山岳ガイド赤沼千史のブログ

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13冬期黒戸尾根甲斐駒ヶ岳3/19~21

2013年03月28日 | ツアー日記

 黒戸尾根は深くしみじみとしたクラシックルートだ。北沢峠からのルートが最近のメインルートになったとは言え、この長大な尾根からの駒ヶ岳登頂はある種の登山者の心を捕らえて止まない。竹宇神社から甲斐駒ヶ岳までの標高差はなんと2,200メートルを誇る。登り返しを含めると2,400メートルくらいになるのではないだろうか。これだけの標高差を持つ尾根は他には早月尾根ぐらいなものか。しかもここを三月とはいえ、まだまだ冬期と言える時期に登る。お客様は3名様。

 ルートは良く踏みならされ、流石にクラシックルートと言う事を感じさせてくれる。不動明王を祀る竹宇神社の信仰の山でもあるので、祠や石碑、不動明王が手に持つ三鈷剣などがそこここに据えられているし、殆どが原生林なので落ち着いた気持ちにさせてくれる。葉が落ちて明るい尾根を次第に高度を上げていくが、前半は概ねなだらかな登りだ。

 笹ノ平をすぎしばらく行くと道には残雪が張り付くようになる。これは、登山者に踏まれ、日中の暖かさで溶けては再凍結を繰り返した雪なので、所々だが雪というよりは完全な氷であるので迷わずアイゼンを装着する。

 刃渡りは名前こそ勇ましいが、全く問題無く通過出来る。岩が露出し、周りに木がないので、難所というよりはむしろ格好のビューポイントという感じだ。八ヶ岳の裾野が広々と見えるし、甲府盆地までが伸びやかに見渡せる。富山の山も海まで臨めるその高度感と視界の広さは格別だが、ここと鳳凰三山は甲府盆地までを直接足下に眺められるので非常に高度感があって僕は好きだ。長野県の山は意外と里が見えない。

 冬の難所は刀利天狗直下から始まる。鎖とハシゴがある上に、ここがつるつるの青氷になっているので脇の木にぶら下がり、時にはルートを樹林のなかに求めたりしながら急登を登っていく。この日は三月をしては観測史上最高の気温を記録した日だった。黒戸尾根もその為か雪はベトベトで、油断をすると腰までの雪穴に落ちる。いくら木をつけても落ちるので仕方が無いが、一歩一歩を「大丈夫ここ?」と自問自答しながら歩くのでやたら疲れる。いったん穴に落ちると5倍は疲れるのだ。

 黒戸山を越えるといったん道は100メートルほど下り五合目小屋跡を通過する。ここから七丈小屋までは、地図によると1時間の行程になっているがとんでもない。夏でも多分無理じゃないかと思うのだけれど。

これから先が今日の正念場となる。鞍部を過ぎると再び梯子と鎖場になっていて、雪と氷が張り付いているので緊張を強いられる。そこを過ぎても痩せ尾根を行く。雪はグサグサ、重い装備が肩に食い込む。お客さんもバテ気味だ。

 再び小さく下って屏風岩となる。ここでは迷わずロープを使った。急な梯子を越えた先の雪壁、そして、鎖のぶら下がった垂直の岩を登り、その先のアイスバーンを越えなければならない。一人一人慎重に。

 6時半に竹宇神社を出てから七丈小屋へ到着したのは午後4時。なんと9時間半を要した。いつもはこんなに時間は掛からないのに全ては雪質のせいなのだ。

 七丈小屋は通年営業である。冬期は食事の提供は無いが大型ストーブを二つもつけてくれて、お湯は使い放題でとても助かる。冬装備を前提に、ガスやらシュラフやらを持って行くと、ガスは使わないし冬期のシュラフだと暑すぎるということになる。

 ここ七丈小屋の大将はかなりユニークな人物だ。こんなところに一人で一年中暮らしているのだからユニークでないはずが無いが、言葉は極力少なめで目で物をいう人なのだ。布団と毛布が積み上げてあるがその様は完璧で、ぴしっとスジが通って見事に垂直に積み上げられている。登山者はこの布団に触れることは一切許されず、布団を敷くこともかたずけることも大将におまかせ。まるで旅館みたい?(笑) だからといって、不機嫌でぞんざいな感じは全くなくてこちらがちゃんとしていればちゃんと対応してくれる人なのだ。サービスで出してくれるカップお汁粉が体にメチャクチャ染みる。日本で最高のカップ汁粉。(笑)因みに二日目は、震災のこと、北朝鮮のこと、環境の事、日本のことなど1時間ほど一緒に話した。結構おしゃべりな大将である。

 さすがの赤沼ガイドも今日はくたびれました。酒もろくに飲まず早めの就寝。

 今日はもう一泊の予定だから本来出発は急がないのだが、天気が崩れてくるという予報の元早朝に出発する。冷え込みのお陰で雪は締まってアイゼンの爪がサクッと気持ちよく決まる。やっぱこうでなくちゃ。

 八合目を過ぎ、上部の核心部が始まる。ロープを装着し先ずは痩せ尾根を通過。その先の雪壁では支点をとって登るが今日の雪質は恐怖心も少なく安心だった。

 ここから上部は灌木もまばらな全山ハードパックのクラスト斜面となる。滑落すれば数百メートルは滑り落ちることは必至だ。ショートロープを握る僕の手にも力が入る。

 九合目付近で不動明王を彫り込んだ石碑が安置してあるのに目がとまった。何とも絶妙な据え方なのだ。こういう宗教的なものは、ここへ来るまでの道すがらでも、他の場所でもそうだが殆どが「良い場所」に置かれている。人が直感的に感じる心地よい場所にあるということだ。大岩の麓とか上とか、巨木の影とか、それが美しく存在するように、格好良くある様に。僕はこうした石碑や、祠などそれ自体にはあまり感じないタイプの人間だが、これらを据えた人のセンスや美意識にはいたく感動するし、「うーん、解る解る」というような感覚を持つ。だって、この岩の上に登って腰を下ろしてみたいでしょ?この石碑を据えるのは他の場書ではなくここでしかないでしょ?そんでこの角度で、と言うような感覚。危ないのにわざわざ岩の天辺に剣を立てる。恐怖に打ち勝って岩に穴を掘り剣を立てるのだ。これが人間の芸術性だし、信仰心の証なのだろう。

一時も気を抜けないハードパックのクラスト斜面を、アイゼンを効かせて一歩一歩もぼっていく。風はさほどでもなく空は青く晴れ渡っている。 緊張感はあるが快適な登りだ。

 

 甲斐駒ヶ岳登頂を果たしハイタッチ!やはりここは、頑張ったものにしか味わえない特別な場所なのだ。頂上は若干風は強めだが北岳はじめまわりは素晴らしい眺望だった。僕もそうだが、お客さんも喜びに満たされているだろう。

 さあ、気をつけて帰ろう。慎重に下る。人間恐怖を感じると山側に体を寄せてしまいがちだが、それだとアイゼンを角付けして使うことになるからとても危険だ。これが外れれば奈落の底へまっしぐらだ。あくまでも、体を立てて爪全部を効かせて一歩一歩のキックステップが重要な場面だ。この緊張感もたまらない冬の魅力。

 七丈小屋にもう一泊し、翌日冬型の気圧配置でグッと冷え込んで強風が吹き荒れる中下山した。深く染みこむような早春の黒戸尾根だった。

 


13御岳山またもや敗退

2013年03月16日 | ツアー日記

二年間経営難で運行を中止していた御岳2240ゴンドラが、今年から運行を再開したので、これを利用して御岳山登頂を目指す。お客様は女性ばかり6名様。JR塩尻駅で集合して、木曽谷へを南下し大滝村へ入る。

♪木曽は山の中です~、誰もきやしませ~ん、

   だからあなたが恋しくて~、熱く~なるのです~ ♪♪

車を走らせながら、葛城ユキのデビュー曲なんか思い出したりして、ちょっとセンチメンタルな気分になったりした。たしかこの歌がヒットしたのは僕が中学生ころだから、かれこれ40年近く前になる。そんなに時が過ぎている割には、こころの成長は殆ど無いと感じるのはぼくだけだろうか?大人になるのは難しい。

木曽の家屋には何故かトタン屋根が多い。それも赤く錆止めペンキを塗ったトタン屋根だ。これがなんとも、木曽の景観としての統一感を醸し出している。我が住処の安曇野からさほど離れてはいないのだが、そのイメージは大きく変わる。木曽に感じる旅の風情というのはそんなところにあるのかも知れない。日本中が大手企業の看板やら建物やらに埋め尽くされ、まるで金太郎飴のようにどこに行っても同じ景観で、風情と言う物を感じられなくなってしまった今日この頃、木曽は変わってほしくない場所だとぼくは思う。


雪上訓練はまず2240スキー場の下部の旧ゲレンデへ。ここは以前はスキーゲレンデだったのだが、今はリフトも撤去されてただの丘になっている。訓練には最適のはずだったが、この日は気温が急上昇し、雪は最悪の状態となっていた。

ワカンで歩くのだがズブズブと潜るので、とても滑落停止とか、アイゼンワークとかができる状態ではない。埋まった足を抜くのも大変だ。ツボ足ならばおそらく、股下まで潜るであろう。

百メートルほど登ったが、そこで展望を楽しんで仕方なく下ることになった。霞はあるものの、御岳山がよく見える。下りも何一つ出来ない状態。まったく快適とは言えない訓練を終了して宿へ向かった。

 


翌朝目が醒めると外は曇り、ドンヨリと低く雲が垂れ込めていた。御岳方面は、今日の登山が全く期待できないほど濃いガスで覆われていた。食事を終え、2240スキー場のゴンドラに登山口の田ノ原へ向かう。

田ノ原からの展望は全くなくて風も強い。歩き始めると雨もぽつぽつ降り始めた。田ノ原を御嶽山へ向けて歩くが、風はますます強くなる。全員の心の中には、次第に同じ気持ちが芽生えていた。

「今日はだめでしょ?」

ハイその通り。これから傾斜が強まるところまで行って、あっさり撤退を決定した。帰り道は、不完全燃焼の気持ちを癒すがごとくに、ゲレンデを歩いて下山する。

温泉にて入浴、木曽平沢のていしゃ場にて粗挽き天ぷら蕎麦(ガイドのおごり)を食べ、塩尻駅解散。また来年。



 




13徹底的歩き方講習3月5、6日

2013年03月11日 | ツアー日記

 歩く事について人は、掴まり立ちを始めてからというもの、他の人にとやかく言われたことがないというのがほとんどだと思う。実は僕もいわれたことはない。それは自然に誰もが出来る事だし、モデルのように格好良くとかでなければ平地を歩く分には何も問題が無いからだ。

しかし、その場が登山道となればその事情は少し違ってくる。僕は山岳ガイドという仕事をしてきて、沢山の人の歩き方を見てきたのだが、それは人それぞれ、いろいろなんだなあと思うようになった。傾斜が緩かったり平らな登山道ならば問題なく歩ける人が、傾斜が急になったり、足下がザラザラしていたり、ガラ場だったりすると、とたんに歩行スピードが落ちてしまう事が良くある。

 登山道での歩きが問題になる場面は、その殆どは下ることであると思う。その原因は、下る事への恐怖心だ。「落っこちたらどうしよう?」という恐怖心が人に身をすくませ、歩きを消極的にさせる。では消極的だと何が悪いのか?んーーー。安全第一と考えれば、もしかしたら悪くはないかも知れない。しかし、山をよりスピーディーに、難易度の高い山をそしてより安全にと目指すのであれば、歩く技術は非常に大切な事になってくる。そこで、今回の「徹底的歩き方講習」とあいなった。

 不安定な場所が恐いのなら、この時期スキー場のゲレンデを利用して、歩きを方を学び体験する事は、その手っ取り早い上達法になると思う。足の裏が滑りやすいのだからそれを感じて、足の裏でコントロールする事が解りやすいのだ。雪の斜面も、ザラ場も、ガラ場もそのずるずる滑りやすい感覚はどれも同じようなものだ。滑りやすいからそれをどうコントロールするかって事。

 しかし、ここでそれを説明するのは至難の業である。だからしないが、あえて言えば、下山時、体は重力に引っ張られ降りようとしているのだから、逆らっちゃダメって事で、滑って転ぶ前に降りちゃえってことで、恐くても谷に体を向け続けるってことで、それを理屈で理解して、実地で何度でも繰り返し体感するって事なのだ。ちっとも端的じゃないね。歩きって、何十年もそれぞれがかって気ままにやって来たことだから、そんなに簡単に直る訳がないのも紛れもない事実である。でも、先ずは練習、練習、体が覚えるまで。

 快晴の栂池スキー場栂の森からゲレンデを講習をしながら下る。普段のツアーでは、あまりやらない事もお客さんにドンドンやってもらう。前傾して下ること。恐怖とお友達になること。雪の上だから足下はすこぶる滑りやすいが、転んでもそこは雪の上。痛くなんかないから、思い切っていきましょう!スキーヤーに遠慮して端っこを下るが、「あいつらなにやってんの?」という視線が痛い。やたらなスキー場でゲレンデを歩き回っていると怒られますのでご注意を。

 普通に下ったら30分もあればついてしまうのに、この日は2時間かけていろいろ試した。ゲレンデ脇を使って動画をとったりもした。あと、夕食時に自分の歩きを確認してもらおう。うれし恥ずかし自分の歩き。やってみれば、試すことがいくらでもあって、練習方法もいろんなやり方があって、語ることも沢山で僕の喉はカラカラ。この日は気温も急上昇。ああ、早くビールが飲みたい。

 最初怖がってへっぴり腰だった今回の生徒諸君も、だんだん慣れて、放っておけば遙か彼方まで下ってしまっていてノリノリのお客さん。羊飼いペーターは結構大変です。終わってみれば、赤沼ガイドが口やかましくヤイヤイいう講習会だったのに「楽しかったあ!」とお客さんの声。ありがたいことです。

二日目は同じく栂池スキー場より実地訓練、栂池自然園を目指す。自然園では皆さん初めてのワカン体験。取り付けるだけでも必死?笑 でもいろんな雪、いろんな道具を試して、それを足の裏が、体が覚えていく。

 自然園の大雪原を、自由に歩く。自分の道は自分でつくる。行ける思ったところはどこでも自分の道になる。それが冬山の楽しみ。前方には白馬岳。この日は風強くブリザード気味。風が見えるかな?

丘を登り、わざわざ急な斜面を選んで下る。思い切りよく、体を落とせば、足はあとから着いてくる。大丈夫、足は絶対取れちゃったりなんかしません。笑

 自分たちの軌跡が無垢な雪面にくっきり。ふり返り眺めてこれがまた良い気分。スキーのシュプールもそうだが、なるべく綺麗な軌跡を残したいと人は考える。いや僕は考える。動物達のそれと比べれば、圧倒的に無粋なのは否めないが、なるたけ美しく。なるべくね。今回なかなか良い出来じゃないでしょうか?

ブナの森を下る、いろんな雪質を試す。足の裏で感じる。ブッシュが出てるところは近づいちゃダメ。斜面変化があるところも。そこには落とし穴が待っているかも。

 深い雪に足を取られて転ぶ。転べばいいのだ。雪との会話だから。足の裏が一つ一つを記憶していく。全部自分の体に染みこんで行くのだ。やがて自分の技術になる。口やかましい赤沼ガイドの今回のツアー「楽しかった!」とは全く変なお客さん達だ。

感謝。

 

 

 

 

 

 




13冬期西穂高岳3月2,3,4日

2013年03月05日 | ツアー日記

  西穂高岳は、山小屋利用で登頂できる貴重な冬期ルートである。夏場は、岩場こそあるもののそれはそれほど難しいものではなく、誰でもが行く一般的なルートであるし、運動靴の登山者も数多く存在するのも事実だ。いわゆる、「山をナメた登山者」が多いのだ。ロープウェイ利用で、気軽に入山できるのだから。


 しかし冬期は雪と岩の交錯する魅力的なバリエーションルートとなる。寒風の中を、ロープで結びあい、アイゼンとピッケルを効かせての登降は至高の経験となる。眼前には深く雪をまとった槍穂高連峰。しかも、通年営業の快適西穂山荘を利用して登頂可能だから、楽ちん!楽しい!最高!なのだ。とは言え冬期西穂高岳、そこは常に滑落の危険がつきまとう雪岩稜だ。日本海から押し寄せる強風がまず最初にぶち当たる山域だから、天候の急変によって行動不能となるケースもある。実際今期滑落事故、行動不能による凍死など沢山の遭難事故が起きている。これもロープウェイのなせる技なのだ、もしそれが無かったら、冬の穂高の稜線に立つことは一部の登山家のみに許される特別な世界なのである。敷居は低いが喜びは大きく、気軽ではあるがリスクが高い、そんな山なのだ。良くも悪くも、ローリスクハイリターンということである


  冬型の気圧配置が強まってきていた。お客様は二名様。松本駅で集合し新穂高へと向かうが段々風は強まって来る。ロープウェイの運行状況を確認すれば、「通常運転」となっているから、ホンマカイナ?と思いつつも新穂高へと車を走らせた。着いてみればやはり風による運休だという。見込みも薄いと言うので、今日のところは中尾に宿をとり明日へ期待をかけることにする。

  宿泊したのは「中尾温泉まほろば」。昔からのなじみの宿で、ガイドとか山関係の人も多く利用しているようだし、なんと言っても登山者への理解がある。経営するご夫婦はとても親しみやすく暖かい。久しぶりに訪れたのに、ちゃんと私のことを覚えていてくれて、「前回はあの人と来たよね?」とそれをズバリ言い当てられて、プロとは凄いものだと感心してしまった。また、飛騨牛を中心とした料理は最高。メチャ美味しいのだ。しかも、え?これでこの値段?という感じ。絶対的にお勧めです。

飛騨牛串焼き

飛騨牛しゃぶしゃぶ、絶品!

ナマズのお造り 

  二日目、天気は回復に向かっていた。もう今日の登頂は時間的な事を考えると無理だから、ゆっくり出発し西穂山荘までの移動のみとする。まだ、寒気がは残っているのか、ガスが多く、山荘までの道からはほとんど何も見えなかった。それにしても今年は雪が多い。

  山荘に着くと次第に雲は切れ始め、青空も時々覗くようになった。夏山でも台風などが通り過ぎたあと、次第に天候が回復していくその様に私はドラマを感じる。不安と期待とが入り交じった心ざわめく感じ。そりゃ天気は良いのがいいに決まっている。だけどそれは、思い出としては、なにかベタッとした平滑な感じの印象だし、意外と後々記憶に残らない。対して、悪天候はいつまでたっても心の奥深くに刻まれ、なんとも懐かしく感じるものだ。寒かったり、痛かったり、心細かったり、情けなかったり、みじめだったり、そして恐かったり、それは生身の人間として生きている事の確認作業でもあるわけなのだ、きっと。

  だから、多少の悪天候を気にして登山を中止するなんて馬鹿げた事だと私は想っている。台風なんて、八割方問題になるようなところへはやって来ない。悪天候も山のうち。それを積極的に楽しんでやろう。

西穂ラーメン醤油味   味噌もあり(細麺が決めて!)

 夕方にかけて視界が広がる瞬間が何度か訪れた。そのたびこのブログ掲載用の写真を撮りに小屋を飛び出す。こうやって、公開の場があると写真も楽しい。以前も写真にハマっていた時期もあったのだが、結局自分で見るだけなので飽きてしまっていたのだ。と言うわけでドラマティックに回復しつつある夕方までの写真を何枚か。

除雪する支配人、見栄をはって暗くなるまで仕事をしていました。笑

暇つぶしに撮ったチヅゴケ(こんな時期にもちゃんと鮮やかな色の世界があるのです)

うたた寝のカップル 余りにも可愛らしいので盗み撮り(あとでちゃんと掲載許可とってます。笑)

 最終日。今日は西穂までの登頂を果たし下山しなくてはならない。午前4時起床、五時出発。月明かりはあるがまだ明けやらぬ斜面をヘッドランプを灯し登っていく。マイナス15℃、微風、快晴、アイゼンの刃が気持ち良く効く絶好の雪質。しじまに、打ち込まれたピッケルの先が摩擦でキュウッと鳴く音が良い感じ。心くすぐるかわいい音だ。

 独標基部へ到達する頃、いよいよ夜が明け始めた。ここからはザイルを装着しての登降となる。雪質が良いので、恐怖感は少ない。その時の季節や日によっては、つるつるのアイスバーンで、十二本爪アイゼンの先っぽしか入らないこともある。そんな時は難易度は格段に上がるのだが、今日は爪全部が根本まで入るので安心だ。

 今回使うザイル技術は、ショートロープというもので、お客さんとガイドがザイルで繋ぎ合って同時行動、または難所では支点をとって確実に登降するものだ。このルートは稜線を行くか、飛騨側を巻く事がほとんどだか、飛騨側は吹きさらされて磨かれ堅い雪質となる。岩も混じるのでアイゼンの爪先に細心の注意をはらわなくてはいけない。あくまでも、爪を全部をフラットにキックステップ。一歩一歩確実に、ただただその繰り返し。すっかり明るくなった快晴の雪稜を意識を集中して登る。もし滑落したらただでは済まない。

 

槍穂高

 頂上直下の雪壁を支点をとって登り上がるが、流石にここはいつもそうだが斜面が急で雪が堅いので、アイゼンのツメ先しか入らない。毎回緊張する場所だ。核心部といえよう。

 頂上に到達するとそこは槍穂高、笠ヶ岳、霞沢、焼岳、乗鞍遠くは富士山、南アルプス等々遮る物のない大展望。しかも今日は雲海が安曇野や高山盆地に綺麗に入っているので、さらに素晴らしい。そこは俗世とは隔絶された「至高の頂」であった。思わず三人でハイタッチ!いいねえ。

 登山は登りよりも下りの方が格段に危険だ。先ほどの頂上直下の雪壁はもちろん後ろ向きで降りるのだが、たかだかワンピッチ50メートル位の下降が奈落の底に降りていく様な感覚がある。傾斜が微妙なので次のステップが見えにくく、なかなか安全地帯に着かないのだ。早く終われと祈りながら下る。あとから聞いたらお客さんもそう思ったそうだ。

 慎重に慎重に、でも最高の稜線を堪能しながら下る。味わい尽くす。特別な体験。緊張と開放感。これがたまらないのだ。みなさん、登山はハイリスクハイリターンですよ!

 福地温泉にて入浴、稲核わたなべにて蕎麦をすすり、松本駅解散。至福。


 










 

 

 


 

 

 


13大渚山雪洞ツアー2月27、28日

2013年03月01日 | ツアー日記

 雪洞とは多雪地域の山の斜面にスコップで穴を掘って、ねぐらとする技術である。雪が少なければ完全な物は出来ないが、大渚山付近は日本海に近く、先ずどこを掘っても問題なく快適な雪洞が出来るのだ。ただ、完全な物が出来ない地域や状況でも、緊急時ビバークの手段としては大変有効だ。人ひとりが隠れる穴を掘って、ツエルトにくるまっていれば、生存率は格段に高まるであろう。一人であれば、わりと短時間に掘ることが出来ると思う。今回は、お客様と私の3人用超快適雪洞を目標にしよう。

 9時40分に白馬駅に集合して小谷村大草蓮集落を出発する頃には、春到来を感じさせる暖かさとなった。ここ大草蓮集落は、大渚山中腹にある小村落だが何人かの住民が今でも住んでいる。積雪は2メートルを超えているだろう。スノーシューを装着し出発する。

 ここまでが寒い冬だったので、こういう急激な温度上昇は、雪を重くベタつかせるし、雪崩も起きやすい。案の定ベタ雪に足を引っ張られる。絡め取られる様な感じだ。毎度のことだが、息が上がる。

使用スノーシューはどちらも MSR社製 お勧めです。

 林道から離れ、大渚山へ取り付く。それほど大木はないが清々しいブナの単一林だ。すっきりしたブナ林は、山スキーヤーにも人気だ。厳冬期でも訪れる人が多い。適当に良さそうなところを歩いていく。冬山のこの自由自在感覚は夏では味わえない魅力の一つだ。要するに登れると思ったところはどこでも自分の道になるって訳だ。

 2時半ほど登ったところで、いよいよねぐら作りに取りかかる。なるべく急な斜面を選んで穴を掘り始める。天井部分の厚みを出すためにはその方が楽だ。薄いと崩壊の危険性もあるのでなるべく天井は厚めにとりたい。

 雪は適度に締まっていて、ブロックが作りやすかったから今回の作業は楽だ。昨年は凍った部分が多く苦労したなあ。私が掘り出したブロックを入り口付近に放り出し、それをお客さんに遠くへ放り投げて頂く。

 1時間半ほどで充分広いねぐらが完成した。たたみ三畳分はあるかな。何日か住みたいぐらいの出来。自画自賛。壁には小さな棚を作り、ロウソクを灯すと、そこは何ともあったかな空間となる。そんなもんで実際に室温が上がる訳ではないのだが、心の中はぽっかぽかだ。ロウソクが切り取った壁を写しだし、微妙な陰影を作る。胎内の記憶なのか、はたまた、太古の記憶なのか、洞穴は人を落ち着かせてくれる。お客さんからも笑顔がこぼれている。

 写真をとるとあまりにも綺麗なので、調子に乗って何枚も撮影。3枚目は結構リアルな感じ。

 夕食は信州名物むさし屋のジンギスカン、日清ソース焼きそば、定番チーズ焼きカレー。いっぱい飲みながらのんびりと過ごす。雪の中で寝るなんて寒いんじゃないの?と思われるかも知れないが、雪洞の中は、零度以下にはならない。水筒の水だって凍らない。ただテントでコンロを焚くとすぐに暖かくなるのだが、雪洞ではいくら焚いても室温は上がらない。でもダウンジャケットを着込んでシュラフでも体に巻き付けておけば快適なものだ。外は吹雪であろうとどこ吹く風なのだ。登っていく満月を入り口の向こうに眺め、静かな静かなねぐらで愛すべきもの達を胸に想い就寝。

 午前4時半起床。天候は快晴のようだ。明るくなるのを待って頂上へ向け歩き始める。雪面には登っていく太陽が長いブナの影を落としている。雪は締まって歩きやすい。快適な登高。

 頂上直下では霧氷が美しい。まるで宝石を枝先にまとったようだ。どこまでも青い空、深い深い群青色。宇宙が透けて見えるようだ。

 頂上へ登りあげると一気に視界は広がった。一同歓声を上げる。頂上は若干の風はあるものの雲一つない。雨飾山、天狗原山、金山、妙高山、そして北アルプス。文句のつけようがない美しさ。広い頂上をあちこち歩いて写真をパチパチ。

雨飾山

高妻、戸隠、堂津

天狗原、金山

 存分に頂上かを楽しんだあとは、一気にスノーシューで下る。雪は適度に柔らかくなったので、かかとを踏み抜く感じでガンガン下る。どこでも自由自在、気持ちよさそうなところを選んで無垢な雪面に躊躇なく無粋な足跡を残す。何も考えない。足を放り出すだけで自動的に体は降りてゆく。

 あという間に駐車場に到着。白馬の倉下の湯にて入浴、飯森は山人(やまと)にて蕎麦をたぐる。味良く盛りよくお勧めです。

ああ、しあわせ。