笈ヶ岳は白山の北方稜線上にある標高1841メートルの日本二百名山である。明確な登山道はなく4月~5月にかけて残雪を利用しての登山が一般的だ。その行程は長く一日でのピストン登頂はかなりの難易度だ。
さて、早朝お客さんと金沢駅で合流してはみたものの、断続的に強い雨が降っていた。この日の予報は最悪で寒気を伴った低気圧が通過するため北陸方面は突然の雨、落雷に注意、高いところは雪になるとある。淡い期待を抱いて一里野方面へ進んだが押し寄せるまっ黒な雲に圧倒され本日の登山を諦めることにした。本来このツアーはテント泊で、距離の長い笈ヶ岳をテントは担ぐのではあるが二日かけて登るという実は楽ちんツアーなのだ。しかし、この天候では全てを濡らし、最終的に雪の中へ突っ込んで行かなければならないのは確実である。明日早朝発で日帰り登山をするのがどう考えても無難だろう。
金沢に戻って朝の近江町市場へ。午前中にここに来たことがなかったのだが、あふれる程の新鮮な魚介類とその活気には圧倒される。蟹なんか「三箱まとめて五千円でどうよ、おにいさん?」なんて商売をしてるところもある。あれもこれも食べてみたいのだが、今回は観るだけにしておこう。買う気がないのに、近江町市場をウロウロするのは少し辛い。
その後金沢城址公園を見学したのだが、予報通り突然雷鳴が鳴り響いて雹まで降ってきた。やはり行かないで良かったようだ。急遽予約した一里野の民宿に入り明日に備える。
朝三時に起床したが依然として冷たい雨が降っている。悩ましい天気だが、午後から回復し晴れてくると言う事なので出発と決めた。白山スーパー林道を車で自然観察園まで入り、そこから未だ空けやらぬなかジライ谷出会を目指した。
ジライ谷は若干増水気味だったが何とか徒渉して、尾根に取り付く。ジライ谷ルートと言うから谷を登るのかと勘違いしそうだが、実は左岸の急峻な尾根を登っていく。最初のワンピッチがくせ者で、トラロープや針金が所々張ってある岩混じりの道を、木の根や枝にしがみついて登っていく。早くもうっすらと雪が積もっているので、ここは慎重に行かなければならない。この尾根の前半には踏み跡がある。道はもちろん急だし、尾根の側壁がまた急峻な崖なので下山には特に注意が必要だ。天気は未だ回復しないが一応雨は止んでいた。
一時間ほどで若干傾斜はゆるみ、尾根も広くなってくる。二時間ほどで残雪が現れ、昨日の新たに降った雪が15センチほど乗った状態になった。ここのところ毎週雪にやられている。下の雪が堅いのでどってことないが、見える物は全てが白と黒の世界。そろそろ春らしい色味がほしい気もする。このブログの写真もいつまで経っても変わり映えがしない。(笑)
4時間で冬瓜平(かもうりだいら)に到達した。ここは冬瓜山北面に広がる巨大なブナの台地だ。テント泊予定地もこの辺り。晴れていればここら辺から鷲が羽を広げたような美しい笈ヶ岳が臨める。時々激しく振るアラレ状の雪と深い霧と風。ここで一瞬考えたが、午後から晴れの予報に期待してホワイトアウト気味の冬瓜平をいく。幸い寒くはない。
ここからいったん谷に下ってから反対側の尻高山の斜面を横切りながら登っていく。何度も来ているとはいえ目指すべき方向が解らない。コンパスを振り、じっと目をこらしては一瞬開ける前方の視界を見逃さずルートを探していく。後方から追いついてきた別の登山者たちも我々を追い抜いたあと早速道を失い彷徨っていたので、結局すぐ我々が再び追い抜いて、相変わらずのラッセルと道探しは僕の役目になってしまった。
何とか稜線に登り着いたがここからまたいったん下らなくてはならない。しかし、その場所と進むべき方向がわからない。完全なホワイトアウト。尾根の両脇は結構な斜度の斜面なのでそちらに入り込んだら大変だ。一歩を踏み出して良いものかどうか全く解らない状態で、立っているだけでくらくらする。人間が如何に視覚に頼って活動しているのかがこんな時よくわかる。こりゃダメだ!と撤退を決意した瞬間一瞬ガスが切れて尾根の状態が把握できた。ここさえ下ってしまえば後はなんとかなるから先に進んだ。最低コルから反対側の斜面をトラバース気味に登り上げ主稜線にのぼりあげた。ここを左にたどって笈ヶ岳に到達、所要時間はなんと七時間半であった。みんなで固い握手。殆ど何も見えないがこの達成感は特別なものだ。
さて帰らなくてはならない。天候は回復するどころか相変わらずで、アラレが顔面をたたき目を直撃されると猛烈に痛くて悲鳴を上げるほどだ。往路を忠実に戻った、喘ぎながら。
冬瓜平からの尾根の下りは雪に濡れてコンディションは最悪の状態。慌てず慎重に下った。雪に咲くイワウチワや、カタクリの花もみんな花を閉じてうな垂れている。我々も同じくうな垂れて。所要時間は12時間30分。今日中に東京方面に帰るには18時23分の白鷹25号に乗らなくてはならないから風呂も入らず金沢駅に向かった。滑り込みセーフ。皆さん本当に大変お疲れ様でした。遙かなる山である。
一面のカタクリのお花畑、晴れて満開ならば圧巻