山岳ガイド赤沼千史のブログ

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2014ジャンダルム7月22~24日

2014年08月10日 | ツアー日記

 夜明け前の西穂高山荘をヘッドランプで出発する。天気は心配なさそうだが、バリエーションや、難路に挑む場合は必要なことだ。難路では一般の道に比べてあらゆる意味でリスクが高まるわけで、それを少しでも少なくするには早めの出発を心がけて、時間的、精神的な余裕を持つ事が大切だと思う。また、岩場の渋滞を避ける為にも早立ちは絶大な効果をもたらす。追い抜くことの出来ない岩場で長時間待たされることは、心の疲弊に繋がる。そして焦る気もちは失敗を生み、長時間稜線に留まる事は天候の急変というリスクも高める。山で一番大切なことはそんなリスク管理をすると言うことだと思う。前日から様々な情報を得ること、これから先起こることを想像すること、その為に必要な事をきっちりやる事、やらなくても良いことはしない事・・・・・・・そんなリスク管理が大切だと思うのだ。

 明け行く稜線は実に清々しかった。混雑した山小屋を静かに抜け出して、稜線の風に当たると胸の空くような気持ちがする。山小屋は僕らを守ってくれるとてもありがたい存在だが、夏山の混雑は少し苦手だ。朝弁当で早く出てしまえば次第に明るくなる空に気持ちがみなぎるような思いがする。「よっしゃ!行こうぜっ!」とね。

乗鞍、焼岳、滝雲

 西穂独標を過ぎる頃、空は完全に明るくなって、焼岳方面には滝雲がかかり、空には秋のよう絹雲が光っている。風は乾いて快適だ。昨日西穂山荘の粟澤さんから今日の天候について話を聞いていたから、多少ガスが沸いても一日を通して天候が安定している確信もあった。粟澤さんは西穂山荘の支配人であり気象予報士でもある。毎日、翌日の天候について登山者に説明をしてくれている。山岳気象は通常の平地の天気予報では計り知れないところがあって、それは我々素人には想像出来ないことも覆い。梅雨の時期、里ではドンヨリした曇り空なのに、山の上では雲海を足下に、これ以上ないと言うほどのドピーカンなんて事もしばしばだ。達人の言葉は聞いておかなければ損である。

イワベンケイと笠ヶ岳

 西穂高岳からジャンダルム、そして奥穂高岳にかけては北アルプスでは第一級の岩稜ルートだ。地図上では破線で表されて、熟達者向きという表示がある。僕もここを案内する場合は、お客さんにはヘルメットと、ハーネスを着用してもらって、大きな岩場ではロープを使い安全を確保して歩く。だから岩場が混み合う時などは思った通りのガイディングが出来ないこともあり、朝早く出発したり、土日を避けて平日歩くようにしている。ここは、バリエーションルートやクライミングの現場ではないから、他の登山者をあまり待たせるべきではないし、待たされるのもいやだ。殆どの場合は声を掛ける言葉の力で何とかなるものだと思うのだ。ひとつひとつの岩場の状況を説明する。それを克服する気持ちや体の使い方を説明し理解してもらって、実際それをやって見せれば大概の場合は問題解決だ。

逆層スラブを攀じ登る

 西穂高岳から天狗のコルまでは岩が脆く、特に赤岩岳(間ノ岳)付近は浮き石だらけの場所もある。手元足下が全て信用ならなくて変な緊張を強いられるが、天狗のコルを過ぎて奥穂高岳の領域にさしかかると岩はカチッとして、僕らは快適に高度を稼いだ。岩は乾いていて涼しい風が後押ししてくれていた。

 ジャンダルムは、登山者にとっては特別なピークだ。登山を始めて、槍ヶ岳や穂高岳や剣岳を登ったとしても、奥穂高岳から見るこの岩峰は飛騨尾根を従えてその異様な形状もあって、それぞれの心に焼き付いてしまう。草木も生えぬドーム状の岩峰は見る物を圧倒し、憧れと畏敬の念を心の奥底に芽生えさせるのだ。どうしてもあそこに立ちたい、いつか縦走してそのピークを踏みたいとみんな考える所だと思う。奥穂の方が高かろうが、ジャンダルムは奥穂の衛兵という意味だろうが、やっぱジャンダルムはかっこいいのだ。この日のジャンダルムはどこまでも長閑なピークだった。

意外と薄っぺらなジャンダルムの横顔

  最後の難所馬ノ背を越える。両側はすっぱり切れ落ちた絶壁である。どちらに落ちてもただではすまない。だがこの日の馬ノ背は岩が乾いて小さなスタンスも良い感じで使うことが出来た。西穂高岳からずっと岩場をこなしてきた参加者にとってはひょひょいのひょいっと言ったところだろう。馬の背を過ぎれば、その先は岩礫の広い尾根となって程なく奥穂高岳に着いてしまう。憧れだったこの稜線ももうすぐ終わってしまう。楽しい事はいつか必ず終わってしまう。そんな寂寞感も入り交じって、達成感という単純な言葉では言い表せない気持ちが、それぞれの方の心に浮かんでいるのだろう。ここに至るまで自分の山を走馬燈のように思うのだ。今まで案内した何人かの方が、奥穂高岳の頂上で涙を浮かべているのを僕は見ている。そんな時こちらも釣られてグッと来てしまうのだ。だから、僕は断然、西穂から奥穂に向かうのが好きだ。

 この日も奥穂高岳の山頂でハイタッチ、そして握手。いいよね、やっぱ。

北アルプスきってのクールな山小屋穂高岳山荘

 最終日は雨の一日となる。朝から雨合羽に身を包んでザイテングラードから涸沢へ下り横尾へ、そして上高地まで下山する。雨に濡れた緑が美しいから、写真を撮りながら歩くのがとても楽しかった。「昨日がこんな天気だったら間違いなく縦走は無理だったですね。」とか話しながら、自分たちがあたかも選ばれし存在であるかのような錯覚を楽しめるのもこんな日だ。

 徳沢園ではちょいとした知り合いのウエヤマさんにお客さんの分までコーヒーをごちそうになってしまった。ゴチになりました。

カツラの葉

上高地の中学生達、山が好きになってくれたらなあ

キヌガサソウ

清水川

 


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ジャンダルム (ジャンダルム)
2014-08-10 16:03:11
本当に仰られる通りだと思います。
ジャンダルムをロープでビレイしないと通過できないようですと、まだそこに行くべき時期ではないのではないでしょうか?という自問自答をしております。

突然の書き込み失礼しました。
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西穂からか奥穂からか (三日月)
2014-08-17 20:09:06
このコースについては、西穂、奥穂のどちらから出発したほうが楽か、という質問がありますが、楽というのは無くて、良いかというのであれば西穂山荘出発が良いと答えています。

西穂山荘出発の場合、第一日目に西穂山荘に入り、二日目に縦走するわけで天候の読みができます。また、西穂高岳を過ぎるとジャンダルムが望まれ、つぎには奥穂高岳がチッラと見えたりして、気持ちが徐々に高揚してきます。そして奥穂高岳山頂、目路はるか周囲の峰々の展望を十分楽しんでから、穂高岳山荘まで下り50分。

穂高岳山荘出発の場合、通常第一目は涸沢泊まりで二日目が穂高岳山荘、三日目が縦走になります。天気予報が晴れから雨予報に変わることもあります。
早朝出発なので薄暗い中での奥穂岳山頂です。ジャンダルムを越え天狗のコルまでくると難所は終わったという感じになってしまいます。でもそれから西穂山荘まで5時間弱はかかるでしょう。

ガイドブックによっては奥穂から前穂に下っていくのが順路としています。しかし、岩稜の場合下るより登るほうが精神的には楽で、奥穂に向かうコースがわたしは好きです。

途中にある天狗のコルから1時間半ほどで岳沢ヒュッテに下る逃げ道がありますが、上部に雪が残っているときもありアイゼンが必要です。わたしの友人はここを下っているとき、後ろから滑落してきた女性に体当たりされ共に滑落したことがあります。幸い顔の裂傷ですみましたが体当たりしてきた女性は医大の学生パーティーで、消毒、止血、包帯と手際が良かったとか。
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