西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
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第九回「女性作家を読む」研究会の報告

2009年08月19日 | 女性文学・女性
   第九回「女性作家を読む」研究会の報告

日時  2009年7月26日(日)午後2時より5時半
場所  慶應義塾大学日吉キャンパス・来往舎・二階会議室
    東横線日吉駅下車・徒歩2分
発表
*14:00ー15:30
「18世紀女性サロンと啓蒙思想家における「性の補完論」との連関性
 ーデピネ夫人、ジョフラン夫人とルソー、ディドロ」
 西尾治子     
*15:45ー17:15 
「モニック・ヴィティッグの文学的・思想的功績」  
 小野ゆり子

*発表のレジュメ
「18世紀女性文学サロンと啓蒙思想家における性の補完論との連関性ーデピネ夫人、ジョフラン夫人とルソー、ディドロ」において、西尾は、ジョルジュ・サンドの祖父Louis Dupin de Francueilの愛人でもあったデピネ夫人の『エミリーとの会話 "Les Conversations d’Émilie"』(1773)および彼女がかつて作家生活を積極的に援助したルソーの『エミール"Emile, ou de L’Education"』(1762)の二作品を比較検討し、ルソーの女性観の中心にある「性の補完論」および、これに対立するデピネ夫人の女子教育論にみられるジェンダー理論の相違を明らかにした。ルソーと同様、彼女のサロンの論客であった啓蒙哲学者ディドロの『女性について』(D. Diderot, "Sur les femmes", 1773)に検証されるジェンダー観について、ラカーの「ツーセックス・モデル論」と当時の医学の発達との関連性を射程に入れつつ、ルソーとディドロが抱いていたもう一方の性に対する理念の近似性が論じられた。また、宮廷内ではなく、パリの町中に雨後の筍のように林立した18世紀の女性文学サロンが他国にはみられないフランス固有の独自の文化であり、出身階層の異なる女性たちにより多様な知の文化が拓かれた事実について、ジョフラン夫人やレスピナス嬢のサロンなどを例に論証した。近代ブルジョワ家族観の原型を形成した18世紀の「母性革命」が提示しているように、女性サロンから生まれた論争が、時代の習俗、思想潮流や政治を動かす隠れた力を含有していたのであった。これまで取り上げられることの少なかった「女性の世紀」といわれる18世紀について、サロンの側面から啓蒙思想家たちのジェンダー観を考察することができたことは、研究会にとって新鮮な試みだったといえるだろう。

 小野による「モニック・ヴィティッグの文学的・思想的功績」は、MLFの創始者のひとりであるモニック・ヴィティッグの文学的・思想的功績を1970年代のフェミニズム運動の流れの中に正確に位置づけ、J.バトラーの批判的立場を視野に入れつつ、その代表的作品の再読を試みる画期的な発表であった。ヴィティッグの思想的独自性は、フランスで初めてレズビアニズムを中心に据えた女性解放思想を展開したこと、その際、性の差異が社会的に構築されるという立場から、つまり「女性的なもの」の称揚に反対する立場からこれを行ったことである。文学的革新性は、人称代名詞を中心に文学の語りを革新したことにあり、また、この革新が女性や女性同性愛者の自由というテーマと切り結びながらも、主体の自由な変容の場としてのエクリチュールの実践として、言い換えれば、ひとつの固定された立場、たとえばレズビアニズムや「女性的なもの」の擁護を否定する視点から成されたことである。彼女はまた、デビュー作"Opoponax"で、人称代名詞Onの使用により、子供の感覚を彷彿とさせる形で子供時代を語る方法を見出すと同時に、女性への恋に目覚める少女の成長過程を特殊なものとしてではなく「みんなの子供時代」の枠内で語ることを可能にする方法を作り出した。またMLFのフェテッィシュ本と言われた次作" Les Guérrières"では、主語のEllesが、Ilsの支配する抑圧的な世界に打ち勝ち、フランス語の文法に逆らって男性をも含有しながら、新しい自由な世界を打ち立てる過程を描いた。コレットの作品を取り上げた大著『娘と女の間』の著者でもある小野のヴィティッグの文学的・思想的功績に関する発表は、多くの作品の引用や一時資料を使い、説得力をもって論証されており、啓発されるところの多い貴重な発表であった。

 発表後の質疑応答では、参加者の間で、母と娘のテーマをめぐり、mère chaperonやmère confidentielleについて、デュラス、コレット、ボーヴォワール、デピネ夫やサンドがこの問題をどのような観点から取り扱っていたか、また、女性のエクリチュールについて、熱心な議論が交わされた。                  (西尾治子・記)

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