き連れて、厳冬の信州から下北沢見参でございます。つやの染み入る様な歌声をお聞き下さい。

東京でのライブ、ドキドキします。

皆さん是非お出かけ下さい。

プレイトーンズvsカツラマズルカ ライブ

1月8日(水)18:30OPEN 19:30START

下北沢 LOWN

 世田谷区北沢2−34−8北沢KMビル三階

 TEL 03−6407−1919

 2,500円(ワンドリンク付き)

 http://lown.jp/


THE HIT PARADE 面白歌合戦

2013年12月17日 | 音楽

 山もオフシーズンになると、またむくむくと別な衝動に駆られ、じっと己を顧みる暇もなくいろんな事に手を出す性格は変わりません。意外とめんどくさがりやなのに、することをどんどん作ってしまって、忙しさに追われるのです。今回は我がバンド「PLAY TONES」と舞踏家「キムG」と三線むすめ「つや」のコラボ。じゃんけんをして、先攻、後攻を決めながら進む、面白歌合戦であります。なんと、フリーフードって。食い放題?????

と言うわけでライブに出ます。来年早々1月7日には下北沢でもライブの予定。

みんな来てね。


 

詳細

2013年を音楽で締めくくる。聴いて踊って鬼を笑わせるも良し!(ちょっと長いけど)木村企画クリスマス大忘年会 THE HIT PARADE 面白歌合戦

●面組
Da Rue
Play tones+キムG+つや
あすえバンド
スパン子&ゆっきー+園原弘美
●白組
Padge
デパートのかいじん+シモG
チョコレートタウンオーケストラ
井原羽八夏

ゲスト:たゆたう
DJ:鏑木章裕/metoba traffic
舞台美術:なかやま☆はるか

入場料1800円 フリーフード

 

 


西穂高岳転進飯縄山12月13,14日

2013年12月15日 | ツアー日記

 今年の冬は冬型の気圧配置が続いて、北アルプスには雪雲が常に掛かっている。寒気の流れ込む方角が北西寄りだと、北アルプスの北部に偏って雪が降りがちになるのだが、このシーズンは西側からの流入となっていて、安曇野界隈でも、雪雲が空を覆って、ちらちらと風花が舞っている。北アルプスに沸く雪雲の先端は、安曇野や、松本平を通り越して美ヶ原方面までをその支配下に置く日も稀なことではない。

 12月13日、松本でお客さんと集合して、初冬の西穂高岳を目指そうと思っていたのだが、駅舎から眺める北アルプスは麓まですっかり雪雲に覆われ、天気予報を見ても初冬の西穂高岳登頂は絶望的であった。さてどうしようか?南に転進するのも、八ヶ岳辺りは風が強うそうだ。ならばいっそ、北へ向かってラッセル天国も良いだろうと言う事で、お客さん全員が登ったことがないという飯縄山に転進することにした。

 信濃大町からオリンピック道路を通って北へ向かう。道は山道となって峠を越える頃にはすっかり辺りは雪景色となる。後席から「うわー、綺麗!」とお客さん達がしきりに声を上げる。僕にとっても今年初めての本格的雪景色だから、これから始まるスノーシーズンへの期待感もあって、僕も内心かなり興奮してしまった。冬はやっぱり素敵だ。

 小川から鬼無里そして、戸隠まで雪のワインディングロードは圧雪も多く細心の注意を払って運転をした。いくら雪国のドライバーと言えども、その年の初雪の時には、車の操作を誤ってスリップさせ畑に突っ込んでしまったりする人が結構居る。ブレーキの感覚が雪の上では全然違うので、雪道走行モードを取り戻すまで事故が起きるのだ。

 戸隠中社の宿坊「横倉」へ入る。戸隠周辺はどこもかしこも圧雪で、車を降りて歩くと路面はツルツルだ。この時期はまだ気温が高めなので雪がよく滑る。厳冬期のほうが、雪はパサパサで足下は確かな感じだ。それにしても、東京地方が大雪に見舞われた時のニュースは雪国の人から見たらかなり滑稽である。雪国の人には雪に対する足裏感覚があって、それは登山道の滑りやいザレ地などを歩くのと同じような足の裏感覚なのだが、雪に馴染みのない地方の人はその感覚がないのだろう。すってんすってん転んで、車はエンジンをバンバン吹かしてなんとかしようとする。笑っちゃいけないがあれは・・・・・・面白い。

 そう多くはないが雪は一晩中降り続いていた。新たに10センチほど降り積もっただろうか。朝食を頂いてから、一の鳥居登山口に向かった。登山口には既に車が一台有って、先行者のトレースが山の中に入って行っていた。それをだどって、ゆっくりと登っていく。積雪は1時間も登ると40センチ程に達した。先行者は単独のようだ。単独行、その気持ちは解らないでもない。先日の霞沢岳の遭難者の件もあって、本来単独は慎むべきと思うのだが、白状すると僕も単独で山を歩く衝動に駆られる事がよくある。一人で味わう山は、とてもセンシティブだ。自分の五感をフルに使って、歩くその感じは、恐くもありそして、僕を癒してもくれる。なんだかんだ言って、寒いとか、暑いとか、痛いとか、冷たいとか、恐いとか・・・・・・そして寂しいとか、そんな自分の心がむき出しになる感じが僕は好きだ。頑張れ!・・・・・いや、辞めてしまえ!常に心の中には葛藤がある。日常の中で起こる大概の事がどうでも良くなるぐらい、目の前で起こることに集中しなくてはならない単独行は特別なものだ。先行者は途中からワカンを履いたようだ。僕らは、踏み跡を利用させてもらってツボ足のまま登っていく。ありがたい。

 途中、鹿の足跡が道を横切った。それは何故か両脇がうっすらとピンク色に染まって見える。初め目の錯覚かと思ったのだが、それはどう見てもピンク色なのだ。新しい雪をどけてみると、それはなんと血痕であった。この鹿はおそらく猟銃で撃たれ、手負いのまま仲間と共に山中を彷徨っているのだ。仲間について行けなくなれば、彼は程なく息絶えるであろう。若しかしたら、もう既に死んでしまっているのかも知れない。自然界は非情な世界だ。

血痕

ノリウツギ

 頂上間近となって肩を越えいったん道は下りとなるが、そこで先頭をラッセルをしてくれていた方にようやく追いついた。丁重に礼を言って、トップを交代したが、稜線上の雪は半端ではなかった。股下までのラッセル。雪が笹の上に降り積もっている為か、時々それを踏み抜いてしまうと胸まで潜ってしまう。こんなに積もっているのだと改めてびっくりしたのだが、もがきつつ頂上間近になるころ、ふり返るといつの間にか20人ほどのスノーシューの団体に追いつかれていた。一瞬ぎょっとしたのだが、音もなく現れたその団体にさんに、最後のラッセルをお任せして、僕らは後についた。だが、体重が重い僕ばかりが、その踏みならされたトレースをさらに踏み抜いて、頂上に着く頃には結構ヘロヘロになってしまった。観念してワカンを着ければ良いのに、面倒くさかったのだ。

 思いがけず賑わう飯縄山山頂を跡にして往路を下山した。トレースにはずっと鹿なのか、カモシカなのか獣の足跡が残っている。いくら動物とて、新雪の中を歩くのは大変らしくて、ちゃっかりと人間のつけたトレースを辿っているのだ。一歩も踏み出さず、それは下へ下へと向かっていた、と、突然その獣は道を外れ山中にその行く先を変えていた。しかし、その獣の踏み跡は、足跡の脇が深く何かを引きずったかのように掘れて溝のようになっている。これはどうも鹿や、カモシカじゃないな。もしや、イノシシ????それにしても、イノシシってこんな足短いかなあ????・・・・・いろんな思索が頭のなかを巡るのだが、いまいち納得しないままに僕らは降りていった。途中殆どのラッセルをしてくれた単独の方に先を譲ったのだが、下山後聞くと、彼はイノシシを見たという事であった。やっぱりイノシシだろうか。そんなこんなを連想しながら歩く山ももまた冬の楽しさだ。

 

 


新蕎麦をあなたに

2013年12月12日 | 安曇野の暮らし

新蕎麦が打ち上がりました。

時が動く時は動くモノだなと思うのです。蕎麦の通販を始めようかと現在準備中です。僕が育てた自家栽培、石臼引き、手打ち蕎麦です。

TPPの影響でこれからの農家は国が守ってくれるわけでもなくなるのです。自分で何とかするしかないわけで。

背中を押してくれる友人もいて、おしっ!やろうかと。

面白いじゃないの!やってやろうじゃないの!

新しいことは、常にエキサイティング。

初めて見る世界が目の前に広がってる気がするのです。

ご興味の有る方、ご連絡を。

詳細はまた後日。


結晶 氷の森

2013年12月08日 | 雑感

 先日の八ヶ岳第二日目は快晴の朝であった。夕べは風もなく静かな夜だった。朝の外気温はマイナス15度。しかし黒百合ヒュッテを出て歩き始めてもそれほどの寒さは感じない。風があるとないとでは大違いだ。風は僕らの体温を奪い続け、一定のラインを越えると、僕らの命さえ奪おうとする。しかし、この日は陽の光が僕らの体をじんわり温めてくれた。

 天狗岳に向かう稜線の道に結晶を見つけた。ウラジロモミや、岩についた苔の上に、高さ一センチ程の結晶がびっしりと発達し、遠目に見れば羽毛を敷き詰めた様に見える。近づけばまるで氷の森ようだ。そしてそっと指でなぞれば、それは何の抵抗もなくはかなく崩れ、氷の粉になってしまう。

 これは風が吹き付けて出来るエビの尻尾の様なものではなく、霜の様なものなのだろうか。はたまたこの時期の植物はまだ水分を吸い上げその葉から蒸散させていて、それが風のない静かな夜、密かに発達するのだろうか。定かではない。

 目にするものを余り気に掛ず、色んな美しい物達を見過ごして僕らは歩いている。実は美しいものはそこかしこに溢れているのに、それに気付かないまま、僕らは暮らしているのだ。自分の暮らす場所の様々は、やがて自分の日常となり、例え僕らがそれを毎日見ていたとしても、何も感じなくなってしまうものだ。でも、よそから来た人達は始めて見る、僕らの日常を目にして驚き、感嘆の声を上げる。始めて見る世界は、彼らの心の奥底に、なんのフィルターも掛けずにすっと入り込んで、感情を揺り動かす。僕らの中では、珍しくも何ともない光景に。

 僕はこの小さな氷の森を始めて見たわけでないと思うのだ。それは、おそらく僕の日常と言う引き出しに仕舞われたありふれた光景になっていたのかも知れない。だが実は、その本質は驚くほど繊細で美しいものであった。感動と言うものは少し視点を変えれば、そこかしこに見つける事が出来るのかも知れない。

 幸せとはおそらくそんなものだ。

 


師走だね。

2013年12月06日 | 安曇野の暮らし

 忙しく暮らしてきた夏から秋が終わって、いよいよ全てがシンプルになる冬を迎えようとしている。だが、ここが正念場で、冬前にやっておきたいことが沢山ありすぎて、ここの所の僕は少し混乱している。休みの日などは、頭の中をグルグルといろんな事が渦巻いて、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと思いつつ、撮った写真をあれこれ眺めたり、整理したり、結局こんなブログを書き始めちゃったり、僕は自分のしたいことの誘惑にめっぽう弱くて、やらなければならない事がついつい後回しになる。そして今日一日、何やっていたっけ?となるのだ。

 

 

 仕事に腐ればカメラを持ってふらりと出かける。そんな気ままな僕だが、ほんとはもっと優先すべき事が沢山有るのは解っていて、帰ったらやろう、明日こそやろうと心の中には詫びるような気持ちを持ちながらも、僕は何かを求めてうろつき回っているのだ。こんな時に良い写真が撮れると、僕はいきなりハッピーになり、ロクな物が撮れない時はガックリと落ち込む。何やってるんだ僕はって。

 

 

 

 最近薪ストーブの燃え方がおかしいので煙突を掃除した。「薪ストーブ=危険」だと思う人がいるがそれは大きな間違いで、危険なのは、煙突が詰まっているのに、煙突掃除もせず火を焚き続けるから危険なのである。煙突の中を立ち上る高温の熱気が、詰まったススに引火し、やがて火を噴く。煙道火災と言う奴だ。だからそれさえやっておけば、火事になることは先ずないのだ。

こんな風に書くと、まるで僕が頻繁に煙突掃除をしているかの如く思うかも知れないが、実はそうではない。これは結構面倒くさい仕事で、僕は余り好きではないのだ。煙突をストーブから外したり、脚立を立てたり、上ったり降りたり、取り除いたススがあちこち飛び散るしと、結構大騒ぎになる。でも、やればやったで気分は良いもので、すかさず着火して調子を見たり。吸い込みがよくなると炎は景気よく燃え、僕はニンマリほくそ笑むのだ。

 僕は元来掃除とか、片付けるということが苦手だ。そう言えば、冬山用のオーバーグローブはいったい何処に有るのだろう。登山用品部屋の何処かに有るはずなのだが、その在処は定かでない。羽毛シュラフも一つ見かけない。あんなデカイもの、いったい何処にやっちまったんだ僕は。多分、山積みになったプラスチックケースの何処かに入ってはいると思うのだが、全てはだらしなくやりっ放しだった報いなのだ。

 嗚呼、三日月が綺麗だなあ。

 

 最近酒を少し控えている。飲まない日を作る、いわゆる休肝日だ。そんな時は暗くなってから夜遊びに出かけることも出来るから、それも悪くはない。

 長峰山は安曇野の東山にある展望の山だ。先日のツアーで行った光城山のお隣で、展望がとても良い。車で行けるので、星の写真でも撮ろうかと行ってみたのだが、夜空は夜景が明るすぎてぼんやりしたものしか撮れなかった。

 僕は中学生の頃星が大好きで、父親のミノルタを借りてが家の前で長時間露光をしたりしていた。8時間もシャッターを開けっ放しにしても、星の軌跡は綺麗に映ったものだ。でも、現代ではそれは無理な相談で、そんなに開けたら空は真っ白けに映り、星達はその中に埋もれてしまうだろう。

 深い山中に三脚を担いで出かけるか?街から遠いところまで延々と車を走らせるか?それしか無いのだが・・・・・・・・面倒くさいね。

師走の安曇野あれこれ  


13初冬天狗岳12月2,3日

2013年12月03日 | ツアー日記

 唐沢鉱泉から上って黒百合ヒュッテへの道はうっすらと雪が積もってはいたものの、この所の冷え込みで雪質は乾いていて、歩く度にギュッギュッと靴が鳴る。こんな時はアイゼン無しでも足下は滑らなくて具合がいい。雪の量はまだまだ薄く数センチから多くても10センチぐらいだろう。それでも、里から見上げる八ヶ岳はすっかり雪が被ったように見える。それも多分この冬の寒さが原因で、そう多くはない雪が融けないでいると言うことだ。

 2時間ほどで今日の宿「黒百合ヒュッテ」に到着した。ここは僕が大好きな山小屋の一つ。小屋の中も外も、昔ながらの風情を色濃く残す。その基本的な造りはあくまで華奢な感じの和風なもので、土間から一段あがった板間は、かつてそこには囲炉裏があったのだろうと容易に想像出来る。猟師や木樵達が拠り所とした・・・・まさしくそんな風情だ。それを大切に、工夫をして使っている感じがなんとも落ち着くのだ。しかしそれは、ただノスタルジックというのではなくて、壁に掛かる画や、売品や、家具にはモダンでお洒落な雰囲気がある。そんな風情というものは、とうてい一日や二日で醸し出せるものではない。多くの人達が愛情を込めて、触り磨き暮らしてきたからこそにじみ出るもの。変わらず居ることの素晴らしさをこの小屋の人達は知っているのだと思う。何処を見ても暖かさが伝わって来る・・・・・・素晴らしいことだと思う。僕の家も築120年の古民家だが、こんな使い方を見習いたいと思うのだ。

使い込まれ磨かれたランプ


喫茶兼売店・・・・なんか落ち着く


いろんなバッジが売られている


ハイカラなワッペン(買ってくれば良かったと後悔している)


ヒモを引っ張るとカラコロ鳴る


可愛い膝掛け こんな気遣いがいいね


大型の薪ストーブ、力強い暖かさ


 板間には一つ炬燵があって、夕食までお茶を飲んだり、おちゃけを頂いたり。炬燵ってやっぱりいいな、文句なく和む。少々部屋の中が寒くても平気だし、他が寒けりゃみんなそこに寄ってくるし、そうすれば会話も生まれて自然と笑顔になる。しかも、なんと言っても炬燵は省エネである。こんなご時世、電力会社に原発再稼働の為の口実を作らすのもなんかシャクで、実は我が家でもこの冬から炬燵を復活させてみた。今も炬燵に足を突っ込んでこのブログを書いている。裸足の足がほんわか温かくて実に気持ちがいい。

 この小屋はほぼ全ての電力をソーラーで賄っているのだそうだ。小屋の脇には最新鋭のソーラーパネル施設があって、その生み出される電力の殆どは浄化槽の保温と酸素供給に使われ、残りを明かりやら何やらに使っているのだとのこと。だから、照明は控えめでほの暗く、これがまた素敵な雰囲気だった。

 夕方までは寒気の影響か、灰色の雲が八ヶ岳の上空を重く覆っていたのだが、夕食を頂いてから外に出てみると、その雲は嘘のようになくなって満点の星が輝いていた。ちょうど東から冬の星座の代表格オリオン座が上ってきていた。僕は中学生の頃星が大好きで、特に冬の夜空が大好きだった。オリオン座、双子座、牡牛座、おおいぬ座など冬の星座はとても解りやすいし、冬の星達はよく瞬く。キラキラ星っていうのは冬の星のことなのだ。これは気流のせいらしいのだが、夏の星は殆ど瞬かない。

 今ここで僕らが目にしている星たちは太陽を別とすれば近いものでも4光年、遠いものは132億光年の彼方に存在する。その光がそれぞれの時間を掛けてこの宇宙空間を突き抜け今地球に到達し、僕らはそれを一緒くたに見ているのだ。つまり、今生まれたばかりの光と、132億年前の光を同時に見ていると言う事は、宇宙の歴史そのものを見ていると同じと言えるのだ。そこにはもはや存在しないかも知れない天体も沢山あるのかも知れない。時間こそが空間であるとすれば、宇宙の果てのその先はいったいどうなっているのだろう?宇宙物理学者の中には、宇宙は人間がそれが存在するとイメージするから存在するとまで言う人もいるし。ああややこしい、僕には物理学者は無理だ。まったく不思議だね。

右にオリオン大星雲(1,600光年)、左の明るい星の横には馬頭星雲(1,500光年)わかるかなあ?フォトチャンネルでご覧ください。


窓ガラスに発達した霜


 翌朝、朝食を頂いてから天狗岳へ出発した。風は殆どなくて、気温はマイナス15度なのだがそれほどの寒さは感じない。太陽が当たれば体も心も安心感でいっぱいになる。昨日以上に靴がギュッギュッとなる。顔を上げれば、太陽の光が容赦なく目を刺すから、目を細めて歩く。途中でアイゼンを装着して難なく東天狗岳に到着した。硫黄岳、赤岳、阿弥陀岳、南アルプスや北アルプスまで、遮る雲は何もない。まだ冬山には中途半端と思われがちのこの季節だが、この引き締まった空気と、一年中でもっともクリアーな視界は今だけなのだ。人も少なくて、山小屋はゆったり快適である。日帰りで歩く登山者も目立った。

 

発達した結晶はまるで羽毛の様だ


硫黄岳、赤岳、阿弥陀岳


東天狗岳 遠く北アルプス


 西天狗岳へ上ってそのまま西尾根を唐沢鉱泉へ下った。雪も少ないので夏時間とさほど変わらず下山できた。この時期でもひとたび天候が荒れれば、そこは極寒の稜線であることは間違いない。だが、冬晴れのこんな日、さくさくっと歩ける八ヶ岳って、ほんとに魅力的。

 縄文の湯にて入浴、「みつ蔵」の新蕎麦をたぐる。この時期ならではの緑色を帯びた新蕎麦はとても薫り高くツルツルでなのであった。