明け行くピラミッドと西穂、奥穂
2月末に訪れた西穂高岳に再び訪れた。この冬4回目の西穂である。前回まではBSTBSのロケだったが今回は僕の企画するツアーだ。3月にしては強い寒気の流入が始まって、しばらく冬型の気圧配置が続くという予報である。風がそこそこで青空が顔を出してくれれば、力強さを増した太陽がぼくらの体を温めてくれるはずだが、そうでなければ依然厳冬期の稜線で有ることは間違いない。僕らは不安を半分抱いて西穂山荘に到着した。
西穂山荘の支配人である粟澤さんは気象予報士の資格を持っている。テレビのロケの時も悩ましい天候の中、非常に詳細で緻密な予報をして頂いた。山の天気は通常我々がテレビなどで見る天気予報が当てはまらないことがよくある。下界は曇ったりしとしと雨が降っていても、山の上は雲海の上で快晴だったりすることさえもある。風の動きも低層、中層、高層ではまた違うらしくて、それらを立体的に捉えないと、山の天気の予報は難しいのだそうだ。ロケの時は粟澤さんの予報は見事的中した。2日目の登頂日は風雪強く、午後は更に風が強くなると言うように、数時間単位で予報されていた事がほぼその通りに現実のものとなった。
今回も粟澤予報士に全てをゆだねる。それによると明日は風はあるものの若干冬型は緩んで晴れ間も見えそうで、明後日は再び風雪が強まり、もしかしたらロープウェイが運休するかも知れないとのこと。僕の考えでは明明後日に天候は回復すると言う予報だったので、三日目の登頂の方が有利なのではないかと思っていたのだが、そうではないと言うことだ。それではと言うことで朝食を朝弁当に替えて未明に出発することにした。明日は3時半には起床しなくてはいけないのだが、折しもこの日大阪毎日旅行のご一行様がこの山荘にやって来ていた為に、馴染みの添乗員やガイド達と少し飲み過ぎてしまった僕だった。
午前三時半に起床して先ず外に出てみると空には星が輝いていた。風も大したことはなさそうだ。「よし!行こう。」朝食を済ませアイゼン、ピッケル、ハーネス、ヘルメットのフル装備で未だ明けやらぬ山荘を出発する。この時間に出かけたのは僕らだけだった。僕はよくこんな事をする。この朝の1時間、2時間の早立ちが心に余裕を持たせてくれるから。テント泊でも大概ヘッドランプで出発する。夏の事ではあるが、夕方まで歩いている人をよく見かける。まだ明るいんだから良いじゃないかと彼らは言うのだ。暗くなって山小屋に到着する人も。だが、それは大きな間違いだと皆さんはお解りいただけるだろうか?
前日までのトレースは殆ど消えていて、時々ウロウロ彷徨いながら独標基部にたどり着く頃ようやく明神岳辺りから太陽が昇ってきた。ロープを装着し独標に取り付いた。雪は堅く蹴り込むアイゼンに力を込める。ピッケルもかなり強く打ち込まないとしっかりと効いてはくれない。今日は少し手強いかも知れない。厳冬期が過ぎて時々暖かな日がやってくる頃になると、こんな山の上とは言え日の当たる場所では雪が融ける。その融けた雪が夜間の冷え込みで再凍結するものだから、雪は次第に氷へと変化してくるのだ。完全な青氷になってしまえば、アイゼンの爪など全く刃が立たない程になる。そうなると、登降の難易度は格段に上がることになる。今回はそこまでではないのだが、アイゼンを数回蹴り込まなくてはならぬ場所も頻繁にあった。おまけに新しく着いた雪がサラサラで固まらず、足下がグズグズでいやらしい場所も多い。足下が不安定というのはどうにも心許ないものだ。しっかりと足場をつくり、時に岩角や肩がらみでロープ確保しながら僕らは進んだ。登りはまだいいのだが下りは恐い。先日のロケの時と比べると明らかに難易度が高い。この間何でもなかったところが、やけに恐く感じる。見下ろす谷は同じはずなのに、まさに奈落の底のように見えるのだ。もし滑落したらどこまで行ってしまうのだろう等とあらぬ事が時々頭をよぎる。いやいや余計な事は考えない。いつもの通り体を立てて、アイゼンをしっかり蹴り込むだけだ。びびった奴が失敗する。風はこの時期にしてみればそよ風みたいなものだ。日向は暖かい。先人が誰もいない稜線を行くのは気分がいい。この緊張感をスパイスにして刺激的に登った。
頂上直下のスラブ(一枚岩)に張り付いた雪は相当堅く、一回のケリ込みでは爪の先がわずかに入る程度だった。おまけにところどころ雪が薄いところがあって、下の岩に爪がカチンと当たったりするといやな感じがするものだ。慌ててはいけない。落ち着いて足場を作って突破するとようやく山頂だ。そして思わずやはりハイタッチ!!達成感は格別だった。
この日の復路、少し恐い目にもあった。ロープと言うのは凄いものだなあと改めて思うのだった。下山して行くに従って僕の膝が悲鳴を上げ始めた。おそらくアイゼンを蹴り込みすぎたせいだ。長年酷使してきた僕の膝は 少しいたわってあげなければいけない時期に来ているのかも知れない。
巨大なエビの尻尾。幅30センチもある。風の方向に向かって発達するのだ。
14西穂高岳
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