山岳ガイド赤沼千史のブログ

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13テント泊笈ヶ岳4月26,27日

2013年04月29日 | ツアー日記

 笈ヶ岳は白山の北方稜線上にある標高1841メートルの日本二百名山である。明確な登山道はなく4月~5月にかけて残雪を利用しての登山が一般的だ。その行程は長く一日でのピストン登頂はかなりの難易度だ。

 さて、早朝お客さんと金沢駅で合流してはみたものの、断続的に強い雨が降っていた。この日の予報は最悪で寒気を伴った低気圧が通過するため北陸方面は突然の雨、落雷に注意、高いところは雪になるとある。淡い期待を抱いて一里野方面へ進んだが押し寄せるまっ黒な雲に圧倒され本日の登山を諦めることにした。本来このツアーはテント泊で、距離の長い笈ヶ岳をテントは担ぐのではあるが二日かけて登るという実は楽ちんツアーなのだ。しかし、この天候では全てを濡らし、最終的に雪の中へ突っ込んで行かなければならないのは確実である。明日早朝発で日帰り登山をするのがどう考えても無難だろう。

 金沢に戻って朝の近江町市場へ。午前中にここに来たことがなかったのだが、あふれる程の新鮮な魚介類とその活気には圧倒される。蟹なんか「三箱まとめて五千円でどうよ、おにいさん?」なんて商売をしてるところもある。あれもこれも食べてみたいのだが、今回は観るだけにしておこう。買う気がないのに、近江町市場をウロウロするのは少し辛い。

 その後金沢城址公園を見学したのだが、予報通り突然雷鳴が鳴り響いて雹まで降ってきた。やはり行かないで良かったようだ。急遽予約した一里野の民宿に入り明日に備える。

  朝三時に起床したが依然として冷たい雨が降っている。悩ましい天気だが、午後から回復し晴れてくると言う事なので出発と決めた。白山スーパー林道を車で自然観察園まで入り、そこから未だ空けやらぬなかジライ谷出会を目指した。

 ジライ谷は若干増水気味だったが何とか徒渉して、尾根に取り付く。ジライ谷ルートと言うから谷を登るのかと勘違いしそうだが、実は左岸の急峻な尾根を登っていく。最初のワンピッチがくせ者で、トラロープや針金が所々張ってある岩混じりの道を、木の根や枝にしがみついて登っていく。早くもうっすらと雪が積もっているので、ここは慎重に行かなければならない。この尾根の前半には踏み跡がある。道はもちろん急だし、尾根の側壁がまた急峻な崖なので下山には特に注意が必要だ。天気は未だ回復しないが一応雨は止んでいた。

 一時間ほどで若干傾斜はゆるみ、尾根も広くなってくる。二時間ほどで残雪が現れ、昨日の新たに降った雪が15センチほど乗った状態になった。ここのところ毎週雪にやられている。下の雪が堅いのでどってことないが、見える物は全てが白と黒の世界。そろそろ春らしい色味がほしい気もする。このブログの写真もいつまで経っても変わり映えがしない。(笑)

 4時間で冬瓜平(かもうりだいら)に到達した。ここは冬瓜山北面に広がる巨大なブナの台地だ。テント泊予定地もこの辺り。晴れていればここら辺から鷲が羽を広げたような美しい笈ヶ岳が臨める。時々激しく振るアラレ状の雪と深い霧と風。ここで一瞬考えたが、午後から晴れの予報に期待してホワイトアウト気味の冬瓜平をいく。幸い寒くはない。

 ここからいったん谷に下ってから反対側の尻高山の斜面を横切りながら登っていく。何度も来ているとはいえ目指すべき方向が解らない。コンパスを振り、じっと目をこらしては一瞬開ける前方の視界を見逃さずルートを探していく。後方から追いついてきた別の登山者たちも我々を追い抜いたあと早速道を失い彷徨っていたので、結局すぐ我々が再び追い抜いて、相変わらずのラッセルと道探しは僕の役目になってしまった。

 何とか稜線に登り着いたがここからまたいったん下らなくてはならない。しかし、その場所と進むべき方向がわからない。完全なホワイトアウト。尾根の両脇は結構な斜度の斜面なのでそちらに入り込んだら大変だ。一歩を踏み出して良いものかどうか全く解らない状態で、立っているだけでくらくらする。人間が如何に視覚に頼って活動しているのかがこんな時よくわかる。こりゃダメだ!と撤退を決意した瞬間一瞬ガスが切れて尾根の状態が把握できた。ここさえ下ってしまえば後はなんとかなるから先に進んだ。最低コルから反対側の斜面をトラバース気味に登り上げ主稜線にのぼりあげた。ここを左にたどって笈ヶ岳に到達、所要時間はなんと七時間半であった。みんなで固い握手。殆ど何も見えないがこの達成感は特別なものだ。

 さて帰らなくてはならない。天候は回復するどころか相変わらずで、アラレが顔面をたたき目を直撃されると猛烈に痛くて悲鳴を上げるほどだ。往路を忠実に戻った、喘ぎながら。

 冬瓜平からの尾根の下りは雪に濡れてコンディションは最悪の状態。慌てず慎重に下った。雪に咲くイワウチワや、カタクリの花もみんな花を閉じてうな垂れている。我々も同じくうな垂れて。所要時間は12時間30分。今日中に東京方面に帰るには18時23分の白鷹25号に乗らなくてはならないから風呂も入らず金沢駅に向かった。滑り込みセーフ。皆さん本当に大変お疲れ様でした。遙かなる山である。

一面のカタクリのお花畑、晴れて満開ならば圧巻


 

 



13男鹿岳 4月21、22日

2013年04月24日 | ツアー日記

 先日の雪の毎日ツアーから10日ほどが経って、そんな事はもうあるわけがないと思っていた事が再びおきたのだ。夕べの会津田島の駅前はミゾレ交じりで寒さがシンシンと身に染みた。寒いので地酒の金紋会津がまたすすんでしまった。いつまで経っても意志薄弱なただの酔っぱらいガイドだ。少し落ち込む。

 今日のお客様はおひとりだ。もうおひとりいらっしゃったのだが、急な風邪引きでキャンセルとなり、二人だけの静かな山旅となった。午前4時に集合して、水無川沿いの林道を車で進む。田島では雨だったが次第にミゾレとなり林道バリケードのある滝沢橋ではハンパ無い雪に変わってしまった。さて、どうしたものか?フロント硝子に降り注ぐ雪をお客さんと眺めながら思い悩む。

「まあ、最初は林道歩きだから、ダメ元で行ってみましょう」と言う事になった。

 装備を調え白んできた雪降る空を恨めしく見上げながら傘をさして出発する。雪は降ったり止んだりではあったが、確実に積雪は増えていった。先日行った横川ルートに比べれば荒れた林道もまだましで、未だ雪が少ないので問題なく先へ進んだ。気温が高めで、風が無風に近いのも助かる。雪は湿った重めの雪だ。体を濡らし風が出れば、それ以上進むことはよした方が良いだろう。低体温症を引き起こす可能性があるから。

 オーガ沢橋を過ぎ林道が北に折り返すと林道の状態もかなり悪くなってきた。藪と深く掘れた路面、路肩の崩壊、土砂崩れなど修復はかなり大変な状況だ。幅も広く、本来はしっかりした林道なのだが、何故このように放置され廃道と化していくのだろう?しかも大震災後、そのような林道が増えている。多額の税金を投入し、その本来の目的を果たさずに捨てられていく数多の林道を僕は歩いてきた。先日の塩那道路もそうだ。まさか本来の目的とはただ道を造ること?そうじゃないよね、お役所さん。

 3時間ほどで大川峠に到着した。様子を見ながらと言う事でここまで来たのだが、何とか行けそうな雰囲気なので、アイゼンを装着し南へ折り返す様に笹の尾根に入った。笹はしばらくすると途切れたり、また現れたりするが、おおむね雪の斜面を登っていける。積雪20センチ、風は殆どない、助かる。これなら行ける。

 それにしても、いったい今日は何月なのだろう?と、大雪が僕の頭を混乱させる。厳冬期の山を歩いているようなのだ。安曇野の我が家では稲の種蒔きを終えてきたばかりなのだが、芽をちゃんと出してくれるだろうかと心配になる。

 広い尾根は斜度も穏やかでさほどの苦労もない。ただこういう尾根は下りに気をつけなければいけないなどと思いつつ登ること峠から約2時間で、見覚えのある男鹿岳に到達した。新たな積雪は30センチに達していた。

 展望はなし。大佐飛山も雪雲のなか。ただただ雪が静かに降っている。誰も登ってくる気配などない。ここから10キロ四方にはおそらく誰もいないのであろう。しみじみと感じる山だ。

 登ってきた時につけてきたトレースは所々現れる笹の中では限りなく不明瞭になる。風でもあれば雪の斜面でもそれは瞬く間にかき消され僕らを不安にさせるだろう。しかし今日はなんとか大丈夫だ。慎重に方向を見極めくだった。大川峠ではさらに5センチほどの積雪が増えていた。

 これは生々しい熊の足跡。おそらく数分前に通過したものだ。弁当箱ぐらいの大きさがある。左手の山から下ってきて右手の水無川の方に降りていったようだ。子連れではなくおそらく単独のオスだろう。冬眠から醒めて忙しい生活が始まったのだ。僕らもいっしょだ。

 

 


13毎日旅行男鹿岳、大佐飛山テント泊4/6,7,8

2013年04月24日 | ツアー日記

 男鹿岳、大佐飛山は福島南会津と栃木県那須高原、塩原温泉などに挟まれた男鹿山塊にある登山道のない山である。標高はそれぞれ1777メートルと1908メートル。日留賀岳などもこの山塊に含まれる。道のない山は藪を漕ぐか、藪を避けるならば残雪期を利用しての登山と言う事になる。今回は毎日旅行としては珍しくテントを担いでの2座一気登頂ツアー、お客様は男性ばかり5名様と毎日の西山氏とガイドが僕と言う何ともコンパクトなツアー登山だ。

 前泊で会津鉄道会津高原駅近くの「夢の湯」に宿泊。夕方から季節外れの大雪が降り始め朝には10センチの積雪となっていた。どうせたいしたことないだろうと鷹ををくくって飲み過ぎたので頭が重い。少し後悔する。それでも食事を朝4時から出してくれたので、味噌汁を飲んで元気に出発。国道121号線をやや南下して山王峠南の横川からキャンプ施設「ワイルドフィールド男鹿」へ向かった。

 ここから男鹿山林道をひたすら奥へ入っていく。辺りは4月とは思えない雪景色で、未だ芽を吹く前の木々が花を咲かせた様に綺麗だが、上部の積雪を考えると気が重くなった。しかし歩いてみれば雪質は意外と軽く歩行にはさほど問題にはならないので登山中止を考える事はなかった。

 2時間ほど歩くと林道は終点となり道は川に飲み込まれ、対岸には沢水を利用したワサビ田が広がっている。ここの左岸をへつって右側の尾根に取り付きしばらく行くと、さらに上に伸びる古い林道跡にあたる。歩けば落石だらけで藪もかなり発達して所々崩落箇所もあり何とも歩きにくい道だが、ただの藪漕ぎを考えればとても助かる。気楽に歩いていけるのは確かだ。メチャクチャに荒れている箇所もあるが、かなりの急斜面を削って造られた道で標高1400メートルぐらいまではこの林道跡を利用できた。そこから先は傾斜も落ち、コンパスを振りながら広い斜面をひょうたん峠目指して登っていく。

猿に遭遇?いえいえ西山さるくん

 天候は回復傾向なので青空が時々顔を出してくれて、新雪の登りも景色を楽しみながらとなった。雪は30センチほどあるが雪が軽いし、その下の残雪は堅くしまっているのでラッセルという印象はない。やはり新しい雪は美しいものだ。歩き出してから7時間、ひょうたん峠のプレハブ避難小屋に到着した。他には誰もいない。迷わずテントではなく小屋を利用させて頂く事になった。

奥左が男鹿岳

 少し休んでから今日中に男鹿岳を登頂することになった。ここからは廃道化が進む塩那スカイライン沿いに北上し男鹿岳基部から頂上を目指した。忠実に稜線を行くと笹が立ち上げっている様なので、東側の斜面から登りあとは雪庇が張り出しアップダウンのある尾根を行けば頂上だ。難しい事はないが、テント装備を背負っての7時間の格闘のあとは堪える歩きだった。帰りの林道も微妙に登っているのでお客さんも大変だったろう。皆さんほんとに頑張ってくれた。

 季節外れの寒気はその日も去らなかった。雪こそ止んではいるが放射冷却となった朝の外気温はマイナス9度。小屋の中でもマイナス3度だ。私もそうだが皆さん厳重な防寒対策をしてこなかったので一晩中足を擦りあわせながら眠れぬ夜を過ごす。

 

 翌朝、本来ならもう一晩ここに滞在の予定だったのだが、それは体力的に無理だと判断し大佐飛山を往復後下山する予定で出発した。小屋の目の前に見える山は 1840メートルの無名峰で大佐飛山はさらにその奥にある。先ず 100メートルをくだり、250メートルを登る。多少藪があったり笹が立ち上がっているが問題になるほどではない。1870メートル峰からは再び下って登り返したところが大佐飛山だ。この日の雪も低温がキープされているので軽めなので助かった。これがもし登山道であったとしてもさほど時間的には変わらないだろう。大佐飛山まで3時間半。

日留賀岳

 近くは日留賀岳、那須連山や七ヶ岳、遠くに会津駒や尾瀬方面の山々、北にも山が見えるのだが、僕にとって馴染みのない山域が果てしなく広がっている。日本は山だらけの島国なのだ。雪はその山々を魅力的な姿に変える。これが夏であればそれはただの青い山に見えるのかも知れない。あちこち登ってみたくなるのはこの時期ならではだと思った。

1870メートル峰

 復路は足も重い。これから下山となるのだが、登り返しは何度やってもいやだ。というか、どんな小山だろうが、頂上直下はとてもきついのは僕だけだろうか?雪質は悪くないとしても、重いアイゼンを履いて不安定な雪道を行くのは大変なことだし、そのうちその一歩一歩がボディーブローの様に効いてくるのだ。避難小屋に戻り荷物をとって下山したのだが、再び降り始めた雪にグショグショにやられて下山は最悪のコンディションになった。ただただ、温泉に入って乾いた暖かな布団で眠りたいと言うことで皆さんよく頑張って下さいました。

 念願叶い、夢の湯で温泉にずっぷし浸かった時には思わず声が出てしまった。避難小屋で頂くはずだったアルファ米にレトルトのハヤシライスをぶっかけて、みんなで乾杯!男ばかりのツアーもまた楽し。

 


13 冬白馬岳雪洞3 /26~27

2013年04月03日 | ツアー日記

 春になり気温が上がり雪がベタベタしてくると雪洞のシーズンもいよいよ終わりになる。雪も日に日に締まってくるので掘るのも容易ではなくなる。今回のお客さまは3名様。栂池スキー場からロープウェイで一気に栂池自然園まで登る。楽だね。自然園のど真ん中を30分程適当に歩いて行くと船越の頭から派生する尾根に自然に入って行く。遮る物は何もない。全ては深い雪の下だから、どこを歩こうが全く自由だ。ここはとても広い雪原だから、ともすると無限に広がる砂漠を歩くような、気の遠くなるような感覚に襲われるが、雪の状態も締まって歩きやすく一歩一歩目的地に近づいているという充実感もある。一週間ほど前に降った大雨のせいか表面のクラストはかなり厚く締まっている感じだ。掘るにはどうかな?まあ、掘るしかないけど。

 高度を上げていくと南には唐松岳、白馬鑓ヶ岳などが見えてきた。気温は高いが、時々風が吹くと肌寒さも感じるし、いったいどんな出で立ちで歩いて良いやら悩むところだ。春の好天時はそんな場合が多い。日焼け止めもばっちり塗って、サングラスも欠かせない。裸眼では確実に目を焼く。高校生の頃春山で、山岳部の仲間がサングラスを忘れ雪目になった。場所はこの尾根の向こう側白馬大池での事だ。痛くて目を開ける事が出来ないので、細目を開けて下山したがとても辛そうだった。目をつむっても開けても痛い。それが雪目。涙が止まらない。皆さんサングラスは呉々も忘れないように、しかも高級品を買って下さいね。

 尾根が傾斜を増し船越の頭へ近づくといよいよ雪洞を掘るポイントを探す。平らなところは雪を掘り上げなくてはならないので、傾斜のある場所を探すが、滞在中の滑落の危険性もあるから場所キメは難しい。今回は下にダケカンバの大きな枝が張りだして滑落の危険性の少ない良い場所が見つかった。船越の頭から150メートルほど下った辺り。標高は2,500メートルぐらいだろうか。

 堅く締まった雪にたじろぎながらアルミ製のスコップをたてた。ガツンとした感触が腕に伝わり案の定それは跳ね返された。ならば、もう一方のスコップにはスノーソーが仕込んであるのでそれを取り出して、雪面をゴリゴリ切っていく。厚さ30センチほどのハードクラストを、かさぶたを剥がす様に取り去ると幸いにも中からは柔らかい雪が現れた。これなら何とかなりそうだ。あとはひたすら掘る。慌てて掘ると体が持たないから、じっくり掘る。スコップで四角く切れ込みを入れ、最後にこじるようにボコッとブロック状に取り出して入り口に放る。あとはお客さんに出してもらう。ある程度奥に掘ったら今度は横方向に広げていく。やばい、ダケカンバの枝が現れた。それをよけて臨機応変に広げていく。堀上げまで2時間、入り口にツェルトを張ってとうとう、今日のお宿が完成した。

 かんぱーい!完成した雪洞に入って水を作りながらいっぱいやる。赤沼ガイドは少し疲れ気味だ。やっぱ雪洞堀りは体力的には辛い。かといってお客さんに任せるほどの時間的余裕も精神的余裕も無いので、大概一人でやってしまう。今回は若干狭い感じだが風は入らないし快適だ。雪洞は寒くはないが暖かくもないものだ。いくらコンロを焚いてもテントのようには室内は暖まらない。だが、水などは絶対凍らないので雪温で保たれているのだろう。風が強かったり吹雪の時は絶対的な威力を発揮する。ロウソクを灯し、信州名物ジンギスカンをつついてワイワイやった明日の天気が少し心配しつつ暗くなる頃就寝。外は雪面を照らす月明かりだ。

 午前3時起床。5時に出発した。天候が下り坂なので早めの行動だ。船越の頭までの登りが今日一番危険なのでロープを装着する。空け行く空を右に眺めてアイゼンを蹴り込む。良い感じで爪が効くので恐くはない。でも滑落すれば遙か金山沢の源頭へどのぐらい滑り落ちるだろう。稜線に飛び出す頃には東の空はだいぶ明るくなってきた。

 風がある。行動は出来るがもし強まる傾向ならば撤退にした方が良いだろう。小蓮華への稜線をたどる。気温は厳冬期と比べると格段に高くなっているので、指先が痛かったり、頬が凍傷になるような感覚は無い。ここはわりと安心して歩ける尾根だから、風は強いがもう少し行ってみよう。雪煙が吹き上がるなかを小蓮華へ進む。

 小蓮華岳を越える頃から、天気は回復しはじめた。風も止んで空は青空の領域が増えてきたのだ。良しこれなら行けそうだ。力がみなぎる。何羽かの雷鳥にも出会った。オスばかりでなくメスにも出会った。繁殖期に備えてそろそろ縄張り作りが始まっているのだろう。この雷鳥、冬期雪が吹きだまるような場所で集団生活をしているのをご存じだろうか?だが、これは全てオスの話で、メスはこの中には見あたらない。メスが冬の間何処にいるのかは未だに解らないらしい。絶滅したはずの白山に現れたり、全く不思議な鳥だ。日本の雷鳥は世界の雷鳥の南限に住む。

 風もそよ風程度になったので、安心して白馬を目指す事が出来た。三国境、昨年大量遭難があった場所だ。その先の雪壁を二つほど超えて尾根をたどる。信州側がすっぱり切れ落ちていて雪庇が張り出している。足下には所々クラックが走る場所もある。一見尾根を歩いているような気がするがそれは雪庇の一部かも知れない。そこを避けて富山側を行く。

 微風、春の日差しをたっぷり浴びての白馬岳登頂だ。ハイタッチ!イエイ!!

 南西には剣岳、白山。日本海、能登半島、最高の頂上であった。帰路は気温も上がりフウフウ言いながら下ることになった。雪洞に戻り撤収する。二時間かけて作った雪洞を一晩限りで去るのは何とも名残惜しい。数日滞在したい気分だがその思いを振り切る様にガンガン下ってあっという間にロープウェイに着いてしまった。雪道の下山は早いのだ。白馬倉下の湯にて入浴、飯森山人にて蕎麦、白馬駅解散。

 

 

 

 

 

 

 

 


13鳳凰二山、地蔵観音3/23~24

2013年04月02日 | ツアー日記

 早朝に甲府駅にて集合し、御座石鉱泉へ向かう。天気は高曇りで悪くないって感じだ。お客様は二名様。南アルプスは北アルプスと比較すると日本海から遠く内陸にあるので、冬の積雪は格段に少ない。それが山梨側ともなると、信州側よりまた少ないのでアプローチは楽だし、駐車場から即登山道を歩けるから気分がいい。

 御座石鉱泉に到着すると、早速温泉の婆ちゃんがやって来た。いつもそうなのだが、金をせびりにやって来るのだ。先ずはか弱そうな?うちのお客さんに、

 「あのう、皆さんどこへお泊まり?入山料頂いてるんだけど」

 「ガイドさんに聞いて下さい」

そして婆ちゃんは僕のところへやって来た。

 「ガイドさん?あのお、冬期小屋にお泊まり?」

 「いやあテントですよ」

 「テント代頂いてるんだけど」

 「テント場に泊まるかわかんないし管理人もいないのに、テント代?、入山料なんて聞いたこと無いよ。」

婆ちゃんの顔色がかわった。突然伏し目がちになって

 「あら?そうなの。」

といってすごすご退散し、次は隣にいた外国人ペアに話しかけていた。彼らは日帰りだということで婆ちゃんを追い払っていた。確かに彼らは日帰りだったのだが。

 朝早くから誰かが来るのを見張っている御座石小屋のばあちゃん、本日の上がりはゼロ。現在の日本ではなかなかお目に掛かれなくなった実に人間くさい場所である。恐るべし、山梨県!

 さて登山道をひたすら登る。下部には雪はなく、葉が落ちた山にはまだ色味がないが、昨年の落葉が朽ち果てて足には柔らかい感触が伝わる。霜柱に持ち上げられてフンワリとなった砂道の感触も僕は好きだ。西の平からは道は急坂となる。雪が出てきたので観念してアイゼン装着。甲斐駒ヶ岳と同じで所々つるつるの氷になっている。こういうところを歩くことはアイゼンワークの良い練習になる。爪全体でキックステップね。旭岳を越しさらに急坂は続くが、早く高度が上げられるのは悪くない。

旭岳の祠、石垣まで丁寧に作ってあってミニチュアっぽいからそそられる

燕頭山まで登ると広々とした尾根にでる。今日は日差しが弱いので、気温の上がり方が少なく甲斐駒の時のように、雪穴に落っこちる様な事はあまりない。楽ちんだ。目指す地蔵岳、観音岳が栂の樹間から見え隠れしている。

 なかなか良いペースで鳳凰小屋へ到着。トイレでも使えればテント代金を払っても良いと思ったが、案の定それは雪で閉ざされ使うどころではない。ばあちゃん、だめだよ。早速テントを設営し、傾きかけた日差しでひなたぼっこをしながら雪を溶かして水を作る。見た目なるたけ綺麗な雪を使ってはいるが、葉っぱやらなにやらが沢山混じる。まあそれは良いとしてもやはり油煙のようなものが今回も浮いている。PM2.5だろうか。だけどかまわず飲んでしまうのだから、これからの登山者は長生きしないような気がする。(笑)

 天気は下り坂の予報なので今回も早朝の出発となった。何とか地蔵岳だけは登っておきたい。テントを出てすぐ正面の尾根に取り付き堅く締まった雪の斜面を登って行き、左側のドンドコ沢源頭の開けた谷の中へ入って行く。斜度は30度ぐらいで雪の状態が良いのでロープなども全く使わずお地蔵さんが沢山並んだコルに飛び出た。意外と天気がよいので甲斐駒ヶ岳はもちろん、北アルプスも見える。尾根を登って反対側の景色が見える瞬間っていつもながらスカッとする。見えなければガックリ。

 最後の岩場をよじ登ってオベリスク基部へ到達。もちろん、オベリスクは登らず(笑)観音岳へ向かう。風が若干強まってきたが行動は出来そうだ。夜叉神峠から来たという若者三人に出会った。コルとは反対側の赤抜沢の頭は登らず東側斜面を横切る。冬山は行けると思ったところが自分たちの道になるのだ。再び稜線に飛び出すと北岳が間近に美しい。

 風雪にさらされた唐松がまるで盆栽の様に、、、、いやいや、盆栽の様ではなくこれが本家で盆栽がこういう物の模倣であるのは間違いない。そもそも日本庭園自体高山の景観を模倣したものである様な気がするし。だから僕は、兼六園とかの有名な日本庭園を見てもなんか退屈で、本物である高山の景観に軍配は上げてしまうのだ。皆さんもそうだと思うが。

 風は強まっているが行動には問題ない。岩と砂地と雪のミックスした稜線をたどって観音岳登。頂雲海が広がり富士山が美味しいところだけ姿を見せている。予報通り下界は曇りなんだろう。雲が低い場合山の高いところが好天である事はよくあることだ。段々霞も取れて、青空がクリアーになってきた。しばし風をよけて岩陰で休んでから下山にかかった。少し戻って赤抜沢の頭の手前から近道を小屋に向けて直接下る。若干急なところはあるが話が早い。

 小屋からは昨日登った道をひたすら下る。僕は下りが嫌いだ。理由は面白くないから。膝も辛い。登りも下りもそれぞれに目的はあるのだが、登りは意欲やそこにある頂への思いがあるからみなぎった感覚が常に体の中を流れている。がしかし下山して登山口にたどり着いた喜びはやっと下りから解放されたと言う喜びでしかない。だからかなあ?、、、、、ん、待てよお客さんから解放されるって喜びもあるなあ。この開放感はなかなかのものです。「達成感」そう、それです。お客さんから離れられる喜びではなく、あくまで「達成感」ですから。

 下山途中でカモシカに出会う。カモシカは目が悪い割に好奇心が旺盛で最初びっくりしてちょっとだけ逃げるが、間合いをとってこちらの様子を伺うことがよくある。15メートルぐらいの距離でしばし睨めっこ。

 御座石鉱泉に下ると春が始まっていた。確か登りには見なかったはずだが水仙が開いていた。

 山高神代桜が咲き始めたと地元のおじさんが言うので折角だから見に行くことに。国の天然記念物、樹齢二千年と言われるエドヒガンザクラ。幹周り11.8メートル、高さ10.8メートルの古木は圧倒的な存在感だ。近年環境変化により、急激に樹勢が衰えているとのことだ。幹は朽ち果てようとしているし、古い枝は無くなりわりと新しい枝が花を咲かせている。圧倒されつつ痛々しくもある。何とかならないものかと思う。ここで二千年を見続けてきたその気分はどんなものだろう。