超巨大ブラックホールの詳しい観測に成功、X線の道草を利用
超大質量ブラックホールの周囲で渦を巻く分厚い降着円盤は、噴き出すX線の「エコー」を生み出す。この道草による時間差を利用して、望遠鏡で直接観察するよりもブラックホールの構造を詳しくマッピングできた。(ILLUSTRATION BY NASA/SWIFT/AURORE SIMONNET, SONOMA STATE UNIV.)
昨年、ブラックホールを人類史上初めて直接撮影した画像が公開された。そのおかげでわれわれは、あの怪物の口のような穴の周辺には何があるのかを、目で見て確認できるようになった。そして今回、天文学者らは、X線の“エコー”を利用した技術を用いて、ブラックホールをさらに詳しく観測することに成功。その成果が1月20日付けの学術誌「Nature Astronomy」に発表された。(参考記事:「解説:ブラックホールの撮影成功、何がわかった?」)
観測対象となったブラックホールは、地球から約10億光年離れた「IRAS 13224-3809」と呼ばれる銀河の中心にある。この超大質量ブラックホールは、数百万℃のガスなどが回転する円盤に囲まれ、また中心からは10億℃を超えるX線コロナが噴き出している。このX線がどのように振る舞うかを描くことによって、科学者らは、ブラックホールの「事象の地平線(光さえ逃れることができない領域との境界)」周辺の、極めて詳細な地図を作成した。
「ブラックホールは光をまったく放出していないため、これを研究するには、物質がその中に落ちていくときに、どんな振る舞いをするかを観察するしかないのです」。論文の筆頭著者である英ケンブリッジ大学のウィリアム・アルストン氏はそう述べている。
今回の観測結果は非常に正確だ。その精度は、昨年ブラックホールの写真を撮影した「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT:事象の地平線望遠鏡)」も到底かなわない。おかげで科学者らは、IRAS 13224-3809の中心にあるブラックホールの質量とスピンについて詳しく知ることができた。
質量とスピンは、ブラックホールの進化を解き明かす重要な手がかりとなる。もし、付近にあまた存在する超大質量ブラックホールの一群を同じように観測できれば、銀河の成長についてより多くのことがわかるかもしれない。円盤にぶつかったX線が遅れて届く
味気ない名称で呼ばれてはいても、IRAS 13224-3809は中心領域がX線やガンマ線を非常に多く放出する「活動銀河」のひとつで、X線で見る空の中ではとりわけ興味深い銀河のひとつだ。そしてX線の明るさが、ときとしてわずか数時間の間に50倍から50分の1にまで変動する。アルストン氏らがこの銀河を研究対象に選んだのは、活発にエネルギーが変動するため、中心にある超大質量ブラックホールの特徴を突き止めやすいからだ。
研究チームは、欧州宇宙機関のX線観測衛星「XMM-Newton」を用いてIRAS 13224-3809の観測を行った。地球を周回しながらX線で宇宙を観測している「XMM-Newton」 は、2011年から2016年にかけて、軌道を16回めぐる間に、合計550時間以上にわたってIRAS 13224-3809を観察した。(参考記事:「銀河団を結ぶ「糸」を初めて観測、長さ900万光年」)
長時間におよぶこの観測データを基に、アルストン氏らは、超大質量ブラックホールのX線コロナと円盤をマッピングした。放出されるX線の一部は、直接宇宙に向かうが、その他のX線は円盤にぶつかって、ブラックホール周辺の環境を抜け出すまでにやや遠回りする。(参考記事:「銀河系の中心に星の墓場を発見、謎のX線を放出」)
「この道草が、コロナで生成されたX線同士の間に、時間の遅延を生じさせます」と、アルストン氏は言う。「そのエコー、つまりは時間の差をわたしたちは測定できるのです」
「反響マッピング」と呼ばれるこの技術が、ブラックホール周辺のガス状物質を詳細に調べることを可能にした。アルストン氏は反響マッピングについて、コウモリなどの動物が、音を物体に反射させて飛行中の動きの手がかりとするエコロケーションと似た技術だと説明する。また、地球から近いブラックホールを撮影するためにEHTが用いた技術とは異なり、反響マッピングは極めて遠い天体にも利用でき、事象の地平線により近い領域も調べられる。(参考記事:「ブラックホールは食べ残しを投げ捨てるとの新説」)
「反響マッピングは、空間分解能にまったく依存しません」。同じ技術を使って遠方のブラックホールを研究している米ジョージア物理法則で最大とされる速度の97%
IRAS 13224-3809から捕捉された光エコーから、アルストン氏のチームは、ブラックホール周辺の物質の正確な形状を把握できた。その中には、光エコーの発生源である活発なX線コロナの寸法も含まれる。研究チームは次に、この情報を用いてブラックホールの質量とスピンを計算した。これらふたつの特性は、人類のタイムスケールでは変化しない。
「ブラックホールの質量とスピンを測定するには、周囲のガスがブラックホールに落下する前に、正確にどこにあるのかを知る必要があります」と、アルストン氏は言う。このやり方は、これまでにも超大質量ブラックホールの研究に用いられてきたものだが、今回のIRAS 13224-3809の観測に比べると期間が短く、また光源も大きく変動しなかった。
新たなマッピングに基づき、研究チームは、IRAS 13224-3809には太陽200万個分の質量が含まれており、それが物理法則で最大とされるスピードの97%という超高速で回転していると結論づけた。(参考記事:「超巨大ブラックホールの高速回転を観測」)
アルストン氏のチームはまた、X線コロナが時間とともに変化し、1日でその大きさが劇的に変動する様子を示す動画も作成している。
超巨大銀河の「種」とは
宇宙に存在する大型の銀河はすべて、中心にある超大質量ブラックホールに錨のような力で固定されていると思われる。その錨がどのように回転しているのかを解き明かすことは、ブラックホールとそれを含む銀河がどのように形成され、進化してきたかを知る手がかりとなる。
「超大質量ブラックホールがどのように形成されるのか、まだわかっていません」とアルストン氏は言う。「初期宇宙において、何がブラックホールの種となったのでしょうか。これまでに作られた大半のモデルが示すのは、今のところ非常に小さい種ばかりで、あれでは十分な速さで成長できません」
銀河が形成される過程としては、複数の小さな銀河が衝突、合体するというものもある。銀河が合体する際には、中心にあるブラックホールも合体する。もし無秩序な衝突であれば、形成されるブラックホールが大きくなるだけでなく、スピンの仕方にも影響を与えると、アルストン氏は言う。
ブラックホールが大きくなるもうひとつの可能性としては、ガスが継続的に流入することが挙げられる。この場合、IRAS 13224-3809のブラックホールのように、スピンがより速くなると予測される。だが、この銀河がこうしたメカニズムで質量を増したと結論づけるのは時期尚早だと述べている。
アルストン氏のチームが最終的に目指すのは、反響マッピングを利用して、付近に何百とある超大質量ブラックホールのスピンを測定し、実質上の全数調査を行うことによって、その形成の歴史を明らかにすることだ。これが実現すれば、それらのブラックホールがどのくらい遠くにあるかに基づいて、宇宙の誕生から現在にかけて銀河がどのように成長してきたのかを調べられるだろう。州立大学のミスティ・ベンツ氏はそう述べている。「この技術では物体内部での光エコーを利用して、その構造を示せます。それは天体が非常に遠くにある場合でも変わりません」