飯山を訪れるのはいったい何年ぶりだろう。おそらく20年ぶりぐらいかもしれない。同じ長野県とは言え、僕の住む安曇野と飯山は遠く離れている。長野県は県歌「信濃の国」にも謳われているように、松本、伊那、佐久、善光寺の四つの大きな盆地があって、それぞれは山間地によって隔てられている。隣の盆地に行くとその景色も風土も文化も随分違って感じるものだ。ましてや久しぶりに訪れた善光寺盆地の北の端にある飯山地方は、僕からすれば全く違う土地に来たような気がした。そんな異文化の地を一つに繋ぐのが県歌「信濃の国」であると言う説がある。確かにそうなのかも知れない。
北へ走る車の窓から見える飯山の景色は伸びやかで、僕の住む安曇野から見る急峻な北アルプスの荒々しさとはは似ても似つかぬ姿がそこにあった。昨日降った大雨を集めた信濃川が、その川幅いっぱいに蕩々と流れていく様には大河の風格が漂っていた。今日登る鍋倉山は戸狩温泉スキー場の北側にある一山という集落が基点となる。信濃川から離れ県道95号線を西側の山へ向かって登っていくと、みるみる雪の量が増えてきた。この山の向こうは豪雪の新潟県なのだ。
僕と同行の松原ガイドは一山集落で本体である「平日女子スキー部」を待つ。ここから先は除雪もまだで、どん詰まりに車を止めてここからシール登降の始まりとなるのだ。シールとはスキー板の裏に貼り付けるもので、かつてはアザラシの毛皮で出来ていたという。短く密な毛が一方向に揃っているため、雪に食い込んで斜面を登ることが出来るようになる。山スキーの金具は踵が上がるようになっているから、この組み合わせで普通に歩くのと全く変わらず雪山に踏み込める。そのバツグンの浮力はワカンやスノーシューなど問題にしない。ふかふかの新雪でも、鼻歌交じりでスピーディーに登れて、しかも最後には滑りという、一番のごちそうまで用意されているのが山スキーだ。
「平日女子スキー部」がやって来た。この時まで知らなかったのだが本日はなんと女子9名。そこに黒一点永井ガイドが混じる。彼女たちは昨日から野沢温泉に乗り込んでスキー合宿をしていて、永井ガイドは唯一男子としてそこに参加していたのだ。凄い人だ。
この「平日女子スキー部」は、北アルプス北部界隈山岳関係者重鎮女子たちによる緩いスキー部で、そのメンバーはいちいち説明は差し控えるが、泣く子も黙る姉御達の集団である。彼女たちの到着と同時に、どんよりと垂れ込めた雲間から光が差したかのような錯覚を覚えた。なんか、ドキドキする。早くもそのパワーに圧倒され気味だ。
総勢12名、軽く挨拶をしてガイド役の戸隠ガイドの酒井敬子さんを先頭に出発した。民家の裏山がいきなりブナの原生林である。ちょっとそのシチュエーションにびっくりする。ブナの森は森がいろんな植生を経て最終的に到達する形なのだと言う。と言うことは原生林としての歴史が長く古いと言うことだ。だから、ブナの森は特別な森なのである。周辺の地域がどんどんとスキー場開発でブナ林を伐採した時にもこの一山周辺の人達は動かず、この貴重なブナの森を守ったのだという。自分の家の裏山にこんな森を感じつつ生活をするというのはどんな気分なのだろう。そっと目をつむるだけで、深く静かな瞑想の世界へ誘われてしまうのだろうか。
要注意 所々にトラップ有り
狸のタメグソ
ゆるゆると、そして賑やかに一行は進んだ。穏やかな斜面は登りやすく、ブナの森は樹間が疎らだから何処でも自由自在にルートを選べる。一列になってみたり、それぞれが気になるブナの巨木まで足を伸ばしてみたり、心からリラックスして登っていく。森に癒されるというのは、葉を茂らせた夏の森だけが持つという力ではないと言うことに気づく。冗談を交わしながら、自然とみんな笑顔になっている。写真をとればその全てがどこを切っても笑顔の金太郎飴である。
気ままに登る
何処でもどうぞ
奇跡の一枚 (昨年の葉は全て雪の下のはずだか、何故か一枚だけ雪の上に)
登るにつれさっきまでどんより垂れ込めていた雲も消え、青空が次第に広がって来た。標高が上がるとブナの枝いっぱいに雨氷が花を咲かせている。氷温に近い雨が、風で吹き付けられながら枝先で氷化したものだ。霧氷に似ているが、透明な氷なのでキラキラと光を透かしてダイヤモンドの花のようである。ここら辺で桜が咲くのはまだ大分先のことだろうが、一足先にブナの花見が出来るとは。
樹高が低くなれば広く開放的な鍋倉山頂だ。一気に広がるのその視界の先には上越方面の平野と日本海が見える。心と体が空に融ける瞬間だ。長野県の山からはなかなか見ることが出来ないこの海まで伸びやかに広がる大展望はたまらない。こんな優しい山も良いなあと思うのだ。これから始まる大滑降への期待を胸に、うららかな春の風の中で賑やかに昼食。何を話してもケタケタ笑うお年頃の女子達の声がそこだけ異次元の空間を作り出していた。
十一仏を従えて「ゆかり千手観音」降臨
さて、いよいよお楽しみの始まりだ。メインイベントはこれからだ。シールを外し、ブーツ、ウェアーの絞めるところを絞め、手袋、ゴーグルを装着、ソワソワと滑走の準備をした。山スキーの時はいつもそうだが、この滑走前の緊張感と期待感は、普通の登山には無いものだ。僕は競走馬になったことは無いが、ゲートインした馬たちはきっとこんな気分なのでは無いだろうか。
ひゃっほー!
思い思いにシュプールを描く。日当たりが悪いところはバリバリクラストしていたり、日向はねっとりした雪だったり、堅かったり、柔らかかったり、その全てが快適というわけではない、それが自然の雪だ。自分が培ってきたスキー技術を総動員して勇気をもって滑る。足の裏に瞬間瞬間訪れる雪質を感じて最大限雪を楽しむのだ。ブナの巨木をすり抜け、一つ一つのターンを味わう。藪もないブナの樹間は疎らで絶妙、楽しいったらありゃしない。やっぱ、山スキーは最高である。
天然のハーフパイプを攻める makko
スズママ
八ヶ岳美樹ガイド
MIHOCHAN
BOSS松原ガイド(板屋クラフトCEO)自作の板で滑る、板屋クラフトについてはまた後日
森太郎(推定樹齢300年以上)
登ったルートとは別なルートを滑り、途中巨木「森太郎」サンにご挨拶してあっという間に僕らは駐車場に滑り着いた。ほんとにあっという間である。スキーゲレンデで滑るのと比べれば、格段に滑る距離は少ないのだが、その一本の滑走だけで山スキーヤーは満足なのだ。スピーディーに登りを楽しんで、滑りという最高のおまけが付いてくる山スキーは、出来る人ならやらない手はないのだ。
戸狩スキー場前の「暁の湯」にて入浴、そのまま白馬八方へ転進し、風車の様な餃子、すり鉢ラーメン、ホルモン焼きを平らげて、体育会系「平日女子スキー部 IN 鍋倉山」合宿はようやくお開きとなったのである。因みに、この中には鍋倉から自宅とは真逆の八方へわざわざ餃子を食べに来て、そのまま所沢に帰ると言う猛者もいたのだ。恐るべし「平日女子スキー部」。
乾杯 いや 完敗。
平日女子スキー部 IN 鍋倉山