
実に良く降った。2月8日の大雪も、結構なものだったが今回14日から降り始めた雪は記録的な大雪となった。太平洋側を北上する低気圧が、北からの寒気を受けて急速に発達しながら東日本から東北、北海道にかけて大量の雪を降らせたのだ。こういうタイプの雪を長野県では上雪と呼ぶ。低気圧に近い南部のほうが雪が沢山降る。僕が住む長野県安曇野市でも朝方から降り始めた雪は次第に強くなり、瞬く間にその量を増やした。長野オリンピックの年も凄かったが、僕の記憶の中ではそれを上回る積雪量となった。
ぼくは朝、雪が10センチ程積もった時点で庭の雪掻きを始めた。一通り掻き終わるともう最初の方は数センチ積もっている。それでも未だ僕は余裕でいたのだ。また10センチぐらい積もったので、再び雪を掻く。また初めの所には雪が積もってしまう。さあエンドレスの始まりだ。2時間おきぐらいに雪を掻く。ため込みすぎると大変になるから、こまめにやる。雪もそんなに重くなかったので、快調に何度かの雪掻きをこなしていた僕だが、夕方頃から僕の心の中には大きな不安が広がり始めた。雪は、一向に降り止まず、その勢いを増してくる。天気予報でも回復の見込みは相当先の事になりそうだ。
「これは、大変な事になるぞ、多分80センチクラスだな」
再び雪掻きに出る僕の体と気持ちは次第に重くなる。既に脇にどけた雪の山は高さ150センチ程になる。最初は横にどけるだけで良かった雪もはその度うずたかくなっていくので、さらに上に放り上げないとならなくなる。雪はますます激しく降りしきる。ばさばさと音が聞こえるほどだ。夕方まで5回をこなしたが、僕の体が悲鳴を上げる。夕食を済ませ諦めて就寝するまでにさらに2回。都合7回の雪掻きをして僕は疲れ果て撃沈した。
翌朝起きて絶望的な気持ちで外を見やると、雪は未だ降り続いていた。外にはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。新たな雪は40センチ程、降り始めからの積雪は多分80センチ程にもなる。我が家の華奢な納屋の屋根に乗った雪が多すぎてなんともアンバランスで不安を誘う。今にも潰されそうだ。庭に置いてある車はすっぽり雪が被り雪の山にしか見えない。朝食を済ませたがなかなか腰が上がらない。雪は昨日の夜半から重く湿った雪に変わっていた。今回は半端な事では済まない。やらなきゃ、やらなきゃと自分に言い聞かせるのだが、とうとう僕はめげてしまって、雪が降り止むのを待つ事にした。ここまで車が入る様に雪を掻いてきたのだが、もう人が通れる程にしか掻くことは出来ないだろう。もうその程度でいいやと、僕はあっさり白旗を揚げたのだ。
午前10時頃、突然救世主は現れた。近所の林さんという友人が、除雪機を軽トラックに積んで我が家に来てくれたのだ。彼は早速にエンジンを始動し、事も無げに除雪を始めた。ロータリーが雪を掻き込み、上に伸びたシュートから勢いよく雪を遠くに放り上げてくれる。素晴らしい機械だ。絶望が次第に希望に変わって行った。お先真っ暗(真っ白だね)だった僕の未来は、突然薔薇色の人生に生まれ変わったのだ。

30分ほどで画期的に除雪は終わり、林さんは軽トラックの窓からヒョイと右手を挙げて颯爽と帰って行った。格好いいぞ!男の中の男だのお。雪はようやくその勢いを失って来たが、この日夕方まで完全に止むことはなかった。
テレビでは今回の雪が災害クラスであることを報じている。各地で過去最高の積雪を記録した。東日本の高速道路は全て通行止めとなり、国道18号、19号、20号では何百台もの車が立ち往生して18日まで閉じ込められる事になる。中央線の特急あずさは今日現在未だ運行できていない。当然のことだが、催行が決定していた赤沼ツアー乗鞍岳は中止となった。コンビニにやスーパーには未だに食料品が品薄だ。関東の人達を笑えないほど、僕ら信州中南部人は雪に対して無防備なのだと思い知った今回の雪であった。

それどころではなかったのでずっと待たせていたのだが、夕方になって愛犬ハナの散歩に出かけた。道路の除雪は全く間に合っていない。待ちかねたハナは、引き綱を咥えてグイグイと僕を引っ張っていく。散歩を待ちわびていたのだ。田んぼ地帯でその呪縛を解いてあげると、彼女は嬉しそうにジャンプしては雪の原を走り回る。ハナの姿が雪の原に潜っては現れる。
♪犬は喜び 庭駆け回る 猫はこたつで丸くなる♪
これは本当の話。それはまるで水泳選手のバタフライを見ているかの様だった。

